生きているものがいつか死ぬのは当たり前のことなので、そのことに深い意味を見出さないようにして生きてきました。そうじゃないととてもじゃないけれどこの場所に立っていられないから。
人間は死ぬ。それだけが平等だと誰かが言っていたけれど、生きていた長さやその間の喜びや苦しみの不平等を考えると、とてもじゃないけれど首肯できません。繊細過ぎるあなたと凡庸なわたしの生きづらさが同じだとはとても思えないから。
随分長く会っていないけれど、あなたの線の細さを、心根の優しさを、陰のある明るさを、その存在のあまりの痛々しさを、はっきりと覚えています。
あなたのことが大好きでした。
大好き、と書きましたがちょっと違ったかもしれません。でもあえてそう言わせてください。本当は「憧れていた」が一番近い感情なのだけれど、わたしはあなたに「憧れるって言葉を使う人が苦手なんだよね」と言われたことをずっと覚えているので、その言葉を使うことはできません。わたしはあなたになりたかった。あなたのような自分になれたらどれだけいいかと考えながら、若い時期を過ごしました。
こんなふうに書くとまるでわたしがあなたとものすごく近かったように思う人がいるかもしれません。でもそんなことはまったくなくて、わたしはあなたと、ある一時期、一本の映画を作るときに出会い、食事をしたり話したりお酒を飲んだり騒いだりしたというだけの関係です。あなたは気さくだったので誰でもあなたを友達だと錯覚することができそうでした。でもわたしはとても自分をあなたと並列に考えることができなかったから、ずっとあなたを「友達」と呼ぶ人たちに嫉妬していました。でも何でもない顔をしていました。表現者としてのあなたに焦がれすぎて、上手く付き合えたかどうかも分かりません。作品もすごかったけれど現実のあなたはもっとすごかった。職業柄、多くの天才や変わり者や尖った人や繊細な人に会いましたが、その誰も、あなたにはかなわなかった。
わたしにはとても大切にしている映画があって、あなたもその人の映画を大切にしていたから、話す言葉は少なくとも共通言語があるような気持ちに(勝手に)なっていました。
ある理由から、今年、絶対にあなたと会うことになるのだと思っていました。亡くなってるなんて知らなかった。嫌われても苦手だと思われても、もっともっと連絡をすればよかった。
あなたに会いたかったし、会えなくてもいいから元気でいて欲しかった。
わざわざ亡くなった人のことを書いてSNSにアップするのはどういう心情なのだろうとずっと思っていました。人の死を悼むなら一人で静かに、あるいは共通の知人たちの間だけで追悼すればいいことなのに、と。
でもわたしも歳を重ね続け周囲の人が少しずつ少しずつ鬼籍に入る中で、考えも変わってきました。
SNSの海に投げ込まれた言葉はずっと消えないはずだから、その人が存在したということを、ここに確かにいて、愛されていたのだということを記しておくというのはとても大切なことだと思うのです。
だから、わたしもここにこうして記しておく。
魚喃キリコさん。あなたにずっと憧れてました。
あなたの作品内に一度だけわたしを描いてもらえたこと、嬉しすぎて誰にも言えなかった。
あなたと一緒に作品を作れたこと、永遠に誇りに思います。
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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。














