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女性たちの貧困 “新たな連鎖”の衝撃

2015.05.21 公開 ポスト

第5回

たった一人で出産、一度だけ抱いた赤ちゃん
──真由さん・29歳NHK「女性の貧困」取材班

 働く単身女性の3人に1人が年収114万未満。――2014年1月27日に放送されたNHKクローズアップ現代「あしたが見えない~深刻化する”若年女性”の貧困」と、その続編として同年4月27日に放送されたNHKスペシャル「調査報告 女性たちの貧困~”新たな連鎖”の衝撃」は大変大きな反響を呼びました。
 その後、日本社会の将来を左右する深刻な事態として認識されるようになった「女性の貧困」問題の、最初の一石を投じた2本の番組に、取材しながらオンエアできなかった内容や、登場した女性たちのその後などを盛り込んで書籍化したのが『女性たちの貧困』です。
 本書の担当編集者は、原稿を読みながら、「これが現代の日本で起きていることなのか」と驚き、怒り、たびたび絶望的な気持ちになりました。でも、私たち一人ひとりにできることは、できれば目を背けたい現実をまず知ることだと考えます。

 全6回のダイジェストでお届けする『女性たちの貧困』。第5回目は第5章「妊娠と貧困」から、誰の援助も得られないまま妊娠した女性の駆け込み寺であり、生まれた子どもの特別養子縁組も仲介するNPO法人「Babyぽけっと」で出産した、真由さんの話です。

前回の記事:第4回「家族からも地域からも排除され「風俗」に行き着く──ノゾミさん・19歳」

*  *  *

 取材を始めた2013年1月、すでに寮で暮らし始めていた29歳の山本真由さん(仮名)に私たちは出会った。

 170センチ近い長身で、ノーメイクでも目鼻立ちのはっきりしたきれいな女性だ。明るく染めた髪や爪もきちんと手入れされていて、寮のこたつでお茶をすすっている姿が妙に浮いて見えた。

 東北地方出身の真由さんは、高校卒業後上京し、主にキャバクラで働いて生計を立ててきた。最後に勤めていた歌舞伎町の店は、彼女曰く「レベル高め」の高級店だったという。

 真由さんには長年交際している相手がいた。歌舞伎町のホストクラブで働く同い年の男性だ。すでに一緒に暮らしていたこともあり、妊娠したことを打ち明ければ、「育てよう」といってくれるはずだった。しかし、真由さんが身ごもった子どもの父親はその男性ではなかった。

 数カ月前、交際していた男性と喧嘩をして別れていた時期があり、妊娠したのはそのわずかな間だけつき合っていた男性との子ども。妊娠に気づいたのは、復縁してからすぐのことだった。

「前の彼氏の子がおなかにいて、『出産していいよ』っていう男って、まぁいないですよね。岡田さんにもいわれました。それは難しいよって。そこまで包容力のあるというか、前の男の子どもでも一緒に育てるよっていうのはまぁ無理だねって。私もそう思うし」

 自嘲気味に話す真由さん。“元彼の子ども”が容易に受け入れられないだろうことはよく理解できる。日に日に大きくなるおなかを抱えて、途方に暮れていた真由さんは、別れて以降連絡を絶っていた子どもの父親にも知らせることにしたという。

「こうなっちゃったから仕方なく連絡したんですけど、『ちょっといろいろ考えて連絡するよ』っていわれて、それから一切連絡ない。1回も連絡ないです。まぁ私もピンとこないまま、ちょっと第三者的な感じで淡々としゃべっちゃってたんで。普通はいうものなんですかね、『あんたの子なんだから責任取りなさいよ!』って」

 キャバクラで働き、月50万円近い収入があったという真由さん。趣味の手芸を生かして、手作りの小物をインターネット販売する事業を立ち上げるため、蓄えをその資金としてつぎ込んでいた。手持ちのお金はなく、おなかが目立ってきたため店も辞め、家賃が負担できないと住んでいた部屋も解約。彼氏の部屋に居候をさせてもらい過ごしていたが、いよいよおなかが大きくなると気まずさに耐え切れず、漫画喫茶で過ごしていたという。そのとき、インターネットで見つけたのが「Babyぽけっと」のホームページだった。

「岡田さんには夜中に電話しました。夜中の3時くらいに。第一声はなんていっていいかもわかんなくて、しゃべれなくて、岡田さんに、『まだたぶん決心がついてないと思うから、きっちり決めたらもう1回連絡してください』っていわれたんですよ。ここが見つからなかったとしたらどうなっていたんですかね……」

 

家族や友達がいても、頼るのは見ず知らずの人

 もう悩むことをやめたように、淡々と経緯を語る真由さん。妊娠してからの転落ぶりはあまりにもあっけないものだった。撮影のためにと、キャバクラで働いていた頃の写真を見せてもらったことがある。髪を高く盛り、きらきらしたドレスを着てワイングラスを持つ真由さん。お店の同僚と“オールで(朝まで)飲んだ”日の真由さん。お店には熱心に通ってくれる常連客がいて、歌舞伎町を歩けばたくさんの友達が声をかけてきた。しかし今、妊娠した真由さんは、土浦の平屋のこたつに一人入っている。荷物はキャリーバッグ一つ分しかなく、着ているのは寮に来た女性たちが残していったマタニティ用のジャージだ。財布にはもう、千円札が数枚しか入っていない。

「家族を頼ることはできなかったの?」と聞いてみた。両親は離婚しているが、母親のことは「ママ」と呼び、ブログには笑顔で写ったツーショットの写真も掲載していた。歳の近い姉もいて、家族の関係が悪いようには思えなかった。私たちの問いに真由さんは、母親には妊娠したことを隠しているといった上で、自分が蒔いた種だからと何度も繰り返し、それ以上は何も語らなかった。家族には相談できないが、インターネットで知った初対面の岡田さんにはすべてを打ち明けることができる理由を、真由さんの言葉から見いだすことは、最後までできなかった。

「姉には、ここにいることを話してます。でもうちは、なんていうんですかね、自主独立的な家庭で、何するにも私は親に止められたことはないし、あんたが決めたことならそうしなさいっていう感じなんです。もちろんお姉ちゃんもそうで、あんたが決めたならっていう感じでしたね」

 家族がいても、友達がいても、真由さんは一人だった。

 岡田さんもいう。

「両親がちゃんといても話せないとか、ひとり親でなかなか家に帰ってこないとか、家庭が崩壊しているという状況の相談はすごく多いですよね。一番身近で救ってもらえるはずの家族にいえないという女性は本当に多いんです」

 

産後すぐ“キャバクラで働く”

 取材を始めてからおよそ1カ月後、真由さんは女の子を出産した。3880グラム。顔立ちのはっきりしたきれいな赤ちゃんだ。おなかに入っている頃から関わっていたと思うと、無事に生まれたことへの感慨はひとしおだったが、退院後の真由さんを訪ねてみると、彼女の心を占めていたのは、子どものことではなく、今後の生活への不安だった。

 真由さんがスマートフォンで熱心に検索していたのは、格安で入居できるシェアハウス。敷金礼金の負担がなく、都心部に暮らせるのが人気だという。女性専用の物件は若干家賃が高いのだと、真由さんはぼやいていた。

 さらに真由さんは、出産から1週間足らずでもう働き出そうとしていた。

「とりあえずタイニュウでつなごうかな」。“タイニュウ”とは、キャバクラの体験入店という意味だ。体験入店すれば日払いで給料がもらえる。真由さんはしばらくいろいろな店で体験入店を繰り返し、短期間でまとまった現金を作ろうと計画していた。

「産んだら一気に現実に戻った感じですね。本当に。あれもやんなきゃ、これどうしよう、リアルに今度は生活の心配をしなきゃいけない。シェアハウスも、敷礼はないけど、預け金みたいなのが結局必要だし。とりあえず10万作りたい。体はきついけど、仕方がないですね。お酒は飲めなくても座れればなんとかなる。座っていられれば。でもおなかのぽっこりは、どう隠そう。締めてればごまかせるっちゃ、ごまかせるかな」

 産後は少なくとも1カ月ほど体を休ませた方がいいとよく聞く。9カ月にわたって子どもを守ってきた体は大きなダメージを受けている。おなかは簡単には凹まないし、切開した会陰の傷が治るまでは長時間座っていることも難しい。母乳を止める薬も飲んでいた上、真由さんはひどい貧血にも悩まされていた。産後すぐの体でキャバクラ勤めなどできない。私たちは行政に相談した上で、生活保護を受けるべきではないかと真由さんに話したが、反応は鈍かった。

「生活保護って審査みたいなのあるんですよね。行ってすぐその場でもらえるのかな。生活保護で子育てしてる人もいるんですかね。いるのかな。でもどこに住んでるんだろう、その人たちはって思ってしまって。生まれてしまえば働けるじゃんみたいな感じだから。なんとかなるんじゃないかな。体がしんどいのは当たり前だからしょうがない。ただ、こんなに何カ月もお酒を飲んでなくて、飲めるかなって心配だけど」

 

たった一度だけ抱いた赤ちゃん

 出産から9日後、真由さんは寮を出ることになった。どこで暮らすのかと聞けば、別れた彼氏の家だという。この数日、電話で連絡を取り合い、もう一度やり直すことになったそうだ。とりあえず、産後すぐの体でキャバクラの仕事に戻る必要はなくなったことに、私たちは少しほっとした。

 寮を出ることは、同時に子どもとの別れを意味する。子どもを手放し、養父母との特別養子縁組に同意する手続きの場に、私たちはカメラを構えて立ち会った。

 出ていく準備を終えた真由さんの顔はすっきりとして見えた。妊娠中はノーメイクの顔ばかり見てきたが、メイクをして、濃いブルーのニットにショートパンツという真由さんの姿は、数日前に出産を終えた女性には全く見えなかった。

 岡田さんが書類を抱えて寮に入ってきた。あまり深刻な顔は見せず、淡々と手続きを進めていくのは、なるべく母親たちの心を乱さないようにと考えてのことなのだろう。そして、こうした手続きを何度となく繰り返してきた岡田さんだからこそのやり方なのだろうと思った。

 真由さんは岡田さんの説明に深く頷きながら、出された書類に次々とサインをし、はんこを押していく。子どもを養育できない理由と、特別養子縁組をして養父母に子どもを託すという内容が記された書類。書類は、これから始まる家庭裁判所での特別養子縁組の手続きに使われるという。自分の名前を丁寧に書く真由さんの手元に迷いは見られなかった。

 書類を書き終えると、岡田さんは自宅に戻り、真由さんが産んだ赤ちゃんを抱いて戻ってきた。別れる前、一度だけ赤ちゃんを抱いてもらうためだ。

「Babyぽけっと」では、出産した後の母親が赤ちゃんと触れ合うことはない。このルールを知ったときには、あまりにも酷だと感じたが、それには岡田さんの経験に基づく考えがあった。

 出産後、母親の精神状態はとても不安定になる。マタニティブルーといわれる抑うつ的な状態になることもあれば、高揚感に満ちあふれることもある。赤ちゃんと長時間触れ合うことで、出産前の決意が揺らぎ、「やっぱり育てたい」といい出す女性が少なくないのだ。

 考えた末に、自分で育てると決めた場合、岡田さんは、赤ちゃんと共に女性を送り出す。しかし、赤ちゃんへの愛情が芽生えたとしても、「養子に出そう」と考えるに至った生活環境は出産後も変わっていない。実際、翻意して子どもを連れ帰った女性が数カ月後に「やはり育てるのは無理でした」と連絡してくるケースもあるのだ。子どもと母親との愛着関係が生まれてから、再び引き離すことは子どもにとっては深刻なダメージにもなる。それを避けるため、岡田さんは出産後の赤ちゃんとの接触を制限して、女性たちに冷静にこれからの生活のことを考えてもらうことにしているのだという。

 一方で、岡田さんは寮を出る女性たちには最後に一度だけ子どもを抱かせることにしている。子どもを産んだという事実を、決して忘れないでほしいという思いからだ。次に子どもを産むときは、喜んで命を迎えられる暮らしをしていてほしい。「生まれてくれてよかった」と子どもにいってあげてほしい。そんな岡田さんの思いが、“最後のだっこ”には込められている。

 真由さんの赤ちゃんを引き取る両親はすでに決まっていた。九州地方に住む夫婦。妻はこれまで4回もの流産を繰り返してきたが子どもをもうけることができず、特別養子縁組という道を選んだという。赤ちゃんには養父母の決めた名前がつけられる。家庭裁判所の審判を経て縁組が認められれば、赤ちゃんは養父母の実子として扱われることになる。

 腕の中にすっぽりと収まるほど小さな赤ちゃんを岡田さんから受け取る真由さん。その手足をなでながら、真由さんは終始笑顔だった。

 岡田さんが静かに聞いた。

「どういう親になってほしいとか。どういう子どもに育ててほしいとかなんでももしあれば」

「子どもの近くにいてあげてほしい。それは私が一番できないことだから」

 わが子と過ごす時間は、1時間足らずで終わった。

「じゃあ、行きますね」

 ずっと赤ちゃんの小さな指をなでていた真由さんに、岡田さんが声をかけた。

 黙って真由さんは頷き、岡田さんは赤ちゃんを抱いて寮を出ていった。

 目の前で起きている出来事に、私たちはどんなことを聞けばいいのか全く思い浮かばず、じっとそばに座っていることしかできなかった。

「本当にいいんですか」

 そう聞くべきだったかもしれないし、聞くべきではなかったのかもしれない。でも、どんな言葉も出てこなかった。

 寮のドアが閉まる音が小さく聞こえた直後、真由さんの目から涙があふれた。

 決して嗚咽をもらすことなく、静かに、静かに真由さんは泣いていた。

 目を覆った指の間から、涙の筋が光って見えた。

 出産までの間、決して心を揺らすことなく過ごしてきた真由さんの涙を、私たちはずっと見つめているしかなかった。

 寮を出た後、真由さんは彼氏が暮らす歌舞伎町へと戻った。

 その後しばらくして彼女と再び会う機会があった。子どもを産んだ後も、生活は以前のままだ。ギャンブル癖のある彼氏とはよく揉めているし、キャバクラの仕事も辞められそうにない。

 やけに明るく、吹っ切れた感じの話しぶりだった。子どもと別れたとき、静かに涙を流していた真由さんの面影はすっかり消えてしまっていた。

 その後、名古屋の歓楽街で働くことになった彼女とは、連絡がつかなくなった。

 番組「おはよう日本」では、真由さんの出産と赤ちゃんとの別れ、そして赤ちゃんを岡田さんが養父母のもとへ届けるまでを放送した。子どもの命をどう守るのかという視点で始めた取材だったが、私はむしろ、「Babyぽけっと」しか頼る場がなく、子どもとの別れという想像を絶する経験を経て、また元の生活へと帰っていく女性たちのことが気になって仕方なかった。

 なぜ彼女たちはここまで孤立しているのか。子どもの父親である男性は何をしているのか。そして宿した命を手放すということが彼女たちに何をもたらすのか──。わき上がる様々な疑問に答えが見つけられるのかはわからないが、もう少しこの現場を見つめてみたい。岡田さんの了解も得て、私たちは「Babyぽけっと」を舞台にしたドキュメンタリー番組を制作すべく、取材を継続することにした。

 

※次回、最終回は5月28日(木)更新予定です

※書籍『女性たちの貧困』にはここで紹介した真由さん以外にも、オンラインゲームにはまりネットカフェで寝泊まりする中で妊娠が発覚した23歳の陽子さん、ヘルス勤務で父親が誰かわからないという同じく23歳の理恵さんへの取材など、妊娠と貧困についての直視すべき現実が掲載されています。興味を持たれた方は是非、書籍をお求めください。

関連書籍

NHK「女性の貧困」取材班『女性たちの貧困 “新たな連鎖”の衝撃』

大反響を呼んだ「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」、待望の書籍化。やがて母となる若い女性が不幸な社会に、未来はない。

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