7月27日の朝日新聞「天声人語」でも紹介されて話題の、河合太郎さんによる『ヤバい日本の住所』から「はじめに」をお届けします。

河野太郎デジタル大臣(当時)がテレビ番組に出演して、こんな発言をしたんです。
「住所を“港区赤坂一丁目2の3”と書く人もいれば、“港区赤坂1-2-3” と書く人もいる。“1-2-3”を半角で入れる人もいれば、全角で入れる人もいるし、ハイフンを“の”と入れる人もいる。将来的にはAIの技術を使って表記揺れを判断することがあり得るかもしれない」
マイナ保険証の誤登録問題で世間がザワザワしていた 2023年6月のことです。背景事情をかいつまんで説明すると、保険証とマイナンバーを紐付ける際に、肝心のマイナンバーを提出していない加入者がいたため、やむなく住民基本台帳ネットワークから名前や住所でマイナンバーを照会しようとしたものの、住所表記の揺らぎなどにより上手くいかなかった、という話です。
業務として住所を取り扱ってきた筆者にとっては「ほんとそれなんだよ」と膝を叩く内容だったのですが、SNSでは逆にこの発言に対して出る杭を叩くようなポストが無思慮かつ拙速に投稿されました。曰く
「住所の揺らぎ程度のことにAIなぞ不要」
「そんなんExcelでええやん」
「2時間あれば作れそう」
等々です。
これらのポストに、筆者を含め位置情報界隈のエンジニアが、いやそれにとどまらず業務で少しでも住所を扱ったことのある(そして酷い目にあったことのある)人たちが一斉に席を蹴って立ち上がり「そんなわけあるか!」「揺らぎ“程度のこと” だと!?」「作れるものなら作ってくれ、1億円で買うわ」と言葉のマサカリを投げつけはじめました。その勢いは止まるところを知らず、いわゆる「炎上」状態になったのです。
ただマサカリをせっせと投げながらも、筆者の脳裏に浮かんでいた感慨は正直なところ「またか」でした。何も今回に始まったことではなく、なぜだか住所を扱う仕事というのは、とかく軽く見られがちなんですよね。
「そんなの簡単じゃないの?」と言われるたびに、住所に携わる人たちは、いやいやいやそんな単純な話じゃないんですよと必死に打ち消してきました。
なにせそういう言説を放置していたらそのうち、2時間とまでは言わなくても明日までにできるでしょなどと、無理難題を上司や顧客から吹っかけられかねませんから。
そして、この手の言説が繰り返し口にされるということは、つまりこの問題が
・いつまで経っても解消されない、解決が困難な課題である
・ところがその困難さが関係界隈以外に共有されていない
からに他なりません。そのたびに今回のような一騒動が巻き起こり、SNS が賑やかになるのはお祭りのようで楽しくもあるんですが、さすがに賽の河原に石を積むような徒労感があります。そろそろ日本の住所がどれほど混沌に満ちていて、いかにコンピュータ的な処理が厄介かを、自分の整理のためにも、SNSに刹那的に流れて消えるやりとりで終わらせるだけではなく、誰もが簡単に参照できる形で残しておこうと思いました。
筆者は業務上、また趣味として普段から、「これ、うちのシステムは正しく取り扱えるのかな」という住所を見つけてはメモしているのですが、そこでそのストックの中から幾例か選んで、「とにかく日本の住所のヤバさをもっと知るべきだと思います」という note の記事を、それこそ2時間程度で書き上げました。
住所の揺らぎを解決する Excel は2時間では書けませんが、いかに揺らいでいるかを指摘する記事なら書けるのです。
この記事には多くの反響をいただいたのですが、感想に加えて「うちの辺りの住所はこんなんですよ!」「この住所もヤバいですよね?」といった、筆者も知らないような変わった住所の例も次から次にどんどん寄せられました。そういった住所を一つひとつ調べ、その背景にある事情や制度を掘り下げて行くうちに、一冊の本になりそうなくらいの分量が積み上がっていました。そうしてできあがったのがこの本です。
それにしても、こうして集まったさまざまな住所を眺めると、その数、多様さに驚くと同時にあらためて気付かされるのは、たとえどれほど変わった住所であっても、そこで暮らしている人々にとってはそれがごく当たり前の日常だということです。住所というのは驚くほどに「自分ごと」なんですよね。
皆さんも、自宅の住所以外にそらで書ける住所をいくつ思い浮かべられるか、試してみてください。思いのほか出てこないと思います。つまり一般的に人が住所について語る場合、想起しているのはたいていは非常に少ないサンプルだけであり、住所の複雑さとそれに起因するさまざまな困難さがなかなか共有されないと書いた、その根本原因はまさにここにあるわけです。
もしそれがたった一つの共通のシステムであれば何の問題もなかったのですが、あいにくそうではなかった、いや、むしろ幸いと言うべきかもしれません。一つひとつの住所の成り立ちを追えば追うほどに、どれほど深くその土地に根差しているのか、それが鮮やかに浮かび上がってくるのです。当初は茶化すように取り上げていたそれぞれの「変な」住所が、書くほどにだんだん愛おしくさえ感じられるようになってきました。
まこと、住所を知ることは、その土地と歴史を知ることなのだと実感します。そんな住所たちに敬意や、いっそ畏怖すらも込めて、「変」ではなくやはり「ヤバい」住所と呼びたいと思います。誇るべきヤバい日本の住所の世界を、皆さんもぜひ垣間見ていってください。
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ヤバい日本の住所

京都住所の「上ル」「下ル」、1階と2階とで市が違うビル、長野県長野市南長野県町、住所の中に「ABC」や「渡辺」の文字――。日本の住所は実はツッコミどころだらけ。全国のユニークな住所をたどると、そこには歴史の偶然や行政の事情、地域の人々の思いが隠されていた。なぜこんな住所が生まれたのか? なぜ今も残っているのか? 住所データに泣かされてきたエンジニアが、思わず人に話したくなる住所の謎を徹底解説。AI時代の住所の未来まで見通す、日本再発見の一冊。
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