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冤罪の深層

2026.01.23 公開 ポスト

「こうすれば生物兵器に転用できる」――公安が示した“思いもよらない手法”石原大史(NHKチーフディレクター)

警視庁公安部が出した結論は、大川原化工機が輸出した噴霧乾燥機は、生物兵器に転用しうる、というもの。だが、その根拠になった実験・手法は、大川原社にとっては想定外のものだった――。前代未聞の冤罪事件はなぜ起きたのか。権力の暴走はなぜ止まらなかったのか。NHKディレクターによる渾身のノンフィクション『冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件』から一部抜粋してお届けします。


しかし、公安部は違った見解を持っていた。

公安部は、社長らの逮捕に至る3年前(2017年春)から、大川原化工機に狙いを定め、内偵捜査を開始していた。直接のきっかけとなったのは2017年3月、輸出規制に関する講習会に参加した警視庁の捜査員が、そのセミナーの講師を務めた人物(経産省非常勤職員)へのその後の聞き取りで、大川原社の輸出管理に疑念があるとの情報を得たこととされている。

公安部はこの情報を端緒に、噴霧乾燥機を製造する同業他社や、そのユーザー企業、細菌学の研究者など、多くの専門家らに意見を聞き、「滅菌又は殺菌」という言葉の定義や機械の性能について、情報を収集、整理を進めていった。

そして捜査開始から半年後には、企業や大学などの協力を経て、機械内部の温度計測や、細菌の殺滅試験などを始めた。結果、行き着いた公安部の結論は、大川原社の噴霧乾燥機で、特定の種類の菌については殺滅できるというものだった。

その際公安部が目をつけたのが、機械に元々備わる熱風を送り込む機能である。噴霧乾燥機は、液体を乾燥させるため、電気ヒーターで生じさせた熱風を使う。このヒーターを出力限界近くまで稼働させれば、250度以上の熱風を機械内部に送り込むことができる。これを長時間継続させれば、機械全体の温度も上昇、内部に残った菌を殺滅できると考えた。

2017年の後半には、公安部は、機械の内部数カ所の温度測定実験を行い、そこでは110度を超えて加熱できることを確かめた。そして、同時期に行われた別の実験では、特定の菌を110度を超える環境にさらし続ければ完全に殺滅できるという結果も、公安部は得ていた。

この、いわば噴霧乾燥機の「空焚き」で内部の菌を殺滅するという手法は、大川原社にとっては想定外だった。元々、噴霧乾燥機は、そうした高熱に耐えうるように設計されていない。出力限界に近い熱風を長時間送り込めば、機械が破損する可能性も考えられた。過去に「空焚き」による「滅菌殺菌」が可能だとして、問題となった機械を販売したこともない。

もし「滅菌殺菌」できる機械として売るならば、機械メーカーとすれば、その性能保証を徹底して行わなければならない。「滅菌殺菌」できるとして売りながら、実際はできないとなれば、信用に関わるからだ。それには機械隅々の温度を測定し、本当に菌を殺滅できるか確かめることが必要だが、大川原社では、そうした実験を行ったこともなかった。想定外の殺滅手法を突然公安部から提示され、「不正輸出」だと言われたというのが、会社側の実感だった。
 

関連書籍

石原大史『冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件』

軍事転用が可能な精密機器を不正に輸出したとして、横浜市の機械メーカー・大川原化工機の社長ら3人が逮捕された。長期勾留ののち異例の起訴取り消しとなり、会社側は国と東京都に賠償を求めて提訴する。  元顧問の相嶋静夫さんは、拘留中にがんが判明し、無実を訴え続けるも、保釈が認められないまま亡くなった。 第一審で証人として出廷した現役捜査員は「まあ、(容疑は)捏造ですね」と証言。 衝撃の冤罪はなぜ起きたのか。 相嶋さんはなぜ無念の死を遂げなければならなかったのか。 調査報道大賞を2年連続受賞ほか各賞総なめのNHKスペシャル「”冤罪”の深層」シリーズ、ついに書籍化!

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冤罪の深層

軍事転用が可能な精密機器を不正に輸出したとして、横浜市の機械メーカー・大川原化工機の社長ら3人が逮捕された。長期勾留ののち異例の起訴取り消しとなり、会社側は国と東京都に賠償を求めて提訴する。
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石原大史 NHKチーフディレクター

石原大史 いしはら・ひろし
NHKチーフディレクター。2003年NHK入局、現在コンテンツ制作局「ETV特集班」所属。制作した番組にETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(第66回文化庁芸術祭大賞)、ETV特集「薬禍の歳月サリドマイド事件50年」(第70回文化庁芸術祭大賞、第41回放送文化基金賞・最優秀賞)、ETV特集「ペリーの告白~米国防長官・沖縄への旅~」(第55回ギャラクシー賞奨励賞)、NHKスペシャル「空白の初期被ばく 消えたヨウ素131を追う」(第56回JCJ賞)など。NHKスペシャル「〝冤罪〟の深層~警視庁公安部で何が~」で第74文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。著書に『原発事故 最悪のシナリオ』(NHK出版)、共著に『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(講談社)がある。

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