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探検家の日々ボンボン

2013.11.06 公開 ポスト

三大北壁と子供と母と男と女―

金原ひとみ『マザーズ』を読む角幡唯介

『マザーズ』を読むことで女と男の思考回路が完全に異なる理由もなんとなく理解できた。考えてみると女性は十カ月も子供を腹の中で育てるわけで、それは身体の中に制御できない大自然を抱えていることに等しい。『マザーズ』に登場するのは子供という自然に翻弄され、でも自然から逃れられず、自然を慈しみ、自然を前提に思考し、そして自ら自然と化していく女たちの姿だった。それに比べて男の身体の何と自然から縁遠いことか……。せいぜいペニスが勃起したり、小便を漏らしたりする程度で、妊娠出産に比べるとスケールの小さいこと甚だしい。男は子供のような大自然を胎内に宿すという経験を永遠にもてないため、女性のように自分の独立した身体で自然を理解することができないのである。

 だから男は山に登ったり北極を探検したりしなければならない。最近は山ガールとかいって登山をする女も増えたが、しかし男の登山と女の登山は基本的に求めるものが違う。これは私の勝手な推測だが、女は美しい景色を満喫したり、きれいな空気で身体を浄化させたりといったことを求めて山に登る人が多いのではないだろうか。しかし男はそうではなく、得てして山に人生とか生の意味とかロマンとかを求めたがる。それはなぜかというと、『マザーズ』によると子供を産めないからである。生と死の秘密は自然の中にしか存在しない。女は山に登らなくても、妊娠と出産という究極の自然を体験することで生と死の秘密を理解できる。少なくとも『マザーズ』の女たちは理解しているようだった。しかし男は自分の内部に生と死の秘密を抱えていないから、それを外部に求めなくてはいけない。それでわざわざ危険で過酷な北極の荒野だのヒマラヤの高峰だのに身を置いて、極寒や希薄な空気や滑落の恐怖といった出産にかわる痛みを自らに課し、生感覚を享受しないといけない。つまり出産を経験できない男の身体の知覚能力は女に比べて劣っているので、足りない分を他から補充しなければならないのである。私はしばしば女の読者から「角幡さんがどうしてこんな冒険なんかするのか理解できません」などという趣旨のことを言われたり、アマゾンのレビューに書かれたりするが、女が冒険を理解できないのは当たり前で、そんなことしなくても生と死の秘密が分かるからである。私が冒険するのは子供が産めないからなんですよ。

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探検家の日々ボンボン

冒険も読書も、同じ秘境への旅なのかもしれない――。探検家の、読書という日常のなかの非日常。

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角幡唯介

1976年北海道生まれ。早稲田大学卒、同大探検部OB。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

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