「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。
今回は、12年ぶりの新刊『狼少年ABC』を刊行された、梓崎優さんにお話をおうかがいしました。
(小説幻冬2025年12月号より転載)
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デビュー作『叫びと祈り』が本屋大賞にノミネートされ、第二作『リバーサイド・チルドレン』が大藪春彦賞を受賞、大注目の新鋭と騒がれた梓崎優さん。だがその後刊行が途絶え、第三作となる『狼少年ABC』は実に十二年ぶりの新刊だ。
「公私ともに忙しくなったことと、いくつか原稿は書き上げたのですがブラッシュアップが足りないという自覚があって。しっかり完成したものを世の中に送り出したいと思い、焦りに潰されないように自分に言い聞かせていました」
新作は四つの季節が舞台の四篇を収録。二篇が書き下ろしで、「スプリング・ハズ・カム」はアンソロジー『放課後探偵団』に寄稿した春が舞台の中篇で、「美しい雪の物語」は雑誌「ミステリーズ!」にプロトタイプを寄稿した、常夏のハワイが舞台の中篇だ。
「『スプリング~』は高校時代を振り返る話だし、『美しい~』は少女が主人公なので、残りの二篇も若い主人公の話にしたら四つの季節で本にまとまると思いました」
謎解きはもちろん、謎が解けた時に、主人公たちのそれまでの来し方と行く末が浮かび上がる。実にエモーショナルな作品集だ。
「『叫びと祈り』と『リバーサイド・チルドレン』が殺人を扱った直球の本格ミステリーだったので、今作は違う毛色のものにしました。十代を主人公にするとなると、謎が解けて真相に驚いて終わるだけでなく、謎が解けたことによって、主人公たちの世界や未来が少し変わるようにしたほうが、物語がきれいに閉じる気がしました」
巻頭は「美しい雪の物語」。少女がハワイの叔父の家で古い日記を見つける。書き手は休暇中の青年で、ひとりの女性と出会い恋に落ちるが、戦争が起きて軍に戻らなければならなくなるところで日記は終わっている。少女は二人が再会できたのか、謎を解こうとする。
「日記の続きを知ることはできるのかというアイデアがありました。それと、自分が十代の頃、今も世界で戦争があると知り、自分のいるのは閉じられた世界で、外に本当の世界が広がっている感覚をおぼえて。それで作中の日記も戦争が起きて途絶えた、ということにしました。『ミステリーズ!』に載せたプロトタイプからだいぶ改稿して、探偵役も替わっています」
二篇目は「重力と飛翔」。高校で席が隣だった生徒が事故死。主人公は通夜の席で、故人の姉から不思議な写真を見せられる。
「これが最後に書いた話ですが、十代の子たちがリアルタイムで死に直面した時にどういう感情が生まれ、そこからどういう物語が生まれ得るのかと考えました」
三篇目が表題作の「狼少年ABC」。カナダの森で狼の生態を調査するフィールドワークにきた大学生たち。ひがな一日森を眺めるなか、ひとりが「昔、喋る狼に会ったことがある」と言い出す。
「社会に出る一歩手前にいる大学生の話にしたいと思って。彼らはモラトリアムの終わりから逃げようとしている。どうせ逃げるなら最果てまで行くのがいいと、カナダの原生林に行かせました(笑)」
最終話は「スプリング・ハズ・カム」。高校卒業から十五年後の春、同窓会でタイムカプセルを開くと、そこには匿名で、卒業式で起きた放送室ジャックの犯行声明が。元放送部員たちは当時の状況を再検討する。
「学園ミステリーのアンソロジーに寄稿したものですが、テーマが“放課後”だったので、いつまでが放課後かなと考えたんです。それで、同窓会って放課後だよな、と。同窓会に行くと学生時代の感覚に戻るし、当時と今が地続きだと実感しますし」
どの中篇も、主人公たちの繊細な心の揺れが染み入る。深い余韻が残される上質な作品集だ。
「ようやく出せてほっとした部分もありますし、再デビューみたいな感覚もあります。また一から読者さんに手に取っていただけるようになるといいなと思います」

好きな本の印象的なフレーズに選んだのは宮部みゆきさんの短篇集『返事はいらない』所収の「ドルシネアにようこそ」から。
改札を抜ける。そこの伝言板いっぱいに、親しみやすい丸い文字で、大きくメッセージが書かれていた。
ドルシネアにようこそ、と。
『返事はいらない』宮部みゆき著(新潮文庫)内「ドルシネアにようこそ」より
「高校生か大学生の時に読み、多幸感が得られる本だなと思って。どれも登場人物たちのバックボーンやこの先が見えてくるんですよね。特に『返事はいらない』と『ドルシネアにようこそ』は折に触れて読み返しています。後者は東京の虚像が露わになるけれど、空しいといって終わるのではなく、そこからもう一歩先にいくところが好きです。今回読み返してみて、『狼少年ABC』の四篇は、こういう世界観を目指した部分があったかもしれないなと感じました」
取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。











