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春はまた来る

2026.03.07 公開 ポスト

#3 たった2か月で派手な雰囲気になった同級生「高学歴男子まじでちょろいから」真下みこと

大学受験シーズンも終盤を迎え、春からの新生活に胸を躍らせる方も多い季節です。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこれから大学生になる方や、その親世代の方に読んでいただき、来る大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。

*   *   *

(承前)

同窓会の会場は、新宿駅から徒歩五分ほどの小洒落たイタリアンだった。案内のメッセージに二階と書いてあったので、エレベーターに乗って二階のボタンを押した。いわゆる雑居ビルというやつで、三階から上にも居酒屋などが入っている。

『二階です。ドアが開きます』

エレベーターの音声の後にドアが開き、するといきなりお店の中だった。薄暗い店内に、赤と白を基調とした四人用のテーブルがずらりと並んでいる。

順子はおずおずと中に入り、中をゆっくりと観察した。集合時間である十八時半より十分ほど前に着いたが、すでに十人ほどが席にいた。順子の知り合いは、今のところ見つかっていない。

「あ、国咲高校の人ですか?」

幹事らしき女の子が、明るく声をかけてくれた。順子は声も出せずにこくこくと頷いて、会費を払うと席に通された。それまで盛り上がっていた会話が一瞬途切れ、それから順子などいないかのように再開される。誰も順子の顔を見てピンと来なかったのだろう。

この感じ、久しぶりだな。

順子はあたりを見回した。女子はワンピース、男子はシャツにズボンが多い。やはりもっと綺麗な格好をしてくるべきだったと思いながら、いつの間にか店員が持ってきていた水を飲んでいた。

『ドアが開きます』

後ろの方でエレベーターの音がし、振り返ると五人ほどの男女が店に入ってきた。何やら話が盛り上がっているようで、女子が男子の背中を、やだぁと言いながら叩いている。

「お、紗奈じゃん」

順子のテーブルに座る男子がそう言って、やがてみんなが後ろを向いた。

「本当だ! 紗奈、久しぶり!」

別の女子が手を振ると、

「わ、みっちゃんじゃん! 久々ー!」

と手を振り返す女子の姿があった。ダウンライトで照らされたその人は、高校二年のときに同じクラスだった、倉持紗奈の顔をしていた。

顔をしていた、と思ったのは、その髪型があまりにも記憶の中の倉持紗奈と乖離しているからだった。順子の中では倉持紗奈は黒髪ロングの清楚系で、そこが男子に人気、みたいなイメージだった。しかし今、会費を払っている倉持紗奈は髪を明るめの茶色に染めており、しかもその髪は波打っていて、メイクも昔のようなナチュラルメイクではなく派手な雰囲気だった。高校卒業からたった二ヶ月でこんなに変わるのかと、順子は妙に感心してしまった。

倉持紗奈たちも席に着き、会が始まるまで何人もの元同級生がやってきたが、順子の知り合いは一人もいなかった。

帰りたい、という気持ちと、逆に来てよかった、という気持ちが混じり合う。

そもそも順子がこの同窓会に来たのは、東京に出てきた地元の知り合いがいなかったからだった。だからここに来れば、たとえば三年生では同じクラスじゃなかったが、一年とか二年のときに仲が良かった子が実は上京している、なんてことがわかるかもと思っていた。けれど知り合いは一人もいなそうだし、そのことがわかったのであれば、それはそれで収穫だと思った。

再び水を口に運ぶと、幹事の女子が、みんな聞いてくださーい、と可愛い声を上げた。

「今日は、料理は基本コースで大皿、飲み物は二時間飲み放題になってまーす。飲み放題のメニューは各テーブルに置いてあるからそれを見てください。飲み物の注文は各テーブルでお願いしまーす」

彼女の説明を聞きながら、順子は右隣のテーブルにいる倉持紗奈に釘付けだった。二年のときの文化祭実行委員長は、全校生徒による投票の結果倉持紗奈になった。国咲高校のうちの代で、一番可愛い女の子だったのだ。まっすぐに伸びた黒髪を惜しむ男子も少なくないはずだ。

そんなふうに思っていると倉持紗奈と目が合いそうになり、順子は慌てて目を逸らした。

向こうが順子を知っているわけがないのだ。知っていたとしても、

――えー、牧瀬さん超可哀想ー。

思い出したくもない記憶が、気を抜いた瞬間にふと蘇る。あれを覚えている人は、いったい何人いるのだろうか。

「飲み物どうしますか?」

左隣から声がして、振り向くと知らない男子だった。明らかに「下」の人間である順子に敬語を使っているのは、距離を取るためなのだろう。

「ああ、えっと」

頭の中は冷静でも、言葉はうまく出てこない。飲み放題のメニューをしばらく眺め、順子は烏龍茶を頼んだ。

飲み物が運ばれてきて、順子は言葉を失った。ノンアルコールである烏龍茶はグラスに入っていて赤いストローが付いているのだが、みんなに運ばれてきたのはジョッキで、つまりみんなはアルコールを頼んでいたのだった。

お酒は二十歳になってからって、大学のビラで何度も見たのに。

そんなちょっとしたカルチャーショックを受けている順子をよそに、幹事が乾杯の音頭を取り、なんとなく会が始まった。

「大学どこだっけ?」

「サークル入った?」

「バイトやってる?」

そんな華やかな会話をみんなが繰り広げている間、順子は黙って烏龍茶を啜っていた。話を振られることも当然なく、運ばれてくるシーザーサラダやポテトフライを無言で口に運ぶ。

ちなみに順子はサークルには入っていない。高校でも帰宅部だったのだが、それは中学では部活動は強制参加で、順子は間違えて陸上部に入ってしまい、自分の足の遅さを笑われる日々に辟易したからだった。複数人の同世代が集まり、さらには先輩との関係も築かなくてはならない活動は、もうやりたくなかった。バイトは在宅でできるテストの採点をやっている。国語や数学の記述問題が主で、採点基準がしっかりしているため基本的に難しくはない。わからなければその問題は再検討フォルダという共有フォルダに移動させるだけでよく、そこからはおそらく社員さんがやってくれる。余計な人間関係がない割に時給もいい。一応シフトの提出はあるが、基本は自分が働きたい時に働けるので、奨学金を借り、親から仕送りをもらいながら一人暮らしをする順子にはありがたかった。などと一人考えてみたところで、相変わらず周りは順子に興味も示さない。烏龍茶を飲み干して店員を呼び、二杯目の烏龍茶を頼んだところだった。

「やっぱさー、せっかく東京来たんだから遊ばないとっしょ」

声のする方を見ると、倉持紗奈だった。ここから見てもわかるまつげのカール具合に、油でも塗っているのかと思わせる濡れたような唇。いったい二ヶ月で何があったのかと思ったが、これが彼女なりの「遊び」なのだとなんとなくわかった。

「烏龍茶でーす」

店員が順子の目も見ずにグラスを置いていった。その後に続けてチキンソテーが運ばれてきたので、順子はそれも皿に取った。同じテーブルの人は黙々と食べては飲んでを繰り返す順子を不審がっているのかもしれないが、順子は特に気にならなかった。

「なんかぁ、私T女子大なんだけどぉ」

それよりも気になるのは倉持紗奈だった。この中で知っている人間が彼女くらいしかいないというのと、やはりその変貌の理由を知りたいという思いがあった。赤いストローで烏龍茶を啜る。ゴゴ、と空気と烏龍茶が混ざる音がする。

T女子大というと、学内に男子はいなそうだが、それでも遊べるのだろうか。順子の中で「上」の人間の遊びというのは不純異性交遊を指すという認識だったので、少し意外な気持ちだった。

「えー、女子大なんだ。出会いあるの?」

別の女子が倉持紗奈に聞いた。

「ないない。みんなサークル入ってんの」

「あー。インカレってやつ?」

「そうそう。高学歴男子まじでちょろいから」

「紗奈ってばまじウケる」

「あいつら、挨拶しただけで私のこと好きになるんだよ?」

「まじで言ってんの? ちょろすぎ」

「とは言っても将来有望だし、ある程度遊んだら落ち着きたいけど」

「それ、男子が聞いたら泣くよ?」

ギャハハ、と見下すような陽気な笑い声が響いたが、それは他のテーブルにも溢れている音だったから、ちゃんと認識できたのは順子だけだった。インカレというのがよくわからなかったが、サークルに入れば、女子大の子にも別の大学の男子に出会う機会があるようだ。高学歴男子まじでちょろい。そのカテゴリーに自分の友人も含まれているのだろうと思うと、順子は少し嫌な気持ちになった。

結局順子は会が終わるまでずっと倉持紗奈の声に耳を傾けていた。つい最近一緒に高校を卒業したばかりで十代のはずなのに、彼らは慣れたように酒を飲んでいた。順子は結局烏龍茶を四杯も飲んだが、誰にも気づかれなかった。

 

「二次会カラオケ行く人ー?」

店の外で、幹事の女子が声を上げている。みんな酒が回っているのかガヤガヤとした雰囲気で、どこからどこまでが国咲高校の同窓会なのかすら危うかった。順子はその混沌を利用してさっさと帰ることにし、誰にも別れの挨拶を告げずに新宿を後にした。

大学の最寄り駅から二駅離れた駅が、順子のアパートの最寄り駅である。この駅の近くにアパートを借りるW大生は多く、不動産会社の担当者からもそう説明された。

「ただいまー」

ため息のついでに部屋に挨拶をして鍵を閉め、キーケースを玄関のフックにかける。洗面所で手を洗ってうがいをし、靴下を洗濯機に入れた。

ワンルームの部屋に向かい、勉強机と食卓を兼ねたデスクにパソコンを置き、コードを繋いで充電を始める。

家に帰ってからのルーティンをこなし、順子はコップの水を飲んで一息ついた。

「疲れた」

毎日、大学に行って帰るとある程度は疲れるが、今日の疲れは少し質が違った。変わってしまった倉持紗奈。高学歴男子というカテゴライズ。東京来たら遊ばないと。倉持紗奈の言葉の一つ一つが、烏龍茶に入っていた氷のように、頭の中でカランコロンと揺れている。

時計を見るともう二十一時半で、順子はさっさとシャワーを済ませて、課題の続きを進めた。

関連書籍

真下みこと『春はまた来る』

名門大の理工学部に通う順子は、大学二年の春、高校の同級生で女子大に通う紗奈と再会する。高校生の時は「上」の人間だった紗奈と、「下」の人間だった順子は話したこともなかったが、不思議と二人の間には友情が芽生える。インカレサークルで「高学歴」男子と交流する紗奈が、ある日性被害に遭い――。 注目の作家が描く、ボーダー超越系友情小説。

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春はまた来る

2月19日発売の真下みことさん『春はまた来る』に関する記事を公開します。

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真下みこと

1997年生まれ。早稲田大学大学院修了。2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年同作でデビュー。その他の著書に『あさひは失敗しない』『茜さす日に嘘を隠して』『舞璃花の鬼ごっこ』『わたしの結び目』『かごいっぱいに詰め込んで』がある。

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