新学期もはじまり、新しい環境に胸を躍らせる方も多いのではないでしょうか。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこの春大学生になった方や、その親世代の方に読んでいただき、この先の大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。
* * *
(承前)
「にしてもさ」
紗奈が麦茶のコップの底を睨む。
「あいつら、なんでそんなことしてるんだろうね」
「そんなこと?」
「だから、うちらのところではW大の女子の悪口言って、W大の女子の前ではうちらの悪口言ってさ」
「なんでだろ」
「でも、順子に会うまで、私がW大の女子をださくて勉強しかできない人たちって思って見下してたのは紛れもない事実で、きっとそれは順子も同じでしょう?」
順子は何も言えなかった。確かに女子大の人は見た目ばかりに気を取られているというイメージがあり、それをバカみたいだと思っていた。けれどここで見下していた、とはっきり口にしてしまうのは、順子には少し抵抗があった。
「その沈黙が答えだよ」
紗奈はそう言って笑った。順子は困ったように笑ってみせた。
「あいつらの目的はさ、私たちを分断することだったんじゃないかって、思うわけ」
「分断?」
聞きなれない言葉に、順子は声を上げる。
「授業で習ったの」
「例の、ジェンダーの?」
「そう。自分たちがサークルで仲良くしている女子大の女子と、普段一緒に勉強しているW大の女子が仲良くなったら不都合な理由が、あいつらにはあるんだよ。私もW大の学食に何度も行ってた時は宮田くんとか村井くんにほんのり嫌味言われてたし」
「そういえば私も、紗奈とは合わないんじゃないか、紗奈が来るのは嫌なんじゃないかって、あの二人に言われた」
「答えが出たね」
紗奈は難しい問題の解法を思いついた時みたいに目をキラッとさせた。
「私たちが見下しあってた原因はサークルの男子。それははっきりした。だけどどうしてそんなことをするのかはわからない」
「こういう時のため、かな」
順子は少しだけ浮かんでいた、恐ろしい考えを口にした。
「こういう、悪いことがあった時、女子大の子たちがW大の女子に助けを求められなくするため、とか。だって私たちの家は彼らの家のすぐ近くだし、助けを求めるならそれが一番いい。けどほとんどの女子大の子たちにはそんな友達はいないから、結局自分と同じサークルの男子を頼るしかない。でもサークルの男子は結局男子の味方だから、こういう被害に遭った女の子は泣き寝入りする羽目になる……ってことかな」
「順子は頭がいいね」
「そんなことないけど」
「つまりあいつらは、私たちが連帯することを恐れてるんだ。私たちが協力したら困ることになるって、本能か先輩からの伝達か、あいつらは知ってるんだ」
これは現実なのかもしれないが、順子たちにとってはある種の現実逃避じみた会話だった。
順子は紗奈が元気になったように見えて、少しだけ安心してしまった。けれどおそらくそれは今だけ、ほんの少しだけ出てきた空元気みたいなもので、家に帰って一人になったら萎んでしまうもののように思えた。
時計を見るともう夕方だった。
「紗奈は、明日の予定とか大丈夫?」
「明日バイトだ。朝から」
「じゃあ今日は帰らなきゃだね」
いずれにしても明日は月曜日なので今日は帰るだろうと思ってはいた。
「でも服とか、靴とか、どうしよう」
紗奈が順子のグレーのスウェットのままそう言った。確かに、ワンピースを捨てることになった以上、服はこれで帰ってもらうしかない。問題は靴だった。紗奈は順子と靴のサイズが違うので、スリッパくらいしか履いてもらえるものがない。
「どうしよう」
考えていると、ふと、地元から夏用にビーチサンダルを持ってきていたのを思い出した。使う機会なんてなかったので、ベッドの下の収納にしまってあるはずだ。
「ビーサンならあるかも」
「まじ?」
ベッド下の引き出しを開き、底の方にある浴衣やら水着やらの夏用のお出かけセットを見つける。その中に、紺色のビーサンもあった。
「これなら」
紗奈に差し出すと、すごい、と笑ってくれた。
「スリッパで電車乗るわけにはいかないもんね」
「まじでそれ」
「忘れ物はない? っていうか、その、あっちの家に忘れたものはないの?」
そう聞くと、紗奈の表情が陰り、実は、とスマホを見せてくる。
「先輩からずっと、電話来てて」
「多田さん?」
「そう。メッセージが来てないから用がわかんないし無視してるんだけど」
それを聞いて、順子は、この事件はまだ終わっていないのだという気がした。多田さんはまだ紗奈を探し回っているのかもしれない。おそらくは、口止めのために。
「送っていくよ。家まで」
順子は自然とそう言っていた。荷物をまとめていた紗奈が、本当? と嬉しそうに笑った。

順子の家の最寄り駅に着くまで、多田さんとは会わなかった。万が一会ってしまったときのために、紗奈は念のためマスクをつけていたが、その必要はないらしかった。
「これもう外しちゃおうかな、マスク」
紗奈がそう言ったので、順子はいいんじゃない、と相槌を打った。
駅の改札を通り、ホームに着くと、次の電車まであと五分だった。
「多田さん、元々は私をサークルに勧誘してくれた人なの」
紗奈が悲しげにそう言ったので、順子はそうなんだ、とだけ言った。
「大学に入って、東京なんて初めてで訳もわかんなかった頃、大学の外でビラ配って大声で勧誘しててさ。ビラ配ってる人なんてたくさんいたけど、多田さんが一番大きい声出してて」
「女子大って、中には入れないんでしょ?」
宮田くんたちの話を思い出しながら、順子はそう聞いた。
「そう。だから新歓のビラ配りも、大学の門の外でしかできなくて。とりあえずもらえるビラ全部もらってたんだけど、多田さんがすごい声かけてきたの」
それはきっと紗奈が可愛かったからだろう。順子は新歓の時期に自分には先輩たちがあまり興味を示さなかったのを思い出す。
「テニスなんてやったことないって言ったら、とりあえず話聞いてみるだけでもって、タダで飲めるからって言われて」
順子はその時期、始まったばかりの大学生活で課されたあまりにも多くの課題に翻弄されていた。
電車が流れるようにやってきたので乗り込み、紗奈の話の続きを聞いた。休日だからか車内は混んでおり、座れなかった。
「とりあえず連絡先交換して新歓コンパに行ってみて、そしたら同じ大学の子はサークルにはいなくて」
「一人で行ったの?」
「うん。とは言っても多田さんが知り合いみたいなつもりだったから、一人って感覚はなかったかな」
「そうなんだ」
「女子の先輩で同じ大学の人はいたから、単位の話とかは聞けるのかなって思って。結局その人は別の学部だったから、過去問とかはもらえなかったな」
「でも、少しは不安じゃなかった?」
そう聞いたとき、電車が大きく揺れた。順子も紗奈も吊り革に摑まり、紗奈は窓の外を見て答えた。
「全然。男子の先輩たちがさ、すごい言ってくるの。学外の友達が増えるのって、こういうサークルしかないよって。私もさ、学内の友達って高校みたいに自然にできるものだと思ってたから、こういうサークルに入った方がいいのかもって思って」
「W大の男子とも知り合えるし?」
聞いてから、これは少し意地悪な質問だったと順子は思った。けれど紗奈は嫌な顔をするわけでもなく、そうだね、と頷いた。
「高学歴な男の人に、憧れがあったんだよね。私、なんていうんだろう、その人の知性みたいなものが見えたときに好きになるタイプで、高校時代から、勉強ができる人が好きだったの。あの頃はクラスでの自分の立ち位置とかそういうのがあったから、好きな人と付き合うってわけにもいかなかったけど」
「ふうん」
高学歴男子目当て、というか、頭がいい人が好きな人もいるのだと、順子はこのとき初めて知った。
「それで色々別のサークルにも行ってたりもして、その間も多田さんは毎日連絡くれて。別に私のことが好きとかじゃなくて新歓の一環だったみたいなんだけど、私はちょっとそれを勘違いして、高学歴男子ってちょろいじゃんとか思ったりして。多田さん、そのとき彼女いたらしいのに」
同窓会での発言が、どういう背景でのものだったのか、少しわかった気がした。
春はまた来る

2月19日発売の真下みことさん『春はまた来る』に関する記事を公開します。
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