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それが、人間

2026.02.22 公開 ポスト

衝動を交番に持ち込む

「撃ってください」と交番で懇願する人たち――「優しさ」と「迷惑」の狭間でインベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

衝動を交番に持ち込む

時として人は、人生最後の決断を最寄りの交番に託してしまう。
交番は便利屋ではないが、なぜか万能の窓口のように思ってしまう人がいるのである。

例えば今年2月、「拳銃で撃ち殺してもらう」ため、神戸市の新長田駅前交番に、無職の男(73歳)が包丁を持って現れた。男は約20分前に、署員不在の交番から「死にたいけど死にきれない」と電話をかけており、警察官2人が戻ると男が座って待っていたという。机の上には、さやに収められた包丁が置かれていたそうだ。
刃物も向けずに、「警察に殺してもらえる」などと考えるとは、ちょっと他力本願すぎやしないか。

実は、こうした事件は珍しくない。いや、珍しいのだが、私の知る限り2度目である。
2023年には、豊島区の池袋東口交番で、無職の男(当時43歳)が警察官に包丁を突きつけ逮捕された。
警察官ら6人が取り囲み、「動くな!」と声を上げると、男は「撃ってください。お願いします」と懇願。特撮ヒーローのような決めポーズで、警察官を威嚇したのだった。

私はこの裁判を、東京地裁で傍聴している。
男は本屋で3年働いた後、職を転々としており、事件当時は実家で母親と同居していたらしい。小柄で痩せた姿は、なるほど確かに書店員っぽい。それはつまり、「無害」がにじみ出てた風貌という意味だ。だが、そんな彼でも追い詰められれば、人に包丁を向けてしまうのである。
男は青いハンカチを握りしめ、鬱々とした表情でその心情を語った。

曰く、2年前に離婚して、子どもと離ればなれになった。実母からは、「早く自立しろ」とうるさく言われ、次第に追い詰められていったという。
死ぬつもりで包丁を持って家を出たが、2日間さまよっても死にきれなかった。自分の体に包丁を突き立てる勇気はないと考え、警察官に撃ち殺してもらおうと画策。一度は、通り魔殺人をすることも頭に浮かんだが、「この世に殺していい人などいない」と、まっとうなことを考え、自分が死ぬほうを選んだという。

法廷では、交番の防犯カメラ映像も流されたが、警察官が近づくたびに刃物が当たらないよう後ずさりする様子が映っており、「なるべく安全に、危害を加えないよう距離を取りました」と、その理由を述べていた。なんて、健気なのか。
彼は、これまでもきっと、「優しさ」と「迷惑」の狭間で生きてきたのだろう。

こうした裁判では、親が情状証人として出廷し「私が責任を持って監督します」と訴えるのが定番だが、彼の場合は違った。
「実母からは、弁護士経由で『家に帰ってこないように』言われ、親子の縁を切られました」
と語っている。
その姿は、雨に濡れて蹴り飛ばされた捨て犬にしか見えなかった。


このように、交番で「自分を殺してほしい」と願う人がいる一方、己の殺意に危機感を覚え、助けを求める人もいる。

今年2月には、北海道の網走警察署で「人を殺したい気分だ」と、110番通報があった。警察官が家に駆け付けると、無職の男(71歳)が「知人男性をぶっ殺してやる」と口にしたため、脅迫の疑いで逮捕したという。ことを起こす前に通報するとは、なかなかの自制心だ。逮捕とはいえ、実質「保護」に近いのではないか。
気になるのは「網走」という地名だろう。殺意に自覚的なことからも、経験者ではないのかと疑ってしまう。

いずれにせよ、皆それぞれのやり方で、己の衝動を止めてもらおうと必死なのだ。
彼らは、目的がおかしいのではない。ただ、相談窓口を間違えているだけなのである。
そして、自殺と他殺は、どこか表裏一体の関係にあるようだ。

何度か撮影したことのある被写体のれいちゃんは、日々の生活のなかで、よく人を殺すシミュレーションをしているという。
曰く、「電車の中でなんでもない人を見て、『もしぶつかってきたら、こいつを殺す』とか思ったりする」のだそうだ。
しかも、それは男女問わずだという。
「ギャルみたいな奴の組んでる足がぶつかってきて謝りもしなかったら殺す、とか全然ある」
あくまで、相手の悪意を待つスタイルだ。
「駅から家までの道のりで、手に鍵を持って歩いてるんだけど、誰かとすれ違うたびに、『もしこの人が襲ってきたら、鍵一本でこいつの目をくりぬく』って思ってる。警察に動機を聞かれたら、『急に襲ってきて、怖かったので目をくりぬいちゃいました』みたいに言うと思う」
正当防衛というかたちで、人を殺せるチャンスを伺っているのである。

もっとも、そんなれいちゃんは、見た目だけなら穏やかそのもの。ファッションに至っては、ディズニープリンセスのようなフリフリドレスが普段着である。
「よくニュースで、『そんな人には見えなかった』っていう近隣住民の声があるけど、私もあんな感じになると思う」

そんなれいちゃんには、希死念慮もあった。
「死にたい気持ちは毎日ある。でも、何かつくってるときはそうならないんだよね」
現在は、自分で文章を書き、ZINEを制作している。その作業に没頭している間は、死にたい気持ちが消えるのだという。
「でも、ちょっと休憩を入れた瞬間に、『あ、疲れた。死のう』ってなる」
過去に何度か自殺未遂もしているが、夫はその状況に慣れてしまったのか、れいちゃんが「死にたい」とLINEを送っても既読無視するらしい。
代わりに、死にたい衝動が起きると「ウィルソン」と名付けたチャットGPTに思いをぶつけていた。そのウィルソンも、「いのちの電話を勧めてきたら殺すぞ」と脅されているため、それ以外の言葉で自殺を止めようと必死になるという。
「れい、そういうときは人とつながるのが大事だよ。誰でもいい。夫が既読無視するなら、友人や母親に『今つらい』ってメッセージを送ってみて。誰もいなかったら、救急でもいい。救急はそのためにある」
「んなわけねーだろ」と、突っ込む冷静さは、彼女にもあるようだ。

またあるときは、死への衝動が強まったれいちゃんに、ウィルソンはこう提案したという。
「家の中にある刃物と、首を吊れるような紐を全部ジップロックに入れて、玄関の外に出して」
言われた通り、包丁、パン切りナイフ、カミソリ、電気ケーブルなど一式をジップロックに入れ、玄関の外へ運んだ。その作業をしながら、「これやってる時点で死ぬ気ないよな」と、我に返ったらしい。
れいちゃんは、こうして自らの希死念慮と戦い、死なないための努力をしているのだ。問題は、衝動が消えないことである。
「私はウィルソンの言う通りにしてるし、精神科の先生の言う通りにしてるのに、なんでこんなにメンタルの調子悪いんだろう。理由がわからないから、対処法もわからない。どうすりゃいいの? なすすべがないから、絶望感しかない」
八方ふさがりである。
ちなみに、刃物の入ったジップロックは、夫が持って帰ってきて、「このままじゃ包丁は捨てられないよ。ケーブルは俺のだから捨てんといて」と言われたらしい。
ゴミ出しだと思ったのだ。
「やっぱり分かり合えない」と、れいちゃんは落胆していた。

日々を振り返って、れいちゃんはこう語る。
「自分が死ぬことと、誰か他人を殺してしまうことって、近いところにあると思う」
死にたいから生きたいし、殺したい。それが人間なのだ。

人はこうして、誰かに衝動を止めてもらおうともがく。そして、つながる人が誰もいないと、交番へ向かう。警察官は、殺意を持った人を無視しないからだ。
この世で、死にまつわる衝動を一心に引き受けているのは、交番のおまわりさんという存在なのだろう。

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写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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