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アートにとって価値とは何か

2026.03.14 公開 ポスト

ミヅマアートギャラリーの創設に影響を与えた父・三潴末松の生き様三潴末雄

明治以降、欧米追随だった日本の美術界から、独自の作風で世界的評価を得る作家が登場する時代になりました。その立役者の一人がミヅマアートギャラリーの創設者、三潴末雄氏です。3月5日発売になった文庫『アートにとって価値とは何か』は第一線のギャラリストの奮戦記であり、価値創造の舞台裏です。現代美術がさらにおもしろくなる本書より、「第二章 ギャラリストの道程」の一部を抜粋してお届けします。

ギャラリーを開くまでの個人史

わたしが現代アートの世界に足を踏み入れた理由を改めて振り返ってみると、父・三潴末松(1894─1978)の影響が大きかった。もともと三潴の一族には学者が多く、みんな新しいものに対して異常に好奇心があった。明治27年生まれの父もまた、明治大正期の知識階層に典型的な「高等遊民(ディレッタント)」の一人だった。

ちょうど末松が生きた大正から昭和初期は、「坂の上の雲」を目指す近代国家の建設が一段落し、それまでの権威主義的な文化に異を唱える反骨の文化人たちが、20世紀初頭の欧米の芸術運動の新潮流を輸入し、モダニズムを花咲かせていた時代だった。つまり、ダダイズムやシュルレアリスムなど、現代アートの発祥につながる近代芸術見直しの機運の中で、わが父も活動していたのである。

こんな生き様の父のもとには、戦前から戦後にかけて、数多くの毛色の変わった芸術家や文化人たちがサロン的に出入りする雰囲気があり、そんな中で物心がついた。これが、現在のギャラリー運営の姿勢につながる、わたしの原点になっているように思う。

そこからの足跡は、戦後の日本が欧米の芸術文化をどう受け止めてきたかの過程に重なっているとも言える。

本章では、わたしの生い立ちからギャラリーを開くまでの個人史を通じて、日本社会に現代アートが登場してきた歴史的な文脈と、それを自らの文化として血肉化していくことの必要性を捉え直してみたい。

父・末松と戦前の芸術家たちの交流

末松は評論家として、ドビュッシー、フォーレ、サティ、プーランクといった当時のフランス現代音楽をいち早く紹介した。音楽だけに留まらず、美術や文学など同時代の芸術全般を守備範囲にしており、大正新興美術運動の旗手でのちに実業家となった神かん原ばら泰やすしや、20歳で夭折した洋画家の関根正二(1899─1919)、それに永井荷風といった面々との親交もあった。

とりわけ関根正二は親友で、彼の日記にはしょっちゅう末松と芸術論を戦わせたという記録がある。

わたし自身も学生時代、倉敷にある大原美術館で関根の代表作『信仰の悲しみ』を見たことがある。それは便所のようなところから、原爆に被爆した人たちが列をなして歩いているようにも見える壮絶な絵だった。父曰く、それはちょうど、関根が恋人を画家の東郷青児(1897─1978)に取られ、精神的に落ち込んでいたときの絵だとのことだ。

原爆が発明されてもいない時代、個人の内面からこれだけのイメージが出てくるのがすごい。

関根は亡くなる1週間ほど前、末松に会いに来ている。父が、「お前、影が薄いぞ」と言うと、彼は「いやそんなことはない。20号の絵を描いている。今度の展覧会に出すよ」と答えた。さらに「チューリップの絵を描いているが、できたら三潴くんにあげる」とも言われたそうだ。別れ際に庭にあったチューリップを切って関根に渡したことが日記にも書かれている。

ただし、そのチューリップの絵は父に渡されることはなく、鎌倉の神奈川県立近代美術館での関根の生誕100年展のときに現れ、幻のチューリップの絵をはじめて見ることができた。億単位の絵になっていたようだが、もし父がもらっていたら戦後の困窮期に間違いなく売り払ってしまっただろうから、渡らず幸いだった。

関根の没後に神田神保町の兜屋画堂(現在の兜屋画廊)で追悼展が開かれた。そのときのカタログが、当時としては珍しくカラー印刷で、大田黒三郎、津田青楓といった錚々たる面面に交じって末松も「関根君と霊感インスピレーシヨン其外」という文章を寄せている(酒井忠康編集『関根正二 遺稿・追想』(中央公論美術出版)所収)。
これは父が書いた文章のうち、わたしが最も気に入っているものの一つだ。関根は決して当時の画壇にすんなりと受け入れられた作家ではなかったが、狭いセクトの評価にこだわらず、これはと思う作家とは全身全霊で付きあう父の気質がよく表れている。

一方、1920年創刊の『新青年』では、関根と共通の友人だった浮世絵師・日本画家の伊東深水についても末松は書いており、深水の方は存命のうちに成功を果たしている。こうして見ると、末松はもっぱら戦前の同時代の中では異端や傍流扱いされていた作家に惹かれることが多かったようだ。その気質は現在のミヅマギャラリーにも通じており、やはり血は争えないものだなと思う。

関連書籍

三潴末雄『アートにとって価値とは何か』

村上隆、草間彌生、奈良美智 ――。明治以降、欧米追随だった日本の美術界から、独自の作風で世界的評価を得る作家が登場する時代になった。立役者の一人がミヅマアートギャラリーの創設者、三潴末雄だ。会田誠、山口晃、宮永愛子ら異才を発掘し、西洋中心のアート市場にアジアの作家を送り出す。第一線のギャラリストが明かす、価値創造の舞台裏。

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アートにとって価値とは何か

2026年3月5日発売の文庫『アートにとって価値とは何か』について。

カバー作品:

宮永愛子《夜に降る景色 ー時計ー》2010
ナフタリン、ミクストメディア 22.4 × 30.5 × 19 cm 撮影:宮島径
©︎ MIYANAGA Aiko
Courtesy of Mizuma Art Gallery

 

 

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三潴末雄

一九四六年東京都生まれ。ミヅマアートギャラリー東京、シンガポールディレクター。成城大学文芸学部卒業。八〇年代からギャラリー活動を開始、九四年ミヅマアートギャラリーを青山に開廊(現在は市谷田町)。日本、アジアの若手作家を中心にその育成、発掘、紹介をし続けている。著書 に『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎)、『手の国の鬼才たち(求龍堂)がある。

 

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