警視庁公安部が出した結論は、大川原化工機が輸出した噴霧乾燥機は、生物兵器に転用しうる、というもの。だが、その根拠になった実験・手法は、大川原社にとっては想定外のものだった――。前代未聞の冤罪事件はなぜ起きたのか。権力の暴走はなぜ止まらなかったのか。NHKディレクターによる渾身のノンフィクション『冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件』から一部抜粋してお届けします。

しかし、公安部は違った見解を持っていた。
公安部は、社長らの逮捕に至る3年前(2017年春)から、大川原化工機に狙いを定め、内偵捜査を開始していた。直接のきっかけとなったのは2017年3月、輸出規制に関する講習会に参加した警視庁の捜査員が、そのセミナーの講師を務めた人物(経産省非常勤職員)へのその後の聞き取りで、大川原社の輸出管理に疑念があるとの情報を得たこととされている。
公安部はこの情報を端緒に、噴霧乾燥機を製造する同業他社や、そのユーザー企業、細菌学の研究者など、多くの専門家らに意見を聞き、「滅菌又は殺菌」という言葉の定義や機械の性能について、情報を収集、整理を進めていった。
そして捜査開始から半年後には、企業や大学などの協力を経て、機械内部の温度計測や、細菌の殺滅試験などを始めた。結果、行き着いた公安部の結論は、大川原社の噴霧乾燥機で、特定の種類の菌については殺滅できるというものだった。
その際公安部が目をつけたのが、機械に元々備わる熱風を送り込む機能である。噴霧乾燥機は、液体を乾燥させるため、電気ヒーターで生じさせた熱風を使う。このヒーターを出力限界近くまで稼働させれば、250度以上の熱風を機械内部に送り込むことができる。これを長時間継続させれば、機械全体の温度も上昇、内部に残った菌を殺滅できると考えた。
2017年の後半には、公安部は、機械の内部数カ所の温度測定実験を行い、そこでは110度を超えて加熱できることを確かめた。そして、同時期に行われた別の実験では、特定の菌を110度を超える環境にさらし続ければ完全に殺滅できるという結果も、公安部は得ていた。
この、いわば噴霧乾燥機の「空焚き」で内部の菌を殺滅するという手法は、大川原社にとっては想定外だった。元々、噴霧乾燥機は、そうした高熱に耐えうるように設計されていない。出力限界に近い熱風を長時間送り込めば、機械が破損する可能性も考えられた。過去に「空焚き」による「滅菌殺菌」が可能だとして、問題となった機械を販売したこともない。
もし「滅菌殺菌」できる機械として売るならば、機械メーカーとすれば、その性能保証を徹底して行わなければならない。「滅菌殺菌」できるとして売りながら、実際はできないとなれば、信用に関わるからだ。それには機械隅々の温度を測定し、本当に菌を殺滅できるか確かめることが必要だが、大川原社では、そうした実験を行ったこともなかった。想定外の殺滅手法を突然公安部から提示され、「不正輸出」だと言われたというのが、会社側の実感だった。
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冤罪の深層

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