担当編集者が猛烈にハマっている、コンビニ僧侶・蒼石盆太郎さんのエッセイ。ここ幻冬舎plusで「稲田ズイキ」名で『僧侶、家出する。』を連載していたのですが、あれから7年経ち、筆名を蒼石盆太郎に変え、”うつつ”を綴ります。
「優しい」は難しいと気付いた、泣きそうなほど優しい今回です。
* * *
逆走する精子
いつもならなんとも思わないはずの景色が、なぜか目にとまってしまうことがある。そんなときはいつも、ぽんと世界が鳴っている気がする。
あれは、おれが「出家のち家出」と題して、「これは修行なんです」などとこじつけて、この世のありとあらゆる優しさに乗っかり、日本中の家という家に居候する旅をしていたときだったと思う。
旅に出る理由はだいたい百個くらいあった。だけど、決め手になったのは、それまで居候させてもらっていた友達が彼女をつくってしまい、家を出て行かざるをえなくなったことにあった。
そんな、無茶で向こう見ずな旅の最中のこと。
とにかく疲れていた。地下鉄に揺られながら、ぼんやり画面を眺めていると、ひとつのニュースタイトルにだけ、ふいに焦点が合った。それは、ある大学が発表した研究の内容だった。
「精子は共に助け合って泳ぎ、卵子を目指す」
記事は読み切っていない。だけど、おれは泣いていた。止めようとしても止まらなかった。
これは旅のノイローゼなのか、それともなにか。
いつもの液体ではなかった。身体とはちがうところを通ってあふれているような。一日がやっとの生活を送っていた当時のおれには、その涙の理由がわからなかった。
だけど、うれしかった。気持ちをそう名づけてよかったのは、たしかだ。
精子は共に泳いでいる。助け合って泳いでいる。
ただその事実が、今も鞄にぶら下がったお守りみたいに、揺れながらおれについてきている。
昔から、競争が苦手だった。なにか勝負がはじまれば、一目散に去ろうとする。
大学生の頃、友達と同じ人を好きになったことがあった。事実が判明すると、友達との間に気まずい沈黙が立ちこめた。
そのとき、おれはすかさず、口走っていた。
「待って、気のせいやった気がする」
大丈夫、大丈夫、あんたがいきなはれ。カラスの母ちゃんのように、鳴き立てていた。友達の拍子抜けした顔が忘れられない。
そもそも当時は、全方角に北を指し示すような、樹海の方位磁石みたいな恋をしていたし、なにより友達とひとりの人を奪い合うなんて、最悪だった。ひとえに、勝てる未来が見えないのだ。
競争を避ける性分なのは、きっとおれが三月の末に生まれているからだ。あとは、六歳まで母乳を吸っていたことも関係しているかもしれない。因果関係はもちろん知らない。ただ、おれの人生について考えるとき、この二つの事実は、どうしても無関係とは思えない。
早生まれで、ふつうの子どもの五倍の乳を吸っていたおれにとって、学校はいつも目まぐるしかった。身体の発達は遅く、首はぎりぎりすわっているけど自我がすわっていない。目を回しているうちに、気がつけば青春は終わっていた。
だからか、皆と同じ土俵に立つと分が悪い、無意識でそう思っていたにちがいない。競争を避ける癖は、そうして知らずのうちに宿っていた。
いつだったか、妻に「あなたの人生には、友情しかない」と言われたことがある。
そう言われて、嬉しかった。たしかに、友人は大事にしているからだ。
おそらく結婚式の準備で、それぞれの経歴を振り返っていたとき、言われたことばだった。妻は申し訳なさそうにつづけた。
「少年ジャンプは『友情・努力・勝利』やけど、あなたには『友情』しかないってことやで」
そのことばをよく思い出す。そばから見てきた者として真っ当な批評だったろうし、依然として、おれは褒められたつもりでいた。
たしかに、そうなのだ。人生を振り返れば、「努力して勝利した経験」が思い当たらなかった。
唯一、と言ってもいいだろう。努力していたと言えるのは、学生の頃。高・大・院と受験したのだが、いずれも、見事に第一志望に落ちている。
模試ではいつも好成績なのに、きまって本番に弱い。院試にかぎっては、前の席の黒髪の女性が、試験開始直前にパーカーを脱ぐと、Tシャツの後襟あたりに「YOU LOSE」と文字がプリントされていた。そんな煽り戦法、ありなのか。死角から未来を宣告されてか、案の定、落ちていた。とことん、勝負に弱い。
おれはいつまでも自分が何者なのかわかっていない。これはきっと、妻の言う通り、おれの人生が友情しかないからだと思う。
たまに思う。どうやってここまで生き延びてこられたのだろう。ひとつあるとすれば、だいたいいつも、どこかに手を差し伸べてくれる人がいた。
おれはその手を、迷いなく掴む。そして、掴んだうえで、あたかも今この瞬間に自分の人生がはじまったかのような顔をする。
誰かが「文章、上手いね」と言ってくれれば、そうか、おれは文章を書くために生まれてきた人間だったのか、と急に思い出す。話を褒められれば、そうだ、子どもの頃に一度お笑い芸人になりたいと思っていたな、とすかさず棚からアルバムを取り出してくる。
そういうときのおれはすごい。たったひとりの友人からもらった小さな期待を、勝手に「使命」にまで水増しする才能だけはある。
ところが困ったことに、その使命をすぐに忘れてしまう。そして別の誰かが差し伸べてくれた別の手を掴み、また明後日の方向へ、ものすごい勢いで走りはじめる。
だから、おれには努力を積み重ねた果てに何かをものにした、という物語がない。そういう少年漫画にありそうな展開に、どうも巡り会えないのだ。おれの漫画にあるとすれば、それは「友情・勘違い・忘却」だ。
ただ、忘れたころに、昔の自分が全力で走った跡を、ふいに見つけることがある。こんなところまで来ていたのか、と自分で自分の遺跡を発掘する。
おれはどうやら、一直線に成長するのではなく、あちこちに遺跡を増やしながら、じわじわ自分の地図を広げてきたらしい。
だけど、競争を避けてなんて、生きられるはずはない。おれの人生には「甘い」ということばが、ほんのりと付き纏ってきた。
三十歳を超えたからか、コロナ禍を経たからか、その甘さは自分でも痛感するようになった。できるだけ呑気に生きていたい。だけど、呑気さではどうにもならないことが、この世にはたしかにある。
そのことを思うと、決まってひとつの景色が浮かぶ。
白い石灰の線で囲まれた枠のなかを、おれは走っている。前に三人、後ろに一人。幼稚園のかけっこ競争だった。
次の瞬間、わっと会場がどよめく。横で見ている保護者たちの目線を追って振り返ると、後ろで走っていたむっちゃんがこけて、うずくまっていた。
反射的に体が動いた。いつのまにか、おれはコースを逆走していた。むっちゃんのもとへ駆け寄り、手を差し伸べる。
だけど、倒れたむっちゃんは、見たこともない虎の目でこちらを睨んでいた。
次の瞬間、むっちゃんはおれの手を払いのけた。そして、その勢いのまま、ゴールに向かって突っ走っていったのだ。
いつもの走りとは別人みたいだった。地面を蹴り、砂を巻き上げ、前へ前へと駆ける。むっちゃんの背中がどんどん遠くなっていく。
結果、むっちゃんは四位、おれは最下位だった。そんな記憶だ。
決して美談として語りたいわけではない。現に、彼とは中学まで一緒だったが、ことあるごとにこの話を持ち出された。
忘れてしまっていたけど、むっちゃん曰く、先生は運動会の後、おれを皆の前で褒めたのだという。友達を助けに戻った、優しい子です、とでも言われたのだろうか。もしそうなら、むっちゃんにとっては、たまったものではなかったと思う。
むっちゃんの虎の目を見て、おれは初めて知った。手を差し伸べれば、ときに人を傷つけてしまうことを。あのとき、おれはむっちゃんを助けたのではなかったのかもしれない。少なくとも、むっちゃんは助けてほしくなかった。それ以来、優しさは、ずっと難しい。
ときどき「甘い」ということばとともに、この記憶を思い出す。あのとき、おれがちゃんとゴールだけを見ていたら、むっちゃんを傷つけることもなかった。
勝負から降りようとするとき、あの日、ゴールとは逆の方向へ走った自分がよみがえる。なぜそうまでして、おれは争いたくないのだろう。負けるから? 勝つことに興味がないから?
答えの代わりに、いつも口のなかに苦みだけが残る。
精子は共に泳いでいる。助け合って泳いでいる。
その研究結果を知ってから、実際に自分の精子をじっくりと観たことがある。
精子に自信がないとか、不安だったというより、ただ奇妙だった。こんなに頼りない自分にも、生殖機能というか、子孫を残す力のようなものがあるかもしれない。そのことが、どうにも信じられなかった。
なかば、「あるはずがない」と思いながら、千円くらいの使い捨ての観察キットを買った。専用のルーペを覗き込み、自分の精子を探した。
生きていた。月面のような薄明かりの更地に、ごましおみたいな粒のひとつひとつが、細かく震えていた。
ふしぎだった。卵子を目指しながら、ときに助け合うというやつらが、今こんなにも生き生きとしていることが、おかしくて仕方がなかった。
でも同時に、叱りたくなってきた。
あんたら、一体どうしたいん? 競争したいの? 助け合いたいの?
ルーペを覗いていてもわからなかった。そこが前だと信じて、容器のなかを進んでいるやつもいれば、その場で円を描いているやつもいる。気が狂ったように尻尾を振っているのに、びっくりするほど前に進まないやつなんかも。
どれが正しいのか、おれにはわからない。ただ、皆、生きていた。そうとしか言えなかった。
いまになって、あの運動会で逆走した自分のことを、よく考える。
おまえ、ほんまに逆走したんやな、って。
おまえ、そんなことよくできたな、って。
一位を目指せと言われているゲームのなかで、どうしてあの一瞬だけ、身体が反対を向いたのだろう、って。
あれが正しかったとは、今も思わない。むっちゃんを傷つけたことも、なくならない。
ただ、勝つこととは反対の方向へ、あれほど迷いなく身体が動いた。
そのことだけは、なぜだか忘れちゃいけないような気がするのだ。
あなたのためにひまでありたい

ときどきコンビニ店員としても働く、僧侶・蒼石盆太郎の日々。
妻に結婚指輪を買いたいというくらいの気持ちで始めたコンビニバイトだが、ここで働き始めてから、仏の教えが、以前より理解できるようになってきた…!?
幻冬舎plusでは、2019年に稲田ズイキ名で『僧侶、家出する。』を連載していた蒼石盆太郎が、あれから7年を経て、いったいどんな世界線を歩んでいるのか――。










