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がらくた屋と月の夜話

2015.10.20 公開 ポスト

試し読み連載 第3回【最終回】

一話 タイムテーブル
欲しいものは、ガラクタの中にある?谷瑞恵

大ヒットシリーズ「思い出のとき修理します」の著者・谷瑞恵さんの最新作「がらくた屋と月の夜話」が好評発売中です。仕事も恋も上手くいかない主人公つき子が「河嶋骨董店」に辿り着くところからお話が始まります。昔の雑貨や使い古した道具などを置いてあるその店は、モノではなく、ガラクタに秘められた”物語”を売っている所でした。第2回に引き続き、つき子はがらくた屋の老人から、客のふりをするよう頼まれます。ゴミでしかなかったようながらくたが、宝石のように輝き出す瞬間を、つき子と一緒に楽しみませんか? こちらから第3回をお楽しみください。

 

 道のほうから足音が聞こえてくるたびに、なんとなく緊張した。サクラらしく振る舞おうと、ガラクタを手に取ってみたりする。せめてひとりくらいお客さんが来てくれればいいのにと思うが、足音は遠ざかる。
 また静寂が訪れる。
「聞こえますか?」
 ふと老人が言った。正面に顔を向けて目を閉じていた。
「ものたちの語る言葉が」
「もの、ですか? このガラクタ……いえ、商品が語るんですか?」
「聞こえるんですよ。月の明るい夜は、これらが語り出す。私は、静かに耳をすますんです。きちんと聞き取ってやらないとね。だいじな売り物ですから」
 月の光が、トランクの中に降り注いでいる。児童公園は、道路沿いに街灯があるだけで、中のほうは本来明かりが届かない暗さだ。しかし今夜は月が明るいため、砂場もジャングルジムもやさしい陰影をまとっている。同じように、トランクのものたちも淡い光を帯びている。
 陶器のドアノブも、ひびの入った虫眼鏡も、薄汚れたフランス人形も、過去の遺跡から掘り出された出土品みたいに、貴重なものに見えてくるのはどうしてだろう。
 つき子は耳をすました。言葉は聞こえなかったが、老人がどんな言葉を聞いたのか、知りたいような気がしていた。
 彼には本当に、ガラクタたちの言葉が聞こえるのではないだろうか。


 けれど現実には、夢みたいなことは起こらない。あらためてそう思うことになったのは、つき子に届いた男性からのメールに、バカバカしい落ちがついたからだ。
 ノリちゃんという後輩が、あの日、弓原という男に連絡先を訊かれ、断りづらくてつき子のメールアドレスを教えてしまったというのだ。だとすると、彼はノリちゃんを誘うつもりだったことになる。
 人づてにその話を聞き、返事をしなくてよかったとだけつき子は思った。もし会う約束なんかしてしまっていたら、バカを見るところだった。
 返事をするつもりもなかったくせに、数時間は落ち込んだ。なんだかんだ言って、自分を気に入ってくれた人がいるかもしれないというだけで、気分が舞い上がっていたのだろう。
 いけないいけない。浮かれちゃいけない。それを忘れないためにも、あの指輪が必要だ。
 あらためて決意したつき子は、休日を待って、まだ明るいうちにガラクタ屋を訪れた。薄く開いている戸口を覗き込む。中は薄暗い。声をかけるが、返事はない。
 留守なのだろうか。おじゃまします、と数歩足を踏み入れ、奥のほうに目を凝らす。こぢんまりとした空間だが、店舗なのか倉庫なのか、板張りで間仕切りもなく、棚の中はもちろん、天井との隙間まであらゆるものが詰め込まれていた。
「あのう、すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
 そのとき、どこか片隅で物音がした。見回すつき子の視線の先で、段ボールの奥に隠れていたドアが開く。現れたのは、作業着姿の男だった。
「留守だよ。誰もいない」
 つき子には見覚えがあった。このあいだ、近くで道を訊いたあの男だ。なぜここにいるのだろう。
 そういえば彼は、ここの老人を知っているかのような口振りだった。トランクに詰め込まれるだなんて、ふざけたことを言ったのだ。
「あんた、また来たのか? こんなところに興味があるなんて、物好きだな」
「落とし物をしたんです。それで……」
「ジジイのところで落とし物? そんなの、もし見つけたらあいつがポケットに突っ込んでるよ。目についたゴミを片っ端から拾ってくるんだからな」
「あのう、あなたはここの人なんですか?」
「そんなわけないだろ」
 そう言った男の手に、ナイフが握られているのに気づき、つき子は硬直した。
「ど、泥棒……?」
 後ずさろうとするが、足が動かない。
「あ? これか。ガラクタ屋にしちゃ掘り出し物だよな。水牛の持ち手だし装飾もいい。そこそこな値で売れるんじゃないか?」
 見せびらかすように歩み寄られ、つき子はますます青くなった。
 男はこちらに手を伸ばす。悲鳴を上げそうになったつき子が戸棚にへばりつくと、「どいてくれない?」とすごむ。いや、にっこり笑ったのだが、なおさら怖くてうろたえる。
 こちらに伸びた手は、つき子の背後にあった引き出しを開けた。中にあった数枚の紙幣をつかみ出すと、それをポケットにねじ込んで、彼はさっと背を向ける。ナイフはその場に放り出して、足早に行ってしまった。
 後ろ姿が見えなくなったところで、つき子はへなへなとその場に座り込んだ。
「おや、お嬢さん、どうしました?」
 声をかけられるまで、数分はあっただろうか。はっとして顔を上げると、ガラクタ屋の老人がつき子を覗き込んでいた。
「あっ、あの、さっき泥棒が! ナイフを持ってて……」
 あわてて言うが、老人は驚く様子もなく床に落ちているナイフを拾った。
「これ、どこにしまったかわからなくなっていたんですよ。出てきてよかった」
「そこの引き出しから、お金を盗んでいったんです!」
「作業着の若いのじゃないですか? ひょろりと背が高くて、ギョロッとした目の」
「そ、そうです。常習犯ですか?」
「いいんですよ。彼に渡すお金ですから」
 あまりに冷静なので、つき子の頭も一気に冷えた。
「……じゃあ、あの人借金取りとか……?」
「いや、まあ、そんなところです」
 やっぱりさっきの男はこの老人と知り合いだったのだ。そうとわかれば、泥棒とあせった自分が恥ずかしくなる。むしろ、老人にとってあやしい侵入者はつき子のほうではないだろうか。
「すみません、勝手に入ってしまって」
 急いで頭を下げると、老人は微笑んだ。
「気になさらずに。めったに鍵をかけないものですから。落とし物は見つかりましたか?」
「いえ、まだ……」
 うつむくつき子に、やはり老人は微笑みながら言う。
「もしそれが、あなたに未練があるなら戻ってくるでしょう」
「……未練がなかったら」
「お別れのときだということではないでしょうか」
 まるで、ものが持ち主を選ぶかのようではないか。
 不思議な老人だ。夜ごと彼が持ち運ぶトランクは、戸口のそばに置いてある。堂々とした存在感は、老人の相棒みたいだった。

 その夜、友達と食事をした帰り道に、つき子は遠回りして児童公園の前を通りかかった。回転式ジャングルジムの手前に、大きなトランクを置いた老人がいた。欠けはじめた月は、それでもまだまるい。
 通り過ぎるつもりだったが、思わず足を止めた。トランクの前に座る客の姿が、公園の外からちらりと見えたからだ。このあいだはひとりも足を止める者がいなかっただけに、気になったつき子は電柱に寄りかかり、そっと様子をうかがう。
 女性だった。まさか、先日のつき子みたいなサクラだったりするのだろうか。それにしては、トランクの中を物色する彼女は真剣な目をしている。
 何をさがしているのだろう。きっと、ガラクタの山の中に、自分のほしいものがあると信じている。
 きれいな人だと思った。若くはないが、落ち着いた感じのする美人だ。整った横顔は、かすかに笑みをたたえている。きらきらと瞳を輝かせて、そこに宝物がいっぱいつまっているのを眺めているかのようだった。

 その日以来、女性のことが頭を離れなかった。彼女が、老人と同じ目を持っていて、同じものを見ていると感じたからだろうか。
 老人の見ている世界は、たぶん現実の世界とは少しだけずれている。月光の下で、つき子はこのあいだ、かすかにその片鱗を見ていた。
 そこは、つき子のいる場所とは価値の違う世界だ。ゴミでしかなかったものたちが、月の光を帯びて、宝石のように輝き出すところだった。
 でも、あのときだけは美しく見えたものも、日常の昼間に持ち出せば、ただのガラクタに戻ってしまうだろう。ガラクタを宝石だと主張しても、きっと誰も信じてくれない。笑いものになるだけだ。
 それともあの女性だけは、違うと言うだろうか。

 その人は、数日後、再びつき子の目の前に現れた。駅前のカフェに、仕事帰りに立ち寄ったときだ。いや、ガラス張りのカウンター席に彼女を見つけたから、つき子はカフェへ入ったのだ。
 コーヒーを買って、まっすぐその人の隣に陣取った。ちょうど混雑していたから、隣に座っても不自然ではなかっただろう。
 印象に残っている横顔は、このあいだとは違い、少し沈んでいるように見えたが、整った顔立ちはやはり目を引く。彼女はなぜガラクタなんかに興味を持っていたのだろう。あの日、トランクの中に、さがしていた何かを見つけることができたのだろうか。
 様子をうかがっていると、女性はバッグから本を取り出した。表紙をじっと眺め、頬杖をつきつつガラス張りの店外へ視線を向ける。表情はおだやかで、ガラスの向こうの風景でもなく、そこに映る店内でもなく、ガラスと外とのわずかな隙間にあるのかもしれない別の世界を眺めているかのようだった。
 もしかしたら、つき子には見えない老人と同じ世界を、彼女はここでも眺めている。
 気がつけばつき子は、彼女のほうへ身を乗り出していた。
「あの、すみません」
「はい?」
 振り向きながら反射的ににっこりと微笑むのは、そういった職業なのだろうか。見知らぬ人に声をかけられるのにも慣れている様子だったが、つき子の次の言葉は彼女にとって想像していないものだったに違いない。
「このあいだ、ガラクタ屋さんのトランクを覗いてましたよね。駅の裏手にある児童公園で」
 驚いたように、その人は目をしばたたかせた。
「突然ですみません。トランクひとつのガラクタ屋なんて、すごく不思議じゃないですか。それも、夜の公園でひっそり店を開くなんて。でもこのあいだ、あなたが熱心に見てたから気になって、声をかけてしまいました」
「ああ、あのお店ですか。そんなに不思議ですか? 普通の露天商だと思ったんですけど」
 露天商だとしても、普通だとはつき子には思えない。
「ガラクタを買おうと思って見てたんですか? わたしはじめて見ましたけど、ガラクタ屋って他にもあるものなんですか?」
 疑問をたたみかけるつき子に、彼女はくすりと笑った。けっして迷惑そうではなかったから、誰かに話したい気持ちだったのではないだろうか。事実彼女は、それからあの夜のことを長々とつき子に話すことになったのだ。
「ガラクタっていうか、あれはブロカントのお店でしょう? わたし、そういうの好きだから、目についてしまって」
「ブロカント……?」
「一種の古物商? フランス語で〝楽しいガラクタ〟っていう意味らしいんですけど、ヨーロッパの蚤の市とかでもブロカントを扱ってるお店はよく見かけますよ。この市内にも何軒かありますけど。昔の雑貨とか、使い古したものなんかを扱ってて、美術品みたいな価値はない量産品ばかりなんですけど、新品にはない味わいがあったり、前の持ち主の痕跡があったり、眺めるだけでも楽しくてわくわくするんです」
 そういうジャンルの商売があるとは知らなかった。しかしまだ、つき子は首を傾げている。あのトランクの中身が売り物になるとは、どうしても信じられない。
「錆びたペンチにもわくわくするんですか?」
 トランクの中身を思い出して、つき子は言った。
「あ、それね、トランクのお店にあったのは、昔の歯医者さんが使ってたものらしいですよ」
 歯医者? と聞くと同時にぞくりとした。ただの古いペンチには何も感じなかったのに、グロテスクでノスタルジックなイメージが、錆び付いた道具に不意にまとわりつく。恐怖心か好奇心か、奇妙な感覚が芽生える。不思議に思いながら、つき子は彼女の言葉に聞き入った。
「いろんなこと想像しちゃいますよね。あれで誰の歯を抜いたのかなって。今と違って、いろいろ大変だっただろうなとか。よくある日常的な道具なのに、年月を経たものには非日常的な何かがまとわりついていて、落ち着かない気持ちにさせられる。だからブロカントはおもしろいんです」
 そう言って、テーブルに置いた本を指先でそっとなぞった。
 すり切れた表紙も、何度もめくられてよれたページの隅も、ずいぶん年季が入っている。英語の文字だけが並んだそっけない表紙デザインも、使い込まれた跡とともに、古めかしさを主張していた。
「もしかしてそれ、あのとき買ったんですか?」
「ええ、これね、トーマス・クック社の時刻表。一九二九年版」
 百年近く前のものだ。時刻表なんて、去年のものでもまずゴミだ。なのに、百年も前だと思うと、別の価値があるような気がしてくるのはどうしてだろう。
「どこの国の時刻表ですか?」
「世界中の。当時はイギリスの会社だったけど、世界中の鉄道や船の時刻表が載ってるんです。旅行者にとっては、欠かせないバイブルみたいなものだったんでしょうね。何度も開いて、大事なところに線を入れて、書き込みもして、旅に出た誰かの痕跡が、しっかり残ってるんですよ」
「トーマス・クックって、トラベラーズチェックの会社ですか? 聞いたことがあります」
「ええそう。今じゃクレジットカードが普及してるから、現金を持ち歩かなくても海外で買い物ができるけど、昔はそうはいかなかったでしょう? あなたは……若いからトラベラーズチェックなんて使ったことないかもしれないけど、わたし、十八で留学したときに持っていってました。現金は盗まれたりなくしたりしたらおしまいだけど、チェックなら手続きすれば再発行してもらえる。そういう仕組みを十九世紀から旅行者に提供していたのがトーマス・クック。世界ではじめてパックツアーを売り出した会社だし、時刻表は今でも毎年出てるんです」
「へえ、詳しいんですね」
 つき子が感心すると、彼女は屈託なく笑った。
「あはは、ぜんぶブロカント屋のおじさんからの受け売り。わたしも、トラベラーズチェックを知ってただけなんです」
「でも、旅行が好きなんですよね。それでこれを?」
 少し考え込んだ彼女の、整った眉のあいだに、かすかに苦しげな色が浮かんだが、本の表紙をまた撫でると同時にそれは消え去る。
「旅行なんて、もう何年も行ってなくて。たぶん、好きってほどじゃないんだと思います。だから……、この本がほしかったわけじゃなくて、物語を買ったんです。物語が気に入ったから」
「物語、ですか?」
「あのブロカント屋さんは、モノを売ってるんじゃないんですって。売ってるのは物語だそうですよ」
 ガラクタ屋、ではなくブロカントの価値をようやく理解しかけたところなのに、つき子はさらに謎に包まれた。
「どんな、物語なんです?」
 それを問うことは、彼女が買ったものなのに失礼になるのだろうか。よくわからないまま、好奇心には勝てずに問う。
「ガラクタが、語る物語。聞いてくれます?」
 さらりとそう言ってくれたことに安堵し、つき子は大きく頷いた。

 

※本記事は、『がらくた屋と月の夜話』の全276ページ中30ページを全3回に分けて掲載した試し読みページの最終回です。このあとは、単行本でお楽しみください。

 

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谷瑞恵

2月3日生まれ。三重県出身。『パラダイスルネッサンス楽園再生』で1997年度ロマン大賞佳作に入選しデビュー。コバルト文庫「伯爵と妖精」シリーズ、ベストセラーとなった「思い出のとき修理します」シリーズ、「異人館画廊」シリーズなど著書多数。最新刊に『拝啓 彼方からあなたへ』がある。

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