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ジジイの細道

2025.12.29 公開 ポスト

馬鹿が少し治ったかもしれない大竹まこと

大竹まことさんによるエッセイは、今回は13回目。

今年も早いもので、ゆく年くる年に思いをはせる――そんな時期になりました。みなさんはどんな年末年始をお過ごしでしょうか? お休みの方も、お仕事の方もいらっしゃるとは思いますが、大竹さんは鈍器本とともにお正月を過ごされるようです。

来年は午年。「百万馬力で健やかに駆け抜けられますように」「何事もウマくいく年になりますように」そんな願いを込めて、今年最後のエッセイをお楽しみください!

*   *   *

久しぶりに読書である。
2005年に『土の中の子供』で芥川賞をとった中村文則(なかむら・ふみのり)さんの『彼の左手は蛇』を読む。

 

仕事を離れて読む本は楽しいのだけれど、近頃あまり読んでいない。
本の帯に「これはテロの書だ。誰も読んでは——」とある。——ところは「いけない」の文字があるのだろう。
誰も読んではいけない。挑戦的で気になった。

男が仕事を辞め、女性と別れ、3ヵ月が過ぎて蛇神話のある町に越してきたところから始まるのだが、彼の行動、過去、子どものときの幻想などが重なり、うまく読めない。
本は最後まで面白く読んだのだが、どうも59ページまでは頭の整理が追いつかないのだ。
「仕方ない」
私はまた、最初のページに戻った。

自分の能力の限界を感じつつ、59ページまでを読み返す。
しかし、まだわからない。
次の日、また59ページまでを読み返す。
私は今までこんな読み方をした記憶がない。読めない本は、みな途中で投げ出してきた。
ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』も、吉本隆明『共同幻想論』も。数え始めたらきりがない。
59ページまで3回読んで、大体ではあるがやっと流れがわかってきた。

中年の男がまだ乳母車に乗るほど幼かったころ、一人の通りすがりの僧侶に指をさされ、——これは蛇だ。焼き殺したほうがいい——焼いて殺し、骨は壺に入れ、深く埋めるといい——

ここから先、赤子は僧侶の仮宿となった古寺に天上から蛇となって忍び込み、会話をする。
この流れがつかめなかったのだ。

僧侶は続けて、
——そしてお前が14歳になったとき、お前は女を飲みたくなるだろう——
小さいころ、自分は人ではないと思っていた。中年の男の過去は、現実と夢、幻想が重なって、私を迷路に誘い込んだ。

三度も読まねば理解できない自分の脳に辟易しながら、楽しい時間が過ごせた。
中村文則さんは時代の中にいる作家である。この本の背景にも、時代のエキスが多く感じられる。
時事に精通し、物を申す作家でもある。
彼の新聞コラムでは、「防衛費を上げれば日本はさらに貧しくなり、ストレスの矛先を中国に向け、憎悪で盛り上がり、さらに防衛費を上げ貧しくなる」とあった。
同感である。

机の上には、あと2冊本がある。
一つは、せきしろさんの『そんな言葉があることを忘れていた』。もう1冊は高橋源一郎さんから送っていただいた『ぼくたちはどう老いるか』で、せきしろさんの本をペラペラをめくる。
又吉直樹さんが帯を書いている。「自由律俳句の道標として後世まで残り続ける」とある。
自由律俳句。もう何冊も本を書いている。私は知らなかった。

——無言続き春の音が良く聞こえる
——雪で柵が曲がって春
——五月雨の向こうに辞めたバイト先が見える

どれも心が和んで小さく笑った。
俳句を自由にかたちにとらわれない五七五であらわせない言葉。

1ページに1行。紙の無駄をものともしない清々しさ。本への挑戦みたいでおかしい。
余白をメモに使いたいくらいだ。

高橋源一郎さんの本は、哲学者・鶴見俊輔が「老い」に向き合った『もうろく帖』を軸に、一生懸命、やさしく、わかりやすく書いてある。
五体はすべて衰えていく。老後をどう楽しく生きるのか。
鏡の中の男を見て、はて、この老人は誰かと問う。まぎれもなくそれは自分で、その皺だらけの顔に驚く。

どんなに年をとっても、死んではいない。死んだ人からはそれまでの表情が消える。
癌と闘い、苦しい入院生活を続けた父の顔には苦しみが滲んでいたけれど、亡くなったあとにはそれがすっかり消えてただ顔がある。

もう一度、鏡を見る。老いてはいるが、ぼくはまだ「ぼく」でいる。
「老い」はぼくを少しずつおおってゆくが、まだ「ぼく」はそこにいる。
鶴見さんが残した言葉、
「今ここにいる。
ほかに何をのぞもうか。」
言葉の真意がつかめない。私にはもう少し時間がかかるかもしれないが、この先のある日、膝をポンと叩く日がやってくるかもしれない。
これも76歳になる私の楽しみだ。静かに考えて、時を待とう。

いろいろ読んで、馬鹿が治ったかもしれない。その錯覚が嬉しい。
しかし、まだ難題が残っている。

この秋から私のラジオ(大竹まこと ゴールデンラジオ!)は3時間半に延長されたが、その前の時間を武田砂鉄さんが3時間半、月~木で担当することになった。
朝8時から11時半まで、砂鉄さんはコラムニストで月20本もの連載を抱え、金曜日はTBSラジオのレギュラー「武田砂鉄のプレ金ナイト」も持っている。

対談や書評、いろんな仕事をこなしている。私は、人には否応なく推される時期があり、それには率直に乗るべきだという持論を持つが、たぶん砂鉄さんもこの流れに逆らわずに乗ったのだろう。
朝、妻と二人でいつも聞いている。面白い。
その砂鉄さんが、今年の3冊に選んだ本がある。そのうちの1冊が小林篤さんの『see you again』である。中学2年生の少年の自殺を追究したドキュメンタリーと聞いている。

小林篤さんは70歳を越えているが、本は過去に2冊しか出していない。
その2冊のうち一方は、『足利事件 冤罪を証明した一冊のこの本』である。
『see you again』は通称、鈍器本と呼ばれていて、その厚さが人も殺せるほどだと言われている。
厚さ5センチ越え、ページにして924ページ強。

砂鉄さんの勧めにより、妻はこの本をkindleで購入し、あっという間に読んでしまったという。
「すごかった」と妻が言う。
「あなたも読むか」と聞かれ、私が生返事をしているうちに本がAmazonで自宅に届いた。
重い。厚い。
この正月休みは本と過ごす。果たして、私に読めるだろうか。

鏡を見る。そこには皺だらけの老人の顔が映っている。
私である。しみだらけの私の顔である。

編集者の赤字を確認する大竹さん。いつも生意気な指摘ばかりですみません…!
こちらは後ろから。真剣な様子が伝わってきます

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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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