日本の住所の想像を絶するカオスぶりを紹介した、河合太郎さんの『ヤバい日本の住所』。そのなかでもひときわユニークな住所の例をご紹介します。
枚方市と寝屋川市にまたがるマンション
この本の冒頭で、住所に欠かせない要素とは「他の住所と区別がつくこと」「とある場所を一意に特定することができること」だと述べました。
これまでにもその定義が揺らぐような例、たとえば表記が曖昧であるとか、複数の建物が同じ住所を名乗っている、といった事例をいくつか紹介してきましたが、少なくともある建物には一意の住所が付与されているはずだ、というのは疑問の余地のない前提と考えて差し支えなかったように思います。過去形で書いていることからお分かりかと思いますが、この前提を覆すような例が案の定、存在するのです。
大阪府寝屋川市、京阪本線の香里園駅の東口を出て線路沿いに北を望むと、関西医科大学香里病院の左手奥に高層ビルが建っているのが見えます。ザ・香里園レジデンスというマンションで、寝屋川市と枚方市にまたがる香里園駅東地区の第一種市街地再開発事業の一環として、2014年(平成26年)に竣工しました。
寝屋川市と枚方市にまたがる、と書きましたが実際のところはほぼ寝屋川市で、病院とマンションの敷地が両方の市の境界線に重なっているという形です。特に、ザ・香里園レジデンスの方はちょうど敷地の真ん中くらいを境界線が走っており、どちらに属するのか気になるところですが、建物の不動産登記簿上は、これら複数の筆をまたぐ一棟の建物として記録され、管轄法務局は主要部分の所在する側、つまりこの場合では寝屋川市側となっています。
登記はともかく固定資産税などはどうなるの? と思うところですが、一般的な事例としては建物部分の床面積の按分に応じて課税が行われるという話もあります。が、ザ・香里園レジデンスでは具体的にどうなっているかについては定かではありません。
ともあれ、寝屋川市と枚方市の市役所に確認したところ、建物の管轄としては寝屋川市に属するため、ザ・香里園レジデンスの部屋はたとえどちらの市の区域の上にあろうとも、住所としては大阪府寝屋川市香里本通町8-1になるとのことでした。
建物の1階が枚方市、2階が寝屋川市?
ここで終われば話は簡単なのですが、あいにくそうはいきません。ザ・香里園レジデンスには25階建ての居住棟に加えて、東側に2階建ての商業棟がありますが、その1階に電器店が入居しています。その住所は、前述の寝屋川市香里本通町8-1ではなく、「枚方市香里園町 8-1」となっています。同じ建物なのに、市町村からして違う住所が同居しているのです。
古い情報がアップデートされていないだけという可能性も考えましたが、お店の正面ウィンドウに大々的にその住所が書かれているので間違いないというか、むしろお店が能動的にその住所を押し出しているという印象を受けます。
この商業棟のあるブロックはちょうど枚方市側のエリアに丸々入っているので、もしかしたら商業棟は独立した別の建物として枚方市側の住所を持っているのかもしれないとも考えましたが、建物の構造としては確かに連結していて一つの建物となっていますし、何より電器店のすぐ上、2階に入居している歯科は、居住棟と同じ
「寝屋川市香里本通町8-1」を住所としています。
つまり、平面位置はまったく同じでありながら、1階と2階で住所、というより市区町村が違うということになるわけで、この本でいろいろ挙げている変わった住所の中でも、ひときわ印象的な例だと言えるでしょう。
なぜこういうことになっているのかは、枚方・寝屋川の両市役所の方に聞いても分からないとのことでしたし、お店がその経緯を詳しく解説してくれているわけでもありません。ただ、ザ・香里園レジデンスの建設前には現在のお店がある位置に、電器屋さんの看板の掲げられた自社ビルと思しきビルが建っており、そこで営業をされていたようで、その時点では寝屋川市と枚方市の境界線の東側で名実ともに枚方市の住所だったのだと推察されます。
もしかしてザ・香里園レジデンスの建設にあたっては、同じ位置に商業棟を作りそこに入居すること、そしてその際には従前と同じ住所を名乗ること、などが条件であったのかもしれません。
お店にとってみれば長年使ってきた住所は、お客さんに足を運んでもらうにしても荷物を届けるにしても重要な情報であるのはもちろん、アイデンティティの一部であるかもしれないわけで、おいそれとは変えられないものであったのでしょう。
ヤバい日本の住所

京都住所の「上ル」「下ル」、1階と2階とで市が違うビル、長野県長野市南長野県町、住所の中に「ABC」や「渡辺」の文字――。日本の住所は実はツッコミどころだらけ。全国のユニークな住所をたどると、そこには歴史の偶然や行政の事情、地域の人々の思いが隠されていた。なぜこんな住所が生まれたのか? なぜ今も残っているのか? 住所データに泣かされてきたエンジニアが、思わず人に話したくなる住所の謎を徹底解説。AI時代の住所の未来まで見通す、日本再発見の一冊。











