昨今、家族葬が増え、孤独死・無縁死、無縁墓の増加や墓じまいの高額な離断料が問題になり、人々は葬式と墓と遺骨を持て余していることを明らかにする、宗教学者・島田裕巳氏による『無縁仏でいい、という選択 も、墓じまいも、遺骨も要らない』が話題です。長寿が変えた日本人の死生観――その最前線とは? 「第3章 無縁仏にまっしぐら」より一部を抜粋してお届けします。

縁の切れた年配者の遺骨は無縁遺骨になる
若い世代の単身世帯であれば、将来結婚する可能性もあり、家族との縁も切れてはいないだろう。
だが、年齢が上の世代になれば、たとえ家族はいても、離婚など様々な理由で縁が切れてしまっている。縁が切れたからこそ、単身世帯で暮らしているとも言えるのだ。
こうした場合、さらにその後に生じる問題がある。遺骨をどうするかである。
そのことについて取材したのが、『朝日新聞』に2022年12月から翌年6月にかけて連載された「『無縁遺骨』を追う」のシリーズだった。
これは、2023年9月から10月にかけて同紙に連載された「大名家の墓じまい」とあわせて、森下香枝著『ルポ無縁遺骨 誰があなたを引き取るか』(朝日新聞出版)として刊行された。森下は、取材にあたった朝日新聞の記者である。
私も、その連載が続く中で取材を受けたが、単行本の第4章は「増える無縁遺骨」と題され、引き取り手のいない無縁遺骨が増加している実態がルポされている。
具体的な取材対象となったのは、全国の自治体の中でも、無縁遺骨の引き取りが多い大阪市平野区の南部にある市立瓜破斎場だった。そこには火葬炉が30炉もあり、これは全国で2番目の規模を誇る。
2023年9月下旬の夕方、その火葬棟の正面玄関に一台の霊柩車が到着した。棺を担ぐのは葬儀社の男性と火葬場の職員の2人だけで、遺体の引き取り手がいないケースだった。
火葬場が混み合うのは昼間の時間である。多くの人がその時間を希望するからだ。そのため、遺族に引き取られない遺体は、朝早くか夕方に火葬場に運び込まれる。空いた時間に火葬するわけだ。
瓜破斎場は、部分拾骨である。火葬された後、頭骨や背骨、骨盤、手足などだけが骨壺に入れられる。
瓜破斎場では、小さな骨壺に納められた無縁遺骨は、火葬場の裏にある遺骨保管室に安置される。『ルポ無縁遺骨』には、保管庫の写真も載せられている。そこには高さおよそ2メートルのステンレス製のキャビネットが6台置かれ、それぞれが8段に分かれていて、およそ2000個の骨壺が並んでいる。骨壺には4桁の整理番号と氏名、火葬日、取り扱い葬儀業者の名を記した紙のラベルが貼られている。
その中に、本人の名前や本籍地がわからない行旅死亡人は見当たらない。骨壺は1年間そこに保管されるが、連絡してそれを引き取りに来る親族は年に数人だという。その後、引き取り手が現れなかった遺骨は、阿あ倍べ野の区くにある大阪市設の南霊園みなみれいえんにある無縁堂に移され、そこで無縁遺骨として合祀される。他の遺骨とともに葬られるのだ。
2023年の大阪では死者の10人に1人が無縁遺骨に
1990年に南霊園の無縁堂に安置された遺骨は336柱だった。それが2021年には2767柱に増え、2022年は3149柱、2023年は3408柱となり、この間に10倍以上に増えていることになる。
大阪市の死亡者は、2023年で3万4620人であるから、10人に1人は無縁遺骨になったことになる。今後も、その数や全体に占める割合は増えていくものと予想される。
これはもちろん、大阪市だけのことではない。『ルポ無縁遺骨』では、神奈川県横須賀と東京都足立区でも取材している。
横須賀市には無縁者のための納骨堂がある。コンクリートで固められた四角い部屋には、やはりステンレス製の棚があり、そこに骨壺が並んでいる。
江戸時代、横須賀市の一部は浦賀と言ったわけだが、そこには村が管理する無縁者の納骨堂がすでにあった。平成の時代になって、海軍墓地のあった馬門山墓地に、市は新たに合葬墓を作ったが、そこも満杯になった。そこで、2018年には浦賀と馬門山を閉鎖し、一部を新しい納骨堂に移し、残りは供養した上で残骨灰処分事業者が処分した。この残骨の処分ということも興味を引かれるところで、それについては第5章で述べることにする。
以前なら、そうした納骨堂に納められるのは身元のわからない行旅死亡人だった。ところが、今では9割以上身元が判明している。にもかかわらず、引き取り手がいないのだ。
横須賀市の人口は約40万人で、無縁遺骨は累計で1800柱に及ぶ。2002年頃から増えてきたという。
一方、足立区の場合、総人口約69万人のうち、65歳以上の高齢者が約17万人に達している。高齢化率は26・0パーセントで、これは東京都の平均高齢化率24・2パーセントを上回っている。それが無縁遺骨の多さに結びついており、区では毎年2月、区内で亡くなった行旅死亡人などの追悼式を、区長や関係部署の職員が参加して行っている。
ただ、足立区でも、身元のわからない行旅死亡人は激減し、9割以上の身元が判明している。
足立区の無縁遺骨は2019年には82柱だった。それが、2020年には134柱、2021年には138柱、そして2022年には152柱にまで増えた。これは東京23区で最多の数になる。
足立区で無縁遺骨があった場合、契約している寺に5年間預けて保管する。それでも引き取り手が現れなければ、その寺の無縁墓に合祀する。
すでに紹介した総務省による「遺留金等に関する実態調査結果報告書」では、全国の自治体が保管している無縁遺骨の数についても調べている。
2021年10月末の段階で、行旅法によるものが6055柱、墓埋法によるものが1万9331柱、生活保護法によるものが3万4462柱で、総計は5万9848柱である。
このうち、行旅法によるものは、身元がわからないということになる。残りの、およそ5万4000柱は、身元は判明しているものの、引き取り手のいない遺骨になる。
調査では、2018年3月末と、2021年3月末の時点での数についても示されている。2018年では、行旅法が4766柱、墓埋法が1万5283柱、生活保護法が2万5429柱で、総計4万5478柱だった。
それが、2021年3月末では、それぞれ、5485柱、1万9050柱、3万2210柱で、総計は5万6745柱だった。
2018年3月末と2021年10月末とを比べると、1万4000柱以上増えている。また、2021年の3月末と10月末を比べても、わずか半年の間に、3000柱以上増えている。無縁遺骨は相当の勢いで増加しているのである。
無縁仏が増える時代、子孫が祖先を供養する必要はあるか
無縁遺骨は、誰も引き取り手が現れず、自治体によって保管されているだけなので、実質的に無縁仏である。孤独死を遂げれば、無縁遺骨となり、結局は無縁仏になるのだ。
孤立死ではなく、すぐに死んでいることが発見されたとしても、単身世帯で家族との縁がすでに切れていれば、やはり無縁仏になっていく。
もちろん、墓を守る人間がいて、無縁仏にならないこともあるだろう。だが、その数は減っている。時代がさらに進めば、墓じまいも増え、永代供養墓に納められることで、実質的に無縁仏になっていくに違いない。私たちは、無縁仏になる道をまっしぐらに進んできているのだ。
今や、墓を終の棲家と考えることは、根本的に無理である。墓ブームが去っただけではない。墓の時代そのものが終焉を迎えているのである。
そもそも、自分が死んだ後、子孫が供養をし続けるということをイメージできなくなっている。孫の顔なら知っているだろうし、今だと、曽孫の顔を見てから亡くなる人も多くなった。だが、その先となると、この世で会ったことのない子孫になる。そんな子孫が果たして自分を供養してくれるものだろうか。その必要はあるのか。それは逆も言えるわけで、何代も前の祖先を供養する必要はもうなくなっている。
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続きは、『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』をご覧ください。
無縁仏でいい、という選択

長寿が変えた日本人の死生観――その最前線の考察。












