心は鍛えるものではなく、「整える」もの。
着実に成長するサッカー日本代表をコーチとして支える長谷部誠が編み出した不朽のメンタル論『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』。
累計160万部を突破したこの書籍から、一部を抜粋してお届けします。
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本田圭佑と中澤佑二——試合前の「スイッチ」はいつ入れる?
試合までの「気持ちの準備」の方法で選手を分けるとすると、主に2つのタイプがある。
ひとつは試合の2、3日前からだんだんと気持ちを高めていくタイプ。試合のいろいろな状況を想像して、イメージトレーニングを重ねていく。試合前日の雰囲気やコメントを見ると、多分、本田(圭佑)はこのタイプなのかなと思う。ワールドカップでフリーキックを決めたデンマーク戦後に、「イメージしていたとおりになった」とテレビでの質問に答えていたのも聞いた。
もうひとつは、試合直前までなるべくいつもと変わらない心理状態を保っておき、試合当日にスイッチを入れるタイプだ。雑誌のインタビューで佑二さん(中澤)がこのタイプだと言っているのを読んだことがある。
もともと僕は、どちらかと言うと前者のタイプだった。試合の2、3日前から実戦をイメージして、本番に臨むことが多かった。しかし、ある試合の準備で大失敗したのをきっかけに、僕には後者の方が向いているのかもしれない、と考えるようになった。

眠れない前夜——優勝のかかった大一番で、僕はコンディション調整に失敗した。
2007年のJリーグ最終節、横浜FC戦のことだ。
このシーズン、浦和レッズはJ1の首位を快走しており、一時は2位に勝ち点差10をつけ、優勝は間違いないと言われていた。
しかし、シーズン終盤に暗雲が垂れ込めてくる。レッズはアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)とリーグ戦との両立に苦しみ、次第に調子を落としていってしまうのだ。第30節の名古屋グランパス戦から3試合連続で引き分けて勝ち点3しか積み上げられず、その後の第33節、2位鹿島アントラーズとの首位攻防戦を0‐1で落としてしまった。
最終節を前にして、気がつけば2位アントラーズとの勝ち点差はわずか1。もし最終節でレッズが横浜FCに負け、2位のアントラーズが清水エスパルスに勝利すれば首位が入れ替わる、という状況に陥ってしまった。当然、百戦錬磨のアントラーズは勝ってくる。だからこそ僕らは絶対に負けるわけにはいかなかった。
試合前日、僕はこれまでに味わったことがない重圧を感じていた。
相手はすでに2部降格が決まっている最下位の横浜FC。それまで横浜FCは年間わずか3勝しかしておらず、サポーターもメディアもレッズが勝って当たり前という空気だった。しかし、僕は逆にやりづらさを感じていた。試合が行われるのは相手のホームだし、すでに2部落ちが決まってしまっている分、開き直ってプレーできると思ったからだ。それに当時の横浜FCには、カズさん(三浦知良)、山口素弘さん、三浦淳宏さん、小村徳男さんといった元日本代表の経験豊富なベテランもいた。
MFの自分としては、キックオフから積極的に攻めるべきなのか、それともリスクを避けて慎重にプレーするのがいいのか。そんなことを試合前日のホテルで考え出したら、目がさえてきてしまった。照明を落とし、ベッドに横になって、目をつむっても一向に眠くならない。試合のことを気にしないようにすればするほど、逆に試合のことが気になるという悪循環であった。
それでも僕はいつの間にか眠った。しかし、それも一瞬だった気がする。カーテンの隙間から朝の光が差し込み、目を覚ました。頭の芯がどこかボンヤリしていて、明らかに睡眠が足りていなかった。優勝がかかった大一番だというのに、僕はコンディション調整に失敗したのだ。

浦和の先発メンバーは、GK都築龍太、DF細貝萌、坪井慶介、阿部勇樹、ネネ、MF鈴木啓太、平川忠亮、ポンテ、僕、FW永井雄一郎、ワシントン。田中マルクス闘莉王が出場停止だったことを除けば、ほぼベストメンバーだ。
会場は日産スタジアム。天候は晴れ。気温は14.2度を記録していた。絶好のサッカー日和。観客数は4万6697人。優勝を期待してくれた、レッズサポーターが会場を埋め尽くし、舞台は整っていた。
だが、僕はみんなの足を引っ張ってしまう。身体が思うように動かず、試合に入っていけない。前半17分、カズさんのパスから根占真伍に決められ、前半を1点ビハインドで終える。レッズのホルガー・オジェック監督は後半早々から、DFのネネを交代させ、FWの達也(田中)を投入し、攻撃のカードを増やした。しかし、僕のパフォーマンスは一向に上がってこないうえに、64分にはイエローカードまでもらってしまう。
結局試合はこのまま終了。0‐1の敗戦──。横浜FCは実に21試合ぶりの勝利だった。一方のアントラーズはエスパルスに勝ったため、レッズは最後の最後で優勝を逃してしまった。
失敗から学んだ、自分だけの「スイッチの入れ方」
自分のサッカー人生で最も悔しい試合は何戦か? と聞かれたら、僕は間違いなくこの試合をあげる。サポーターにもチームメイトにも、本当に申し訳ないことをしてしまった。
オジェック監督は試合後、次のようなコメントを残している。
「目標であったリーグ優勝が達成できず、非常にがっかりしている。(中略)選手たちがメンタル面でかなり疲労しきっていたということが言えると思う。(中略)もうひとつ考えられるのが、ACLの決勝で勝ったことで、長い期間保ってきた集中力が抜け落ちてしまったのでないか」
オジェック監督はこう擁護してくれたが、僕個人としてはそうは思わなかった。
ACLのことは過去のこととして、すっかり頭から抜けていたから、メンタル的な喪失感などはまったくなかった。
すべてはコンディションの調整不足だった。
当時、落ち込んだことは落ち込んだけれど、二度とこんな失敗を繰り返さないために、どこに原因があったかを考えた。そこで至った結論は、「もしかしたら自分は、あまりイメージトレーニングをしすぎると、本番前に冷静さを失ってしまうタイプなのかもしれない」ということだ。
本番直前まで、なるべく試合のことを考えない方がいい。もちろん相手チームの分析は必要だけれど、それはミーティングやクラブハウスで済ませるようにした。

この試合以降、試合当日まではできるだけ同じパターンで過ごし、試合直前に心のスイッチを入れるようにしている。具体的にはピッチのタッチラインを跨いだくらいから、気持ちのスイッチを入れる。それがうまくハマったこともあり、初めてのワールドカップという大舞台でも、平常心で臨むことができていたと思う。
もちろん、これは僕自身のやり方であって、人によってスタイルはまったく異なると思う。つまりは自分に合った準備の仕方を突き詰めて考えるべきということだ。
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この続きは幻冬舎文庫『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』でお楽しみください。
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