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アートにとって価値とは何か

2026.03.06 公開 ポスト

才能を見出し、育て、世界で売る――現代アートギャラリーの第一人者による価値創造の舞台裏三潴末雄

明治以降、欧米追随だった日本の美術界から、独自の作風で世界的評価を得る作家が登場する時代になりました。その立役者の一人がミヅマアートギャラリーの創設者、三潴末雄氏です。3月5日発売になった文庫『アートにとって価値とは何か』は第一線のギャラリストの奮戦記であり、価値創造の舞台裏です。現代美術がさらにおもしろくなる本書より、「はじめに」を抜粋してお届けします。

はじめに

自分の名前で現代アートを扱うギャラリーを1994年に開廊した。

ちょうど冷戦体制の崩壊とバブル経済崩壊後の平成不況の時期と重なる時代の流れの中で、日本のアートをめぐる状況は大きく変わった。

まず、草間彌生(やよい)や村上隆、奈良美智(よしとも)などのスター作家が台頭し、欧米を中心とする世界マーケットで勝負できるようになってきた。明治維新以来の日本の美術は、基本的に西洋からの圧倒的な影響をどう消化するかという一方通行的な受け身の歴史しか刻んでこられなかったが、ようやく日本発の独自のスタイルで制作する一部のアーティストたちが、海外のシーンに風穴を開け始めたと言えるだろう。

近代以降の世界芸術史の中では、まだまだ蟻ありの一穴に過ぎないだろうが、欧米の権威への模倣追随か、あるいは国内の擬似マーケットでしか通用しない閉鎖的な画壇しか事実上存在しなかったバブル期までの日本アート界の実情を思えば、隔世の感がある。

そうしたトップアーティストたちの雄飛と併走するかたちで、わたしもひとりのギャラリストとして、微力ながら世界で勝負できる日本アートの土壌を育てるべく、会田誠や山口晃、鴻池朋子といった才能を世に送り出してきた。

彼らの作風は、先の成功者たちに比べると現状の欧米現代美術のコンテキストには簡単に乗りにくいため、海外マーケットでの評価はまだ最高水準とはいかない。だが、村上や奈良が開拓した日本アートへの関心を、さらに重層的で多彩なコンテキストを持つものとして拡張し、世界のアートシーンにインパクトを与えるだけのクオリティが、確かに備わっている。

ある時期からのわたしは、この会田や山口らのように日本独自の土俗的な風土や歴史に根ざした表現を突き詰めながらも、世界で勝負していけるアーティストを発掘していこうという目標を、強く意識するようになった。

 その考え方の大きな転機になったのが、黒田アキというアーティストとの関係だった。彼はまだわたしがミヅマアートギャラリー(以下ミヅマギャラリーと省略)を始める以前、広告・PR関係の会社を経営していたときに、現代アートについてのイロハを指南してくれた旧知の友人でもある。たいへんに才能に溢あふれた男で、20代の頃にニューヨークを経由して1970年にパリに渡り、めきめきと頭角を現して80年にはミロやジャコメッティなどを擁するマーグ・ギャラリーで個展を開催。作家のマルグリット・デュラスなど多くのフランスの文化人たちに評価され、〝東洋のマチス〟との異名まで取るようになった。

わたしにとっても彼の成功は本当に誇らしく、94年のミヅマギャラリーのオープニングは、「黒田アキ」展で始めている。そして今でもわたしには、かなりの数の彼の絵画・版画のコレクションがある。

だが、91年にパリの黒田、ロンドンの白石由子、ケルンのイケムラレイコという3人のヨーロッパ在住作家を起用し、アメリカ・ニューヨークでの初めての展覧会「ダブルテイク」をわたしがキュレーションした際、非常にショッキングな反応を受けた。この三人展の主旨は、日本とヨーロッパという二つの文化に引き裂かれながら制作する彼らの葛藤を見出そうというものだ。そこで白石とイケムラについては主旨にたがわない緊張感のある作品が出てきて好評だったのだが、ひとり黒田が明らかに精彩を欠いていたのだ。

このときの彼の作品は、他の二人に比べてあまりにもフランス的なエスプリに染まりすぎており、パリから現代アートの中心地としての座を奪っていたニューヨークでは、まるでオリジナリティを認められなかったのである。つまり、わたしが長らく褒め言葉だと思っていた〝東洋のマチス〟の異名が、ここではマチスというクラシックな大家のエピゴーネンという意味でしか通用しなかった。特に展覧会を観た荒川修作などは「靴下の模様の作家だ」と、あまりにも辛辣な酷評を加える始末だったが、似たような批判をいくつも受けてしまった。

わたしもキュレーターとして、痛恨の極みだった。

黒田の名誉のために言い添えておけば、その後の彼は93年には東京国立近代美術館、94年には国立国際美術館で当時最年少で個展を開き、さらに95年にはサンパウロ・ビエンナーレに日本代表として選ばれ、目覚ましい活躍を見せた。そして「COSMO GARDEN」という宇宙的なコンセプトで、現在に至るまで独創的な制作を続けている。

しかしながら「ダブルテイク」展での蹉跌で、西欧の由緒ある近代美術の流れを汲くむアートの文脈での活動をすることについて、わたしの中で決定的な疑念が生まれてしまった。以来、パリの黒田とは袂(たもと)を分かち、欧米の誰かになぞらえられるのではない、日本やアジアの土着のコンテキストから出てくるアートをしっかりと育てていこうという意識で、ギャラリー運営にあたるようになったのである。

もちろんそれは、欧米人の視点を内面化して過剰に「日本的なもの」を強調するようなセルフ・オリエンタリズムや、逆に外からの視線を排除する内向きのナショナリスティックな表現であってはならない。長らくアートとは何かを決する覇権を握ってきた西洋近代の価値基準そのものを問い直すような、非欧米圏だからこその普遍的なコンテキストを、こちらから世界に向けて発信していくことができないか。

突き詰めればそれは「アートにとって価値とは何か」を、従来の西洋近代の権威やマーケットによって形成されてきた外在的な基準に頼らず、自分たちの手で改めて根源的に問い直していくことに他ならない。それを、単なる理論や思弁ではなく、国内外のアートビジネスの現実の中で追究していくことこそが、今ではわたしの行動原理だ。

そうした考えを抱くに至った、現場のギャラリストの観点からの日本アート論を、本書では次のような流れで綴っていきたい。

第一章では、主にわたしが2010年代に入ってから手がけてきた「ジャラパゴス」展や「ジパング」展などの企画展の経緯を通じて、現在の日本のアートが置かれている状況や問題点、それを打破するための手立てについて述べる。

第二章では、もともと美術の門外漢だったわたし自身が、なぜ現代アートのギャラリストを目指すに至ったかの経緯を語る。振り返るとみごとに時代の波に流されてばかりだが、それだけに戦後日本の激動の中で、どのように現代アートが浮上してきたかの社会史的な必然も見えてくるはずだ。

第三章では、1994年にオープンしてから現在に至るまでのミヅマギャラリーの軌跡を通じて、世界のマーケット情勢の中での日本アートの展開について詳述する。

第四章では、草間彌生や村上隆、会田誠、Chim↑Pom、チームラボなど、現在の日本を代表する注目のアーティストたちについて、個々に作家論を展開していく。

第五章では、本書のメッセージのまとめとして、文明史的な観点から日本文化の本質的な特徴を明らかにしつつ、世界に対して日本から発信できるかもしれない21世紀のアートの新たな原理について検討する。

なにぶん批評家でも研究者でもないわたしには、あくまでも現場のギャラリストとしての立場での独断と偏見を綴ることしかできない。アカデミックな観点からすれば、きっといろいろと分析の不備や評価の偏りもあることだろう。

しかしながら、あまりアートに詳しくない一般的な読者や、小難しい論文などが苦手な人にとっては、かえって日本のアートの歴史と現状を、ドラマを見るように実感的に摑める格好のガイドになっているはずだ。

だからアートの世界を志す若い読者には、ぜひとも本書の議論を踏み台として、その先にさらに緻密で大胆な世界観を構築し、海外で勝負できる制作力や審美眼、批評言語を磨き上げていってほしい。そんな大きな視野で日本アートを構想する役割を担う、次世代のアーティストやギャラリスト、批評家たちのための捨て石となれば、これにまさる喜びはない。

 

関連書籍

三潴末雄『アートにとって価値とは何か』

村上隆、草間彌生、奈良美智 ――。明治以降、欧米追随だった日本の美術界から、独自の作風で世界的評価を得る作家が登場する時代になった。立役者の一人がミヅマアートギャラリーの創設者、三潴末雄だ。会田誠、山口晃、宮永愛子ら異才を発掘し、西洋中心のアート市場にアジアの作家を送り出す。第一線のギャラリストが明かす、価値創造の舞台裏。

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アートにとって価値とは何か

2026年3月5日発売の文庫『アートにとって価値とは何か』について。

カバー作品:

宮永愛子《夜に降る景色 ー時計ー》2010
ナフタリン、ミクストメディア 22.4 × 30.5 × 19 cm 撮影:宮島径
©︎ MIYANAGA Aiko
Courtesy of Mizuma Art Gallery

 

 

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三潴末雄

一九四六年東京都生まれ。ミヅマアートギャラリー東京、シンガポールディレクター。成城大学文芸学部卒業。八〇年代からギャラリー活動を開始、九四年ミヅマアートギャラリーを青山に開廊(現在は市谷田町)。日本、アジアの若手作家を中心にその育成、発掘、紹介をし続けている。著書 に『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎)、『手の国の鬼才たち(求龍堂)がある。

 

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