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「埼玉」からみえる地方と消費のゆくえ

2015.03.19 公開 ツイート

後編

ダサいものが勝つ時代をどう受け止めるか 中沢明子/速水健朗

消費には「上流」と「下流」の両方が必要

速水 この『埼玉化する日本』の中で一番批判的な文脈は、上流から下流に流れるという流れを無視して、「下流だけでいいじゃない」と言うのがいかに無粋か、いかにものを知らないか、という斬りこみ方だったと思います。だから、そこはもうちょっと議論できる部分でもあるし、高感度消費って何なのかを突き詰めて書けば、面白い気がするんですよね。

中沢 それは「この本、面白かったはずなのに」って感じでしょうか(笑)?

速水 いや、じゅうぶん面白いんだけど、もっと深堀りできるし、そこはわりと本質だと思っている。あと、マス消費がコモディティ化しているって、これもけっこう重要なことを当たり前のように書いているんですけど……。

中沢 当たり前じゃないの? それ。

速水 うん。コモディティ化じゃなくて、みんな社会は良くなっているんだという解釈をしていると思うんです。全国にモールができて、「消費環境は改善されて、地方の人たちも東京と同じ消費ができるようになってます」って。

中沢 東京と地方が同じ消費ができるようになった、とまで言ったらそれはウソでしょと思います。それと、モールが広がることを、みんな社会は良くなっていると思っていると速水さんは言うけど、思ってない人もけっこういるし、「ファスト風土」にお怒りになっている人たちもいると思う。

速水 確かにそう。日本が画一化している象徴であるという見方が主流か。

中沢 うん、ファスト風土化けしからんという人がいると思いますが、「けしからんかもしれないけど、現状そうですよ」と書いておいたってことですね。けしからんかどうかはその人の価値観なので何とも言えないけれど、私はもちろん前進という見解の立場です。

速水 それは、どういう意味で前進?

中沢 郊外型ショッピングモールがなかった時代、どれぐらいの人たちが何を買えていたのかなって。アマゾンもなかったし、すごく遠いところまでいかないと、服が買えなかったわけですから。

速水 生活が向上したっていうことですね。

中沢 生活が向上したっていう意味では、ぜったいに前進だと思う。

速水 原田曜平さんの『ヤンキー経済』におけるマイルドヤンキーの話って、日本全国に同じような消費環境ができ、生活の向上が底上げされました、それがマスになりました、ということだと思うんですよね。で、原田さんは、そっちでウケてるものこそ、マーケティングが見逃してきたものなので、そこに向けて企業は新しく商品開発をすればもっと売れますよ、っていう提案なんですよ。
 ただ、『埼玉化する日本』の本の帯で、「マイルドヤンキーだけで消費を語るなかれ」って書いてあるけど、その話ってたぶん深堀りできると思うんですよ。結局、現状、多数決ではマイルドヤンキー消費が勝っている。僕、宇多田ヒカルのトリュビュートアルバム(「宇多田ヒカルのうた」)を聴いて、そう思ったんですけど、あれ聴きました?

中沢 聴いたけど……うん(笑)。

速水 僕、車で運転するときにすっごくヘビーローテーションしているんですよ。浜崎あゆみの「Movin’ on without you」が一番素晴らしい。

中沢 それは、「宇多田ヒカルの曲を歌うあゆ」を含めてということ?

速水 そう。アレンジがダサいんですよ。ザ・エイベックスなんですよ。で、浜崎あゆみが、すごく溌剌と歌っている。本当に力強くて、本当に元気になるんで、何十回も聴いているうちにそれしか聴かなくなっちゃったんだけど、それ何なんだろうと思って、頭に浮かんだ言葉が、「あまちゃん」での能年玲奈ちゃんの台詞「ダサいぐらい我慢しろよ」。浜崎あゆみのメッセージって、それなんですよ。

中沢 ぜったいに浜崎あゆみはそんなこと思ってないと思う。ぜったいにかっこいいと思っている(笑)。

速水 (笑)。洗練されたR&Bを自分で作曲してアレンジをして、ポーンと出てきた宇多田ヒカルと町田のユーロビート専門のレンタルレコード屋さんから始まったエイベックスの歌姫。同じ時代に生きてきながら、別の道を歩んでいた二人なんだけど、もう宇多田は活動を休止して3年ぐらい経ちますよね。で、ずっと紅白落選していても、ずっと頑張り続けている浜崎が勝つのが現代だなあと思って。これはやっぱりマイルドヤンキーの勝利というか、ダサいものが勝つ時代で、あゆが宇多田のカバーをすることで、乗り越えてみせた感じがする。

中沢 なるほど。でも、私、どうしても高感度消費人間だから、浜崎あゆみはどっちかっていうと飛ばしちゃいます(笑)。

速水 まだ、浜崎でもだめですか? そろそろ、ダサいの我慢する時期ですよ。

中沢 いや、私もこのしゃらくさいものをなかなか取っ払えないという生きづらさがあるんですけど(笑)。なぜなら、マイルドヤンキー的なものは、若者にぜんぜん限らないと思っていて、なぜみんなずっと若者の話をしているのかと思うぐらい、別に大人もそうだよねって思っているんです。

速水 大人もけっきょく「浜崎化」してる?

中沢 うん、浜崎を聴くかどうかは別としてね。

速水 まあ「埼玉化」みたいな意味で、「浜崎化」として。

中沢 「浜崎化」していると思っているので、マイルドヤンキーという括りで言えば、大人もそうだと思っていて、もちろんそれが多数派でしょう。けれども、速水さんがピックアップしてくださった通り、マイルドヤンキーの人たちが消費しているものができるまでに、その上流というか川上で新しく生まれたものが、どんぶらこ、どんぶらこと来て、マイルドヤンキー消費に薄まって広がるわけで。

速水 ただ、「しまむら」のことを本でも書いていますけど、しまむらって、どうやって商品開発しているかっていうと、商品企画の人が原宿とか表参道とかに行って1日スケッチをしている。上流と川上の構造からは抜け出てない。何かクリエイティブの源泉は必要なんだとは思うんですけど、どんどんそれは「下流の下流」ができているような……。

中沢 流行の流れの中で下流の厚みというか、下流がミルフィーユのように増えているってこと?

速水 だから、上流はどこまで維持できるんだろうかなって。世界のマーケットでは、ファッションもビジネス規模は右肩上がりなので、上流を生み出すクリエイティブはなくならないと思う。ただ日本はひょっとしたら、国内ではなくなって下流ばかりになる可能性は、あるかもしれない。

中沢 なるほど。高感度消費というのはどこかでないと、しまむらだって成り立たなくなっちゃう。外国から持ってくればいい、と言われたら、そうだけど、それだけにならないように、どう持ちこたえようかと考えている人たちと手を組みたいとは思っています。だけど、そういう人たちって意識が高すぎるのか、意外と発言しないんですよ。

速水 あと、作り手の人たちというのは、あんまり分かってないかもしれない。

中沢 そう、最先端の人たち、危機を分かってないの。最近バズワード化している「メイドインジャパン」も、日本製で丁寧に作られているから高価です、と言っても、こなれた価格かつ良いデザインで提案できなかったら、多くの人に選ばれないのに、ひたすらメイドインジャパンを推す。

速水 下々の人たちがついて来ていないってことに対する自覚がないですよね。

中沢 そう、今回の本も、ものすごく意識の高い、おしゃれな友だちに話しても、そもそもマイルドヤンキー論がピンと来ていない感じ。ぜんぜんイメージできないんです。そこが切断されているんだよね。

速水 はいはい、「そんなどこにいるの? 俺たちの半径5メートルにいないけど」って。マイルドヤンキーがあれだけ話題になって、「え、そんなの知ってたよ、昔からいるよ」という人たちがネットではいるわけですよ。でも大企業の中の人たちとかはぜんぜん知らなかったりする。半径5メートルにいないから。まさにネットと現実の違いみたいなのって、いろんなところで起こっていて。

中沢 だから、この本はそこのブリッジもちょっとしたかった、というのがある。ARTS&SCIENCEな人たちは、自分たちの世界で完結していて、それが永遠に続くと思っているから、マスの世界ともう少しブリッジしていかないと縮小していっちゃうよ、と自覚してほしい。

 

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中沢明子

1969年東京都生まれ。ライター、出版ディレクター。女性誌、ビジネス誌など幅広い媒体でインタビュー、ルポルタージュ、書評を執筆。延べ1800人以上にインタビューし、雑誌批評にも定評がある。得意分野は消費、流行、小売、音楽。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)、『遠足型消費の時代』(古市憲寿氏との共著/朝日新書)など。

速水健朗

1973年石川県生まれ。ライター、編集者。コンピュータ誌の編集を経てフリーランスに。専門分野は、メディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など。『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)、『都市と消費とディズニーの夢』(角川oneテーマ21)、『1995年』(ちくま新書)ほか著書多数。朝日新聞読書面「売れてる本」担当、TBSラジオ「文化系トークラジオLife」メインパーソナリティ等、多方面で活躍中。

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