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春はまた来る

2026.03.31 公開 ポスト

#10 一体、何が楽しいのかわからない「王様ゲーム」真下みこと

明日から4月、新生活に胸を躍らせる方も多い季節です。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこれから大学生になる方や、その親世代の方に読んでいただき、来る大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。

*  *  *

(承前)

翌日、目を覚ますと先に紗奈が起きていた。昨日コップに入れた残りの麦茶を飲んでいる。シングルベッドに二人では眠れないかと心配したが、紗奈の寝相が悪いとかもなく、意外とよく眠れた。

物置代わりにしていた椅子から教科書類をどかし、朝ご飯は二人でシリアルを食べた。紗奈は質素な朝ご飯に文句を言うでもなく黙ってそれを口に運び、それから時折泣きそうな顔になった。どうしたの、と言ってしまうと涙が止まらなくなってしまいそうで、順子は見なかったことにして、ただ牛乳に浮いたシリアルを眺めていた。

シリアルを食べ終えると、紗奈が昨日の服をまた捨てたいと言い出した。順子は明後日がゴミの日だったと思い出し、一緒に出しておくよと受け取った。そのワンピースは順子が触ったこともないような柔らかくて軽い素材だった。きっと高いだろうに、とまた思い、順子はその考えを頭から追い払った。

食べ終えた皿を片付け、また二人分の麦茶を注いだ。食卓兼勉強机は一人分にしては広かったが、二人だとちょうどいい大きさだった。

「昨日ね」

紗奈が口を開いたので、順子は息を呑んだ。何を言われるのか、全く予想がつかなかった。

「宅飲みがあったの」

「タクノミ?」

初っ端からわからない言葉につまずいてしまった。

「飲み屋さんとかじゃなくて、誰かの家で飲むこと。自宅の宅で、宅飲み」

「ああ、なるほど」

話の腰を折ってしまったと思いつつ、おそらく最初に出てきたこの言葉の意味がわからないと、この先の話もよくわからなくなってしまう気がした。

「それは、紗奈の家で?」

「ううん、サークルの先輩の、多田さんって人が一人暮らししてるマンションの部屋で」

「多田さん……」

聞いたことがある名前だった。紗奈たちのサークルの先輩、つまり宮田くんたちのサークルの先輩。そう考えていると、急にその場面が蘇った。

――俺、多田さんだけは尊敬してるんだ。

確か、宮田くんがそう言っていた。

――俺と高校も一緒で、あ、W大付属男子ね。去年も成績は学年トップ3で後輩の面倒見もまじで良くてさ。

後輩の面倒見も良くて優秀な、多田さん。付属ということは東京にずっと住んでいるはずだが、一人暮らしをしているのだ。考え込んでいると、紗奈の話を止めてしまったと気づく。

「あ、ごめん、続けて大丈夫」

「昨日ね、本当は女子二人男子三人で宅飲みする予定だったの。ゴールデンウィークに新歓合宿があったから、その打ち上げにサークルのメンツで」

「シンカン合宿?」

「ああ、サークル入ってないんだっけ。大体のサークルは合宿があって、うちは新歓合宿――新入生を歓迎する合宿と、夏合宿と冬合宿があるの。内容は、まあテニスをしたり飲んだり」

「そっか。それで?」

「うん、それで宅飲みの話に戻すと、当日になって女子が一人来れなくなっちゃって。けど、女子一人になっちゃったからって断るのも自意識過剰っていうか、変じゃん?」

「そう、なのかな」

男子三人に紗奈が一人で、マンションの一室で飲み会というのは、何かあった時に危なそうな気がしたが、サークルの仲間だから大丈夫ということだろうか。

「それで普通に参加したんだけど」

そこまで言って、紗奈は麦茶を一口飲んだ。

「えっと、その家主の多田さん、は何個上なんだっけ」

「一個上」

「他の人は、幾つなの」

「あとは同期が二人」

「そう」

その状況で、ここから靴を奪われる展開になる理由が、順子には全くわからなかった。

「集合が八時とかで、そっからドンキに行ってウイスキーとか、酎ハイの原液とか、そういう、簡単に酔えるお酒を買ってきたの。濃いめのやつも、なんでも作れる状況だった」

「うん」

「それでコールとかゲームとか、うちらのサークルの飲み会でよくやることをずっとやってて、お互いに飲ませ合うみたいな感じで、私も結構酔っ払ってて、みんなも結構ペース早くて」

お酒を飲まない順子にはよくわからなかったが、酔っ払った人の様子はありありと頭に浮かんだ。

「そしたら、誰だったかな。多田さんかな。うん。多田さんが、王様ゲームやろうぜって言い出したの」

「王様ゲーム?」

「やったことない? クジで王様を決めて、王様が出した指令をランダムで決まった人がやるゲーム」

順子はもちろん経験がなかったし、それの何が楽しいのかも、全くわからなかった。

「それは一体、何が楽しいの?」

「うーん」

紗奈はそう言って困ったような顔をし、それからだんだん泣きそうになった。下唇を嚙み、震わせ、息を鼻からゆっくり吐いている。

「大丈夫?」

「ああ、うん、ごめん」

紗奈はそう言ってまた麦茶を一口だけ飲んだ。もっと欲しいなら持ってくるけど、と言うと、大丈夫と笑った。

「王様ゲーム、イメージつきづらいと思うんだけど、たとえば、私が王様になったとして、他の人には番号が振られてるのね。だから私が、一番が三番の飲み物を全部飲み干す、とか指令を出したら、クジで一番だった人は三番の人の飲み物を指令通り飲まないといけないの」

「なるほど」

それはゲームというよりただの理不尽では、という思いを胸に、順子は紗奈の話を聞いた。

「最初はね、本当にこれまでのゲームの延長で、誰かが誰かにお酒を飲ませるだけだったの。一番は持ってる酒を飲み干す、とか、王様以外は一気飲み、とかね」

「一気飲み」

「それで途中で王様が多田さんになって、そしたら……」

紗奈はそこまで話すと、思い出してしまったのか、呼吸が浅くなる。紗奈の手元にあった麦茶はなくなってしまっており、順子は思わず自分のものを差し出した。

「ありがとう」

紗奈は順子の麦茶を一気に飲み干し、ふう、と息をついた。

「指令がね、少し過激になったの。何番は何番にキス、とかで、男同士のキスとかもあって私は笑ってたんだけど、私の番号がわかると、だんだん指令が私に集中していって」

「王様ゲームって、王様は何度も指令を出せるの?」

「ううん。指令を出せるのは一回だけ。ルール上はね。でもそのときはみんな酔っ払ってたし、多田さんに逆らおうって人もいなかった」

「そっか……」

「多田さん、目が据わってきてね、すごく怖くて、無理やりキスとかされているうちに、気づけば下着を脱がされてた。ワンピースだったからね。そしたら他の男子がなぜかお酒を私のワンピースにかけて、女体盛りだって、そこから啜って飲んでた」

話しているときの紗奈は先ほどまでのように順子の方を向いていなかった。どこか遠く、昨日の夜に向かって、この話をしているみたいだった。

「多田さんが自分のズボンと下着を脱いで、男子たちはやべえやべえって盛り上がってて、私は逃げようとしたけど、体が動かなかった。ベッドに仰向けに転がされて、多田さんのマンションの天井に、人の顔の形のシミがあるのを見つけた。だけどこれって本当に人の顔の形をしているんじゃなくて、点が二つと棒があれば人の顔に見える、そういう脳の誤作動なんだって、テレビで言ってた。だからきっとこれも脳の誤作動なんだろうなと思っていたら、多田さんに挿れられてた」

「挿れられてた……」

順子には経験はなかったが、性器の挿入だということは、知っていた。

「多分私は泣いていて、なのに誰も気づいてくれなかった。何回か中で多田さんが動いて、よし、次の指令を決めるぞって、多田さんがクジに手を伸ばしたの。その拍子にそれが抜けて、今しかないと思った。とにかくスマホが入った鞄だけ持って、床にあった下着を鞄に入れてリビングを抜け出した。多田さんは酔ってて動けなかったけど、他の男子たちが追いかけてきて、昨日の靴、レースアップシューズで靴紐を結ばないと履けないやつだったから、履いてたら捕まると思って靴下のまま逃げたの。しばらくは同期が追いかけてきたけど、何度も角を曲がって撒いていたらいなくなった。それで、順子に連絡したの。大学にこんな深夜に連絡できるような友達はいなかったし、サークルの友達には相談できなかった。それに順子がこの辺に住んでるって、前に話してたから」

「そっか」

順子の大体の疑問は晴れていた。洋服が濡れていた理由、追いかけられていた理由、靴がなかった理由、お酒の匂いがした理由。特にお酒の匂いがしたのは紗奈が酔っていたというだけではなく、紗奈の洋服がお酒で濡らされていたからだったのだ。

「同じ学年の二人っていうのは、誰?」

自分の知っている人だったらどうしようと思いながら聞くと、紗奈は鮎川くんと田辺くん、という順子の知り合いではない名字を出したので、少し安心してしまった。

関連書籍

真下みこと『春はまた来る』

名門大の理工学部に通う順子は、大学二年の春、高校の同級生で女子大に通う紗奈と再会する。高校生の時は「上」の人間だった紗奈と、「下」の人間だった順子は話したこともなかったが、不思議と二人の間には友情が芽生える。インカレサークルで「高学歴」男子と交流する紗奈が、ある日性被害に遭い――。 注目の作家が描く、ボーダー超越系友情小説。

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