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それが、人間

2026.03.07 公開 ポスト

正論が揺れ動く

鳩を轢いて不起訴、ハチ公は布で封鎖、臭いダウンは販売?――この国の正論インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

正論が揺れ動く

人はみな、自分なりの正論を持って生きている。正論を持つからこそ、「あいつは間違っている」と言うのだろう。つまり社会とは、そうした正論同士がぶつかり合う場所ともいえるのだ。

例えば2023年12月、新宿で50歳のタクシードライバーが、鳩1羽を故意にひき殺したとして逮捕された。目撃者によると、男は青信号に変わった瞬間、急発進して鳩の群れに突っ込んでいったという。
男は、容疑を認めたうえで「道路は人間のものなので、よけるのはハトの方」と主張。これに裁判官が納得したのかどうかは分からないが、その後、男は不起訴となった。用もないのに路上をうろつく鳩は、轢き殺されてもしかたがないのだ。

動物愛護の観点からは、「鳩がいるなら減速すべきだ」という意見もあるだろう。だが、鳩の動かなさは異常だ。飛びそうに見えて飛ばないのが鳩だ。誰もが一度は、「その状況で早歩き!?」と困惑したことがあるのではないか。

だがそれも、高速道路になると話は変わる。教習所では、小動物が飛び出してきた場合、「直進でひき殺せ」というのが正解だからだ。急ブレーキをかけたり、急な車線変更をすると大事故につながるからである。もしも動物を避けて、後続車に突撃されたりしたら、避けた側の過失。まして、人が死ねば逮捕だ。
守るべきは人命。人間が一番偉い。「人の命は地球より重い」というのが、人類共通の正論なのである。

近年、ハロウィーンの渋谷は、人が集まりすぎることが問題視されている。とりわけスクランブル交差点は、仮装した若者でごった返し、車が立ち往生するため警察が出動する騒ぎだ。この対策のため、渋谷区は数年前から、駅前にあるハチ公の銅像を布で囲って封鎖するようになった。
最初はただの白い布だったが、2025年には特注の横断幕に変わり、「禁止だよ! 迷惑ハロウィーン」との文言が掲げられている。
ハチ公と言えば、渋谷駅前の待ち合わせスポットであり、外国人観光客の撮影スポットだ。渋谷区としては、ならば渋谷駅のシンボルを布で隠してしまえばヨシと思ったのだろう。
だが、多くの国民は「??」と思ったのではないか。お祭り騒ぎの中、ハチ公だけが、ポツンと空間に取り残されているのだ。アメリカでいうなら、自由の女神を布で隠すようなものだ。
むしろその光景自体が、現代美術のインスタレーションのような、新たな価値を生み出してしまう気がしてならない。

国が違えば、もちろん正論も変わる。
2022年、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったとき、プーチン大統領に贈られた秋田犬「ゆめ」を育てたブリーダーが取材を受け「1日でも早く侵攻を止めてもらいたい」とカメラの前で訴えていた。
「なぜブリーダーが?」と、ロシアの人々は不思議に思ったかもしれない。だが、これこそが日本の情緒なのだ。

1972年の「あさま山荘事件」では、立てこもった連合赤軍のメンバーに対し、警察は犯人たちの母親を呼び寄せ、拡声器で投降を呼びかけてもらうという手段に出た。「母親に説得してもらう」というのは、かつての日本では一つの定番だったのだ。
秋田犬のブリーダーの立場は、まさにそれである。
トランプ大統領にも、芝犬の一匹でも贈っておけば、「母犬も悲しんでいます」と事あるごとにに訴えることができたかもしれない。

ときに正論は、人を悪の道へと導くこともある。
今年2月、山手線の車内で、20代男性のバッグから現金3万円の入った財布を盗んだとして、71歳の男と、見張り役の60歳の男が逮捕された。
報道によると、主犯の男は「金目的ではない。ぐっすり寝ていた男性を見て誘われた気持ちになった」と容疑を認めているという。金は盗ったが、金目的ではないとは、凄い理屈だ。言い逃れにしても、なかなか思いつかない台詞である。
それにしても、今日日、財布に現金3万円を入れている人間などいるだろうか。まして若者なら、電子マネー決済が多数派ではないのか。
ひょっとすると男は、本当に、被害者が放つ何かに反応していたのかもしれない。ミツバチが花に群がるように、「誘われた」というに相応しい状況だったのだとしたら、誰が彼を否定できようか。

スリに痴漢に鉄道マニアと、電車のなかは様々な人間が行きかうためか、何かと事件が起こりやすいようだ。
2025年10月には、地下鉄仙台駅の構内で「刺激臭のする不審物がある」との通報があり、消防と警察が出動する騒ぎになった。探知機を使って調べたところ、臭いの正体は、落とし物のダウンジャケットに染み付いた体臭と判明。ホッと胸をなでおろした住民も多かっただろう。
だが、ダウンジャケットの持ち主はどうか。「俺って臭かったのか」と、思わぬところから自意識を突きつけられ、ここから始まる苦悩があるかもしれない。
もっとも、持ち主は現れなかったため、報道によるとダウンジャケットは遺失物として扱われるという。地下鉄としても、大騒ぎしてしまった手前、ゴミとして処分するわけにはいかなかったのだろう。わざわざメディアの前で宣言するところに、「いい人アピール」が感じられる。

ところで鉄道の遺失物は、一定期間が過ぎると「鉄道忘れ物市」で売りに出されるようだ。私はこれを、デパートの特設催事場で偶然目にしたことがあるのだが、大量の傘や腕時計に混ざって、バキバキに割れたスマホケースや、うす汚れたぬいぐるみまで商品となっていたので驚いた。「世田谷ボロ市」より、はるかにボロが平然と売られているのだ。
ということは、この刺激臭のするダウンジャケットも、遺失物として扱われたからには、いずれ「鉄道忘れ物市」に並ぶのかもしれない。
「遺失物は販売する」という仕組みを定めた以上、恐らく例外は作れないだろう。自分で引いたレールの上を走り続けるのが鉄道職員というものだからだ。

こうして人は、正論をもとに人生を歩む。
正論は、正しいから正論なのではない。信じるから正論なのだ。
一度信じた以上、どかない鳩のために徐行するわけにはいかないのである。

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それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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