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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

2026.09.15 公開 ポスト

愛するとは、相手を支配したい欲望と闘うこと早乙女ぐりこ

早乙女ぐりこさんによる連載は、今回が3回目。結婚をめぐる本エッセイでは、早乙女さんが過去の恋愛経験や、今の結婚生活を始めてから気がついたこと、変化した感覚について自由に綴っていただいています。今回は、パートナー関係における「いい人」について思うこと。あなたにとって「いい人」って、どんな人ですか?

*   *   *

いい人と結婚したなあ、としみじみ思う。毎日思っている。

 

「いい人」の定義は時と場合によってまちまちだ。誠実で他人に対する思いやりがある人、という意味だけでなく、自分や誰かにとって都合のいい人、という意味で使われることもあるし、「あの人、いい人なんだけどねえ……」と暗に恋愛対象にならないことを仄めかすような場面でも用いられる。
私の考える「いい人」は、「他人を自分の思い通りにしようとする欲がない人」である。

私は過去の経験から、「恋愛=相手を自分の思い通りにしようとする者同士の闘い」だと捉えている節があった。相手のライフスタイルや言動や思考を自分の思う正しい方向に向けさせたいという欲望がどうにもこうにも捨てられない。物わかりのいいフリをしていても、心の底では納得できていない。
知人や友人にそんな欲望をぶつけてはいけないということは大人だから理解しているつもりだった。けれど、恋人や結婚相手という唯一無二の存在には、それを求めることが許されてもいいのではないかと思ってしまっていた。
ねえ、なんで朝ごはんちゃんと食べないの? ねえ、なんで寂しいって言ってるのに会いに来ないの? ねえ、なんで正規雇用で働かないの? なんで? なんでなんでなんで?

その一方で、恋人や結婚相手が自分をコントロールしようとすることには人一倍敏感だったと思う。髪、ロングの方がよかったかも。うちの母親から料理教わったらいいよ。心配だから飲み過ぎないで。仕事ばっかりで俺のことないがしろにしてるよね。……うるさいうるさいうるさい、全部うるさい。
求められることに応えようとしてみたこともあるけれど、その度に、呼吸がうまくできなくなった。きっと、相手も同じだっただろう。

相手を自分の思い通りにしようとする者同士の不毛な闘いには、勝ちも負けもない。どちらかがその関係に疲れてリングから降りたら、そこで試合終了だ。私がかつて参戦した恋愛という名の闘いは、早いときには数週間で、長くても二、三年で終わった。

今の夫と出会って、彼が私を自分の思い通りにしようとしないことに驚いた。髪や服の好みを押しつけない。こうしたほうがいいよ、常識的に考えたらこうだよね、なんでこうしないの? というようなことを、夫に言われたことがない。日常の所作や家事のやり方、親族付き合いなど、なにかを押し付けられたことが一度もない。そして、私が快適に過ごせているかどうか、心身に疲労を溜めていないか、夫はいつも気遣ってくれる。
私が文筆家として活動していて、結婚生活についてエッセイで発表していることにも、何か思うところはあるはずだが、「やりたいようにやればいいよ」「それをしていないとぐりこがぐりこじゃなくなっちゃうでしょ」などと言っている。

そんな夫と過ごすようになって、私は思った。
やられっぱなしじゃだめだ。やられたらやり返さなきゃいけない。
だめなことをやり返すのではない。いいことをやり返すのだ。相手を自分の思い通りにするためにがんばるのではなく、相手が居心地よく気分よく過ごせるように私もがんばろう。
嫌いな掃除もなるべく夫と一緒にやる。夫より先に帰宅できる日は台所に立って晩ごはんを作る。出張や旅行に出かけたらお土産をたくさん買って帰る。誕生日や記念日を盛大に祝う。夫が私をいたわってくれるように、私も夫をいたわる。そして、脱ぎっぱなしの靴下や読みかけの本をそこらへんに放置しない!(でも時々忘れる)

自分の思う「正解」を相手に押しつけたくなる欲望が顔を出すことは随分少なくなった。自分自身が尊重されて、大事にされていると感じているからだと思う。

先日、ぎっくり腰をやらかした。2年ぶり、人生で通算7度目くらいのぎっくり腰である。気をつけて暮らしているのだが、数年に一度、ヤツはひょっこりやってくる。
ぎっくり腰というのはとにかくやばい(語彙力)。重症の場合だと、数センチ腰を動かしただけでもぎゃあああと断末魔の叫びを上げる羽目になる。それがやってきたら最後、海老のように丸まってベッドに横たわっていることしかできない。ベッドから這い出てトイレに行って帰ってくるだけで20分はかかる。そのくらい痛い。
それなのに、ぎっくり腰をやったことない人にはそのやばさが理解してもらえないことが多い。まだ若いのに、とか、そんな大げさな、とか呆れられたり笑われたりする。本当に! クソ痛いのに!
夫と結婚してから私がぎっくり腰になるのは2度目だが、夫は、前回も今回も一度も笑わなかった。前回は、職場まで送り迎えをして自分の腕を杖代わりにつかまらせてくれ、家事の一切を請負い、腰の湿布をまめに貼り替え、前屈できない私の代わりに両足に靴下を履かせてくれた。ほぼ介護だ。
今回のぎっくり腰はそこまで重症じゃなかったけれど、相変わらず親身になって面倒を見てくれた。座っているだけでおいしいごはんが運ばれてきて、洗い物も免除され、身の回りの世話をされ、まるでお姫様になったみたいだ。

しかし、ぎっくり腰発症から数日経ち、痛みは若干残るが日常生活にほぼ支障がなくなった頃に、事件が起きた。
私が休日出勤を終えて帰るときに、家にいる夫にいつも通り「何か買って帰るものある?」と連絡したら、「料理しててちょっと火傷しちゃったからキズパワーパッド買ってきてくれる?」という返信があった。驚きつつ、言われたとおりドラッグストアでキズパワーパッドを買って急いで帰った。
帰宅して夫に駆け寄ると、右の二の腕のあちらこちらにピンク色に盛り上がった痛々しい水ぶくれが点々としており、てのひらの下半分も赤く腫れていた。しっかり両面に焼き目をつけたブロック肉をフライパンから箸で取りだそうとして、高い位置から落下させてしまい、その際に油が盛大に跳ねて右腕にとびかかったらしい。
「これは! キズパワーパッドとかじゃなくて病院行かなきゃでしょ」
「うん、だから明日仕事帰りに行こうかと思って……」
「今、すぐ、行くんだよ!!」
休日診療をやっている病院を探し、唯一空いていた20分後の診療枠を即座にオンライン予約させて送り出す。普段の外出時と同じように、悠長に着替えてネックレスや腕時計を装着しようとしている夫にキレた。早く行けや。

夫は二時間後に鎮痛剤と塗り薬をもらって帰ってきた。すごくいいお医者さんで親身になって見てくれたよ、と笑顔を見せたのでほっとした。
翌日は私の友人が家に遊びに来る予定で、夫はそのときにランチに食べられるようにと、私が不在の間にたっぷりのポークシチューを作り置きしようとしてくれていたのだった。大人なんだから、外で何か買ってきて食べるのに。
夫が「デミグラスソースを使わないで作ったんだよ」と胸を張るそのポークシチューを、夕飯に味見した。夫を火傷させた憎き肉が柔らかく煮込まれていて、味もとびきりおいしい。
それでも、夕飯も明日のランチも抜きでかまわないから、火傷なんかしないでほしかった、と思ってしゅんとしてしまう。落ち込んでいる私を励まそうとした夫が「火傷は男の勲章だぜ」とおどけてみせたので、「無事故無傷で料理してる男が一番かっこいいに決まってるだろ!!」とまた激怒してしまった。
パートナーの体調が悪いときや怪我したときに、いらいらしてしまうのはなんでなんだろう。もしかしたら、そういうときの相手は、自分の思う「正しい(=理想の)」状態じゃないから、なのかもしれない。相手を思い通りにしたい欲が顔を出して、それが叶わないからいらいらしてしまっている、ような気がする。最低だ。

翌日来客の予定があるので、まだ痛む腰をかばいながら、キッチンの後片付けや家中の掃除を行う。調理中の湯気とか熱湯とか、洗い物や掃除の洗剤のせいで火傷が悪化したら困るから、夫には任せられないな、と思う。でもそれを伝えようとすると、
「全部私がやるから、座ってゲームでもしてて! ゲーム以外何もしないで!」
と怒ったような言い方になってしまう。そして、自分でそう言いながら、なんで私ばっかり、と思ってしまう。

ふと、病気の後遺症で半身不随になった祖父の介護を、10年以上やっていた祖母の姿を思い出した。私たちが遊びに行くと祖父はいつも陽気に振る舞い、時間はかかっても自分の身の回りのことは自分でやろうとしていた。祖母はそんな祖父に対して、台所からよく声を荒げていた。あのとき私は、おばあちゃんそんなに怒らなくてもいいのに、と内心思っていた。大変なのはおじいちゃんなのに、と。祖母の立場も感情も、思いやることができなかった。

一通りの家事を終えて、夫に、「痛い思いしているのに怒ってごめんね」と謝る。
「ううん、俺を心配して怒ってくれているの、わかってるからうれしいよ」

あなたの目の前にいるのは、そんな立派な人間じゃない、と思う。

「心配」という感情の深淵をのぞき込めば、相手を「支配」したい欲望がどろどろのマグマのように待ち構えている。私はうっかりするとすぐに、ふつふつとたぎるその熱をコントロールできなくなる。マグマが噴き出してきたら最後、自分にも相手にもひどい火傷を負わせてしまうだろう。そうして生じた痛みや傷跡が、愛の証だと信じて疑わないまま。そうなってしまうことが、すごくすごくおそろしい。

ぎっくり腰&火傷事件から一週間が経った。初期対応がよかったのか、夫のひどい火傷は、水ぶくれが破れたり膿んだりすることもなくきれいになってきている。
夫は、今回の一件で、私のごはんが作れないことと、私の髪を乾かせないことが一番辛かったと言っていた(ずぼらで面倒くさがりの私の代わりに、普段は夫が私の髪を乾かしている)。自分の痛みよりも、妻のために何かできないことのほうが辛いって、そんなことある? ぎっくり腰になっても、夫に全部やってもらえるからお姫様みたいでラッキー☆とか思っていた私とは、雲泥の差である。

いい人と結婚したなあ、としみじみ思う。

夫と出会ってから、もうすぐ3年が経つ。過去の恋愛がいつも3年未満で終わっていた私にとって、ここからは未知の領域だ。
私はこれから、過去の恋愛とは全く違う種類の闘いをやっていく。つまり、相手を自分の思い通りにするために相手と闘うのではなく、相手を自分の思い通りにしたくなってしまう自分の欲望と闘い続けるのだ。
そうして夫とふたり、いたわりあい、ケアしケアされて生きていけたらいいなと思う。

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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

「文学フリマ」で注目を集め、エッセイ集『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビューを果たし、小説も出版されている早乙女ぐりこさん。そんな早乙女さんによる、40歳前後の女性としての強欲生存論について「結婚」を切り口に綴る連載です。
オフィシャルサイト:https://glicosaotome.com/
X:https://x.com/Glico30tome
note:https://note.com/glico30tome

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早乙女ぐりこ

1987年、東京都生まれ。『東京一人酒日記』などの自主制作本を携えて文学フリマ東京等に参加。2024年春にエッセイ本『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビュー。文芸誌『随風』に企画編集協力・執筆で携わる。近刊は自身初の創作小説『珍獣に合鍵』(KADOKAWA)。好きな言葉は「お代わりあるよ」。

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