清水ミチコさんの「朝日新聞」連載エッセイ「まぁいいさ」(金曜日夕刊・月1回)をまとめた文庫本『時をかける情緒 まぁいいさ』が発売になりました。平成から令和へ、自由自在にかけめぐる清水さんの情緒の味わいを、少しだけお裾分けします。

深刻な話の言い間違い
昔、タクシーに乗った時のことです。話のうまいドライバーさんと会話がはずんだのですが、そのうち「以前、乗せたお客さんで忘れられないのがですね」と言うので、私は身を乗り出しました。ドライバーさんの経験談というもの、特に乗せたお客さんの話は個人情報ではありながらも、どなたも絶対的な匿名性があるので、驚くような逸話も数多くあるんですよね。
「きれいな女の人なんだけどね、車に乗った時に顔を痛そうに押さえてて。聞いたらその人のダンナに殴られたって。暴力をふるわれたってんですよ。気の毒でねえ」とのことで、まずは病院へ行けばどうかと説得して、無事に病院で降ろした、という話でした。
ドライバーさんはそのあとも「男が暴力をふるうなんてとんでもねえ」と、カンカンに怒っているので、私も大いに共感はしてたのですが、ただ一点だけむずむずしたのは、ドライバーさんがそのことを、話の後半からずっと「いわゆるあれですよ。DVD。何回かDVDされたって言ってましたよ」と言ってるので、(Dが一つ多い!)と水を差すようではありますが、さっと指摘すべきか、でももう降りる頃だし、と気持ちが迷いに迷ってたことです。今こうやって書くと笑ってしまいますが、深刻な話の時ほど、なぜか言い間違いが逆に際立って感じられてしまうのは人間のサガ。
先日は久しぶりに再会した友人と、お茶をしながらよもやま話となったのですが。そのうち、その友人のお母さんのお葬式の話になりました。友人親子は特別に仲良しだったので、いかに寂しいことであろうかと、さすがにしんみりしそうな中、「で、母がおひつに入ってさあ」と言うので、「ひつぎだよね」と、この時はさりげに直しました。しかし、なぜか何度も友人は「おひつ」と言ってしまう。
私は笑いをこらえました。私だって鬼じゃない。笑っていい時と悪い時があることくらいわかります。それなのに、人の口というものは、言い間違いにもすぐに慣れるようになってるようです。私は確実に口角があがっておりました。言い間違いは、語呂が口になじみやすいから発生するということがよくわかりました。気をつけたいものですね。
時をかける情緒 まぁいいさ

カンジ悪さが褒められた「ドクターX」出演、黒柳徹子さんにおフルの洋服をプレゼント、詐欺かと疑った伊丹十三賞受賞の電話、武道館ライブで達成感が得られない謎、卒業証書チラ見せ伊藤市長からの学び、60代で初婚の親友の結婚式、人生の残り時間を計算して思うこと……。平成から令和へ、自由自在に軽やかにかけめぐる情緒の味わい。











