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春かずら

2026.03.06 公開 ポスト

歴史はヒロイックに描かれがちだが、そうではない人たちにこそ光を当てたい。澤田瞳子

澤田瞳子さんが初めての武家小説にチャレンジした『春かずら』。仇討ちをテーマに描かれた本作は、武家小説への熱い思いと、人を描きたいという新たな執筆意欲の詰まった作品となりました。新たな代表作になる本作について、澤田さんにお話を伺いました。

(前編はこちらから/小説幻冬3月号より転載)

*   *   *

やりたいことを全て詰め込んだ作品に

―― 今作はミステリーとしても読めたと思うのですが、そのあたりは意識されていましたか?

私はいつも、すべての小説はミステリーだと思ってます。歴史小説も、何かが起きるという史実はあるけれど、何があってこういう結果になったのかを逆方向から解き明かすものだと思いますし、ホラーなんかはもう明らかにミステリーじゃないですか。恋愛小説だって、この人どういう人なんだろうって思うから恋愛になるわけで。すべての小説には謎がある。

でも確かに今回は、やりたいことを全部詰め込ませていただきました。私、恋愛要素を入れることが少ないんですけど、今回は珍しくちゃんと加えていたり。

 

――謎あり、恋愛ありと様々な要素を一作にまとめるのは大変だったのではと思いますが、連載スタート時からある程度のプロットは立てていらしたのでしょうか。

いえ、スタートした時は何も決まっていなくて、毎話、清史郎とともに彼が遭遇する様々に驚きながらの執筆でした。とはいえ人間関係と人間の感情だけで物語を作るのは、とても面白かったです。普段は歴史を混ぜてしまうから、これだけ歴史を排除するとこんなことができるんだと発見でした。だから本当は武家小説ももっとやりたいんですよね。

 

――『春かずら』を読んだら、依頼も増えるんじゃないですか? 安良藩シリーズをもっと読みたくなりました。新たな人間模様も見てみたいです。

お家騒動はあるけど、藩の根幹がゆらぐと大変なので、みんなそんな大それたことはやらない。そこのちまちま度が、ある意味現代的なんですよね。昔の武家もののようなキリッとした物語は、今はちょっと読まれづらいのではという思いがあって。あと江戸時代も長く続いていくうち、とにかくお家を存続させねばと考え始めると、そんな大事件は起こさないようになるのではと。藩を揺るがすようなことはしちゃダメといった、その辺のゆるさみたいなものも書ければなと思っていたんです。

 

――ああ、そうですよね。いかに日常を保たせていくか。それですごくリアリティがあるのかもしれないですね。

ヒロイックな歴史を支えた人への興味

―― 今作では武士の矜持、というのもひとつテーマになっているように感じました。

江戸時代は初期と後期で考え方もどんどん変わっていきます。今作は後期を舞台に書いているので、日常とか組織を守るための“サラリーマン武士道”ではないですが、そういう考え方に支配されがちではと考えました。

武士道と聞くと、美しいものとか、個人のものとして考えてしまいますが、お家のための忠義って、結局組織を守るための滅私なんですよね。となると、卑怯な手も使わざるを得ないと思うんです。それは今までの武士道の考え方とはやっぱり乖離があると思うんですよね。それを綺麗に書き続けることにちょっとためらいがあり、こういう物語になりました。もちろん、綺麗に書いた方が分かりやすくはあるんですが。

 

――死の美学だとか、見事に仇討ちを果たすとか、切腹とか。

そうそう。しかも多分、そういう小説を書いた方が売れやすいとも思うんです。絵が浮かびやすいし、喜ばれるのは分かっています。でも人間ってそんなに分かりやすく生きているわけじゃないですよね。だからヒロイックに描き続けることにためらいがあります。もっと生々しいし、躊躇もあるだろうし、それこそ今回みたいな一件だったら、藩主様の思惑に沿って忖度してやっちまおうみたいなことが起こると思うんです。分かりやすい小説を書くことには、ずっと違和感があります。

 

――綺麗事ばかりではないというところは、組織の中で生きる人間としてすごく共感します。

もちろん、作品によっては綺麗事を言う人も出てくるとは思います。だから今後さらに武家小説を書かせていただけるなら、綺麗事を言う人と「いやいや、そんなんあかんあかん!」みたいに忖度をする人との乖離で生まれる物語なんかも書いてみたいです。

四月からまた新聞連載をさせていただくんですが、江戸城を片付ける話を予定しています。今までも江戸開城については書かれてきたと思いますが、勝・西郷対談!(ドン!)とか無血開城!(バン!)みたいなイメージが強いじゃないですか。でもその裏で、「え、開城するの? 引き継ぎ書類作るの?」「何月何日までに書類をまとめてくださいって言われても……」「今年の年貢はどこに納めてもらうの?」みたいな、そっちの話をやりたくて。だから今、会社を解散させた人のドキュメンタリーをたくさん読んでいます。

 

――なるほど、実務を行っていた人々を描くんですね、面白そうです。

歴史小説ってヒロイックに描かれがちで、ヒロイックな小説の方が読まれやすいとは分かってはいるけれど、ヒロイックであるためにはその背後を支えた人たちがいるわけです。その人たちの苦労の方が、私は気になります。だって人間ってそんなに単純じゃないから。どちらかというと、そういった大多数の人間を描きたいと思っています。

武家小説、今後も書かせていただけるなら書きたいんですけど、でもどうだろう、ヒロイックな武家小説を求めている方には違うって思われてしまいそうです。それこそ、葉室さん作品みたいな清冽な生き様とは、全然違いますもんね。

 

――でも、今作が今求められている武家小説だとも思いました。これからも武家小説を書いてくださること、一読者として楽しみです。澤田さんが作家としてあり続ける原動力って何ですか?

知りたい、という興味ですね。書いたら分かるというか。書いたら色々な出来事と親しくなれるじゃないですか。自分が何か面白いなって思ったことがお仕事に繋がっていくので、それは本当に嬉しいです。

最近、ようやく人が面白いなと思えるようになりました。だから、小説を書いていても、この登場人物、こういうこと言っちゃうんだみたいな発見が面白いですし、書き進めるうちに彼らとも仲良くなれるのが楽しいです。

 

――ちなみに人が面白いと思うようになった、きっかけは何かあるんですか?

なんでしょうね、実は分からないです。元々そんなに人間が好きではなかったので、最近です、本当にこの五年ぐらいかな。人間って面白いなと思うし、登場人物に対しても、この人のことをもっと知りたいなという思いが強くなりました。歴史って人間が作ってきたものですが、歴史って面白いなと遡っていったら、最終的にその営みをしていた人間が面白いってところまでたどり着いたという感じでしょうか。

 

――澤田さんが登場人物一人一人を面白がっているからこそ魅力的なんだなと、お話を伺って感じました。

最近、自分が知っていることってほんの少しなんだなと感じます。生涯で出会える出来事もそんなに多くないんだ、とも。でも小説を書いていると、色んなことに接する機会があって楽しいんです。色んなことを学び、描き、そのために色んなところに行ったり、色んなことをできる。知らないものにいっぱい出会える。それがやっぱり楽しいので、ついつい動き回ってしまいますね。

取材/内田剛 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)

関連書籍

澤田瞳子『春かずら』

十二年前に父が殺され、以来、仇討のために諸国を巡る清史郎。しかし、仇の手掛かりは見つからない。病死した母の弔いに故郷・安良藩に戻った清史郎は、ある少年を助け、彼に剣の手ほどきをすることに。しかしその少年・隼人は、仇の息子だった。出会うべきではなかったと思いつつ、見限ることのできない感情のもつれ。仇の行方、そして藩内政治――。清史郎が最後に下した決断とは。江戸時代を生きる「人」を描いた、傑作ドラマ。

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春かずら

澤田瞳子さんが初めて挑んだ武家小説『春かずら』についての記事をアップします。

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澤田瞳子

1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。奈良仏教史を専門に研究したのち、2010年に『孤鷹の天』でデビュー。同作で中山義秀文学賞を受賞。その後、13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞、16年『若冲』で親鸞賞、20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。他の著作に『赫夜』『孤城 春たり』『しらゆきの果て』『京都の歩き方―歴史小説家50の視点―』『梧桐に眠る』『春かずら』などがある。

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