「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。
今回は、新刊 『咲良は上手に説明したい!』を刊行された、滝沢志郎さんにお話をおうかがいしました。
(小説幻冬2026年3月号より転載)
* * *
「テクニカルライターになる前と後では、世の中の見え方が変わったと思います」と、滝沢志郎さん。彼の新刊を読めばきっと読者もそう感じるはず。歴史・時代小説作家というイメージが強い滝沢さんだが、新作『咲良は上手に説明したい!』ははじめて現代を舞台にして、新米女性テクニカルライターの奮闘を描く。滝沢さんご自身も、分かりやすい文章で正確に伝える取扱説明書などを作成するテクニカルライターの経験者である。
「デビュー前からこの仕事の小説を書きたくて、自分で勝手に書きあげたんです。それでアップルシード・エージェンシーさんにお願いしたところ、PHP研究所さんから出せることになりました」
台風の影響でダイヤが乱れた横浜駅。駅で短期アルバイトをしていた咲良は、書かれた運行情報が細かすぎて難解なホワイトボードを、一人の女性があっという間に分かりやすく書き直す姿を目撃。その名は浅倉響、テクニカルライター。彼女の勤務先が求人募集していると知り、咲良は入社を果たし、浅倉の下につく。
なぜ、主人公を女性にしたのか。
「男性だと自分と重なりすぎて書きづらいので。でも、咲良がビビリなところは自分に重なっています。作中、咲良が入社試験で好きな三国志の武将を聞かれますが、あれは僕の実体験です(笑)」
咲良が取り組むのは、シェアオフィスのゴミの分別を促すペーパーや、AEDやベビーカー、子供向けドローンのマニュアル等。
「小説として、みなさんが使ったことがあるものや、いつか使うことになるかもしれないものなどを選び、ちょっと社会派なテーマも絡めました。テクニカルライターは専門家の言葉を一般の人に分かるように書き直す仕事。つまり、ちゃんと理解しないと自分の言葉に直せないんですね。そうしたプレッシャーも大きかったけれど、面白かったです」
トリセツの改善前の例や、咲良たちが作った完成形が図版で挿入されており、テクニカルライティングの工夫や技術が具体的に分かる。自分たちの日常は、こうしたテクニックに支えられているのだと実感。また、咲良や浅倉、ライバル社の北条といった、仕事にひたむきな女性たちがじつに魅力的。
「若い女性を書く時、悪い意味でのテンプレは書かないようにしています。それに、男性が書いた小説を読むと若い女性の描写がなんか変と感じる時があって。たぶん、自分の理想の女性像を投影していると思うんですよ。だから僕は今回に限らず、女性キャラを書く時は絶対に自分の理想の女性は書かないんです。友達にしたいけれど付き合うにはどうか、という。今回でいうと、浅倉は元気がよすぎるし、咲良は自分を見ているみたいで嫌だし、北条はちょっと怖いです(笑)」
ちなみに咲良の身長は174センチだが、これにも意味がある。
「オタクでビビリで一生懸命なキャラなので、可愛くなりすぎるというか。特に男性読者に『萌え』の文脈で見られるのが嫌だったので、この身長にしました。172センチだと男性平均身長の自分から見てそこまで高くないし、175センチ以上だと格好いい感じになるので、174が絶妙なところかなと」
アイデアはまだまだあるというから、シリーズ化を熱望!

好きな本の印象的なフレーズに選んだのは、田中芳樹『アルスラーン戦記3 落日悲歌』より、
「私は、いったい誰なんだろう」
つぶやくような声は、夜風にのってダリューンの耳に達し、黒衣の騎士は、戦場ではけっしてしめさない動揺を、
わずかにしめした。なにしろ、 巧言令色 とは縁のない男である。適当な返事がとっさには出てこない。
アルスラーンの質問の意味を正確に知るだけに、なおさらだった。
「そのようなこと、あまりお考えになりますな。ナルサスが申しておりました。充分な知識を持たずに
自分ひとりの考えに落ちこんでも、正しい答えはえられないと……」
バフマンがすべてを告白するまでお待ちなさい、と、ダリューンは言うのであった。
アルスラーンが沈黙していると、黒衣の騎士は、何か思いついたように口を開いた。
「殿下のご正体は、このダリューンが存じております」
「ダリューンが?」
「はい、殿下はこのダリューンにとって、だいじなご主君でいらっしゃいます。それではいけませんか、殿下」
─『アルスラーン戦記3 落日悲歌』田中芳樹著(らいとすたっふ文庫)より
「僕は田中芳樹さんが大好きで、田中さんに憧れて小説家になったんです。これは中学生の時にはじめて読みました。少年王子アルスラーンが自分が国王の息子ではないかもしれないという疑惑に悩み、弱音を吐くのがこの場面。当時、僕はダリューンの言葉にアルスラーンがなぜ泣くのか分からなかった。でも、大人になって、アイデンティティクライシスに陥った時に、こう言ってもらえるのはすごく救いになると気づきました。このセリフの良さが分かるようになったということは、自分は何かが弱くなったんだと思うんですけれど、優しくもなったということであってほしいです。僕の小説にも、誰かにとっての何者かであることで救われるキャラがちょいちょい出てくる気がして、最近すごくこのセリフを思い出します」
取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。
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