側溝男と都市構造

私は今、神戸の街に来ている。
神戸と聞くと、私の頭にはまっさきに「側溝の街」というイメージが浮かぶ。もちろん一般にそんな評価はない。だが、ある事件の印象があまりにも強く、その土地と切り離せなくなっているのだ。
2023年9月、神戸市の路上で、無職の男(当時36歳)が側溝内で四つん這いになって潜っているところを現行犯逮捕された。男の逮捕はこれで3回目で、いずれも側溝内に潜り、通行人の女性のスカートの中を覗くという犯行だった。
彼の初犯は、2013年6月。道を歩いていた女性が、ふと側溝の中を覗くと、人の目が見えたため110番通報したという。男は取り調べの際、「多いときで年間80回ぐらい側溝内に入った」と供述。約5時間にわたり寝そべっていたことが明らかになった。さらに、「生まれ変わったら道になりたい」という言葉を残している。
2回目の逮捕は、2015年8月。通りがかった女性が、側溝の鉄ぶたの隙間から髪の毛のようなものが出ていることに気づき、ウィッグが落ちていると思って近づいたところ、中にいる男と目が合ったため、110番通報したという。
2015年から2023年の間に8年のブランクがあるが、一度は本気で止めようとしたのか、あるいはコロナ禍で外出自粛していたのかもしれない。いずれにせよ、彼は3回逮捕されるまで止められなかったということだ。
さて、私が神戸に来た理由は、この男に会うためではない。
兵庫県加東市で行われる「加東市公募美術展」写真部門の審査員を勤めるため、前乗りして神戸の街にやってきたのである。
時間を持てあまし神戸の街を彷徨っていると、気づけば私の足は自然と側溝のほうへと向っていた。
もしも男が潜っていたら……そんな不安を胸に、約1年ぶりに犯行現場となった側溝の中を覗くと、そこはもぬけの殻だった──。
側溝の場所を説明する前に、私は3回目の逮捕の際、彼の裁判を傍聴しているので、まずはその内容について触れておきたい。
2024年1月、神戸地方裁判所で開かれた第二回公判である。
男は、逮捕・起訴されていたが拘留はされておらず、この日は傍聴人と同じく外の入口からやってきて、被告人席に座っていた。
年のわりに白髪が多く、白髪染めの一部が落ちたのか、黒白茶の毛がまだらに混ざっている。体型はずんぐりむっくりで、メガネとマスクのため顔ははっきり見えないが、36歳にしてはだいぶ老けて見えた。
一体なぜ、彼は側溝に潜るようになったのか。そのルーツは学生時代に遡る。
曰く、中学2年のときに友達と探検ごっこをしていて側溝内に潜り、ふと上を見上げると、通りかかった女性のスカートの中が偶然見えてしまった。これが性と結びつく最初の体験となり記憶に刻まれ、以降、側溝内に潜ることを繰り返すようになったという。
もっとも彼自身、やめられないことに悩んでもいた。
「みなさんだったら、そういうことをしたくなっても自制できるのに、ぼくはそれができない。そこが、おかしい点だと思う」
と、被告人質問で答えている。
また、彼は側溝に潜るだけでなく、浅い側溝のグレーチングの下にスマートフォンを設置し盗撮もしている。通りかかった女子高生がそれに気づき、落とし物として交番に届けたところ、録画モードになっていたため捜査が始まったのだ。
つまり彼は、警察にマークされていることを分かっていたにもかかわらず、側溝に潜り続けていたのである。
これについて問われると、
「どうしても我慢できなくて、『俺なんかもうどうなってもいいや』と自棄になり、『警察に見つかってもいい』という気持ちで潜っていました」
と答えている。
逮捕される恐怖より、側溝に潜りたい気持ちが勝ち、さらには自傷行為的要素も重なっているように見える。
逮捕後は精神科に入院したようだが、うつ病の治療が主で、性倒錯の専門家には当たっていないという。もっともその分野のプロフェッショナルは、日本にも数えるほどしかいない。兵庫県となれば一人もいない可能性は高く、これは仕方がないともいえる。
ところで、この事件において特筆すべきは、犯行現場が3回とも神戸市にある同じ側溝ということだ。つまり、彼にはお気に入りの側溝があるのである。
私は裁判傍聴後に、地元の案内人T氏の協力を得て、実際にその側溝を視察しに向かった。
最寄り駅は、山のふもとに位置するJRの某駅。改札を出るとすぐに傾斜の続く坂道が伸びており、その先に私立の女子大と、女子中・高がある。彼の「お気に入り」の側溝は、まさにその女子学生たちが日々往復する通学路沿いにあった。
現場を見て、私は思わず息をのんだ。

側溝といえば、通常は道の脇に細く続いているものだが、ここには「入口」と呼ぶべき開口部があり、道路の中央までトンネルで繋がっている。


このトンネルを奥へと進むと、道路中央にある鉄ぶたから地上を覗ける構造になっているのだ。


男はこうして道路中央の側溝内に寝そべり、さらに2メートルほど先のグレーチング内にスマートフォンを置いて盗撮していたのである。

私はこの日、視察のために側溝に入ろうと考えていたが、実際に中を覗きこむと、閉所恐怖症であることを思い出し、即座に断念した。
かろうじて人は入れるかもしれないが、あまりにも狭い。その上、一方通行だから、前には進めても帰りはバックして戻らなければならない。途中でつっかえて身動きが取れなくなる危険性もあるし、急な夕立に遭えば水没するかもしれない。
男は、あらゆるリスクを冒し、この狭い空間に何時間も潜んでいたのだろう。
一方で、私が現場にいる間にも、下校中の女子生徒たちが、グレーチングや側溝の鉄ぶたの上を次々と通過していった。全校生徒がこの道を利用することを考えれば、約5時間にわたり潜っていたことも頷ける。
「生まれ変わったら道になりたい」という言葉通り、ここにいれば「道」になれる。彼がこの場所を見つけてしまったことは、「幸い中の不幸」としか言いようがない。
続いて私は、彼の実家がある街を歩き、原体験となった「探検ごっこで潜った側溝」のある公園を探すことにした。地元の案内人T氏によれば、このあたりは駅を中心にして、山側と海側があり、山側は高級住宅街だという。男の実家は、海側に位置していたが、それでも比較的家柄のよいエリアのようだ。
裁判では、公園の名前までは明らかにされておらず、また実家の住所は現在のもので、中学生のころに同じ家に住んでいたかまでは分からない。したがって、この探索はあくまで推測の域を出ない。付近にある比較的大きな公園をGoogle Mapsで探して訪れただけだ。
にもかかわらず、私はここでも衝撃を受けることになった。
なんと、あてずっぽうで訪れたその公園は、公園全体が側溝で囲われていたのである。


しかも、公園の入り口からして、側溝の上を通る構造だ。

なるほど、これなら子どたちがかくれんぼで側溝に潜る可能性は高い。上を見上げたら、スカートの中が見えたという状況も容易に想像できる。
公園そのものは視界が開け、防犯上も死角のないつくりをしているが、側溝は盲点だったようだ。
こうして、側溝男ゆかりの地と思しき場所を歩き回ったのだが、周囲を注意深く観察しているうちに、私はある重大な点に気がついた。それは、神戸の街には側溝が多いということだ。
繁華街や住宅街、至るところに側溝があり、家の玄関のすぐ前が側溝という光景も珍しくないのである。



また、そのサイズも東京都とは比べ物にならないほど大きい。中には、側溝の入り口に柵が設置されているものもあり、まるで人の侵入をあらかじめ阻止しているかのようだ。

この発見を、地元の案内人T氏に伝えると、彼は鼻で笑いながら言った。
「いやいや、側溝なんてどこにでもあるでしょ」
どうやら地元民は、地元民ゆえにこの異様さが分からないらしい。
私は東京出身なので東京との比較になってしまうが、都心では側溝などそう見かけるものではない。また、サイズもせいぜい猫が通れるレベルである。
それに対して神戸は、六甲山系の山並みに囲まれ、山から流れる雨水を側溝で受け止めて海へと導いている。その地形ゆえ、側溝も巨大で存在感があるのだろう。
この点こそ、側溝男を生みだす大きな要因であることは間違いない。
過密都市東京では、性倒錯者といえば痴漢だ。それは、満員電車という「箱」が存在するからである。もしも世の中に満員電車がなければ、痴漢は激減するだろう。
つまり、東京人にとっての満員電車が、彼にとっての側溝なのだ。まさに、「そこに山があるから」の理論である。
人が性倒錯者になるとき、その行為は必ず都市構造と結びつけられる。この発見だけでも、現場を見た甲斐があったと感じた。
それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。










