浮気されたことは、もう過去のこと。
そう思おうとしても、ふとした瞬間に蘇る裏切りの記憶……。
信じたい。でも、もう一度裏切られるのが怖い。
迷いのなかで答えを探す29歳の本音が描かれます。
『私以外、みんな幸せそうに見えた』(2月5日発売)より、第二話をお届けします。
* * *

第二話 結婚できない私
──結婚前は両目で見て、結婚後は片目を閉じるんだよ。
私が彼氏と同棲することを報告したとき、母に言われた台詞だった。
「結婚しよう、穂乃果」
ずっと待ち焦がれていた言葉をもらえたのに、私はちっとも喜べなかった。
それはあまりに唐突だったからでも、夕食後のリビングというロマンチックの欠片もない状況だからというわけでもない。
──浮気、したのに?
それにしても唐突だ。お互いの誕生日も付き合った記念日もとうに過ぎているし、なぜ今だと思ったのかまるで理解できない。
私は三ヵ月前、そして哲也は先週、結婚式に参列したばかりだ。まさか友達の晴れ姿を見て影響されたのだろうか。それとも、最近結婚ラッシュが続いているから感化されたのだろうか。二十九歳になり、突然焦りが湧いたのだろうか。浮気を許してくれる女を手放すな、などと友達に助言でもされたのだろうか。
全部ありうる話だった。流されやすい哲也の考えそうなことだ。
「ごめん、哲也。今、すごく、忙しくて」
「ああ……そうだよな」
中学校教師の私は今、三年生の担任をしている。夏休みが明けた今は文化祭の準備に追われている最中で、それが終わればいよいよ本格的に受験が始まり、そして卒業式だ。教師生活の中でピークに忙しかった。
「落ち着くまで、待ってくれないかな」
我ながら卑怯な言い回しだ。これではプロポーズの返事ではなく、結婚を待ってほしいと伝えているみたいに聞こえる。
やはり哲也も後者だと捉えたのだろう。プロポーズというより別れ話のほうがしっくりくるほど強張っていた哲也の顔が綻んだ。そもそも、浮気をされても別れなかった私がプロポーズを断る可能性など考えてすらいないのかもしれなかった。
無理もない。実際に私は、今この場で断る勇気などないのだから。
目の前にある幸せを失わないための小さな嘘を、いくつ重ねてきただろう。
哲也と私は小学校からの幼なじみだった。といっても当時から親しかったわけではない。中二のとき哲也からいきなり「考えてみたら、俺ら小一からずっと同じクラスだよな」と言われ、覚えていなかったのに「私もそう思ってた。すごいよね」と返した。よく話すようになったのはそれからだ。
三年生に上がっても同じクラスになり、さらには高校も同じだった。クラスは違ったけれど、校内で会えば話したし、男の子と無縁の私にとって唯一の男友達だった。
付き合い始めた理由は、お互いに“なんとなく”だったと思う。
高三の春、進路について話していたとき、お互い上京するつもりだとわかった。家が近所ということもあり、夏休みに入ってからは度々ふたりで受験勉強をするようになった。
そして夏休み中盤のある日、哲也が言った。
──俺らさ、付き合っちゃう?
哲也らしい本気か冗談かよくわからない口ぶりで提案されたとき、頷いた理由はいくつかある。もし付き合うなら哲也だろうという気がしていたのと、単純に恋愛をしてみたかったのと、状況的に頷くしかなかったのと。
ひとつだけ言えるのは、哲也が好きだからという理由ではなかった。
私は恋をしたことがない。幼い頃から極度の人見知りで友達も少なく、女家系で父親と先生以外の男性と無縁の人生だったため男の子と話すことすら難しかった。興味がないというより、得体の知れない存在に見えて怖かったのだと思う。男の子だって私みたいに地味で根暗な女子は眼中になく、話しかけられることもなかった。
だけど高校に入ってみると、中学から大恋愛をしていた椿や、可愛くてモテモテの新奈、男運はないけど積極的に恋愛していたひまりに出会った。みんなが言うドキドキとかキュンとかの気持ちやポイントは正直まったくわからなかったけれど、いつしか恋をしてキラキラしているみんなが羨ましくなり、私も恋愛を経験してみたくなった。というより、しなければまずいと思ったのだ。どれだけ男の子が苦手でも、恋愛している自分が想像できなくても、家庭は絶対に持ちたかったから。
哲也と過ごす日々はときめきこそなかったけれど、一緒にいると誰よりも落ち着いた。長年友達だったことも大きいのだろう。お互いのことをよくわかっているし、フラットな気持ちでいられて居心地がよかった。
社会人になって同棲を始めてからも、喧嘩という喧嘩をしたことがない。もちろん空気がピリッとしたことくらいはあるものの、私も哲也もそういう空気が苦手だ。一旦頭を冷やし、朝になれば何事もなかったかのように一緒に朝ご飯を食べる。
ずっと、それでいいと思っていた。それが私と哲也の形なのだと。
だけど私たちは、ただ向き合うことから逃げていただけなのかもしれない。
哲也の浮気に勘づいてからも、白状されるまで私は黙っていることしかできなかった。
*
「あ、来た来た! 澤村先生、お疲れさまです!」
店員に案内された部屋に飛び込むと、すでに私以外の五人がそろっていた。
椿たちと集まるときに利用するような小洒落た店ではなく、昔ながらのアットホームな居酒屋だ。テーブルには焼き鳥や刺身盛り合わせやだし巻き卵など、定番で馴染みのある料理が並んでいる。
「遅れちゃってすみません。今日中に小テストの採点しちゃいたくて」
* * *
忘れられない恋の続きは、ぜひ本書で。
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私以外、みんな幸せそうに見えた

忘れられない元彼を引きずる椿。裏切りが頭から離れず結婚をためらう穂乃果。誰かの「いちばん」になりたい新奈。学生時代の過ちを背負い、幸せを諦めようとするひまり。30歳を目前に焦りと不安で揺れ惑う4人の女性たち。あまりに違う「理想と現実の狭間」で、彼女たちが見つけた小さな光とは。20代のリアルを描いた、共感必至の恋愛ストーリー集。
本連載では、試し読みをお届けします。










