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棺桶まで歩こう

2025.11.30 公開 ポスト

「一人のほうが、むしろ幸せに死ねます」─緩和ケア医が語る、“孤高死”という最期のかたち萬田緑平(在宅緩和ケア医)

不健康寿命が延び、ムダな延命治療によってつらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がる今、「長生きしたくない」と口にする人が増えています。先行き不透明な超高齢化社会において、大きな支えとなるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために、何を選び、何を手放すべきか。本書から、一部をご紹介します。

*   *   *

一人暮らしのほうがむしろハッピーに死ねます

僕は在宅緩和ケアを専門としているので、ある質問をよく受けます。

「やっぱり家族がいないと在宅ケアは難しいですよね」

僕はこう答えます。

「いえいえ、そんなことはありません。むしろ一人のほうが楽なことが多いですよ」

なぜなら、「あれはダメ、これもダメ」と口をはさむ家族がいないからです。「病気を治すためなのだから、がんばって」と家族から食事は制限され、好きなお酒やタバコは禁止、スポーツや外出もダメ……。これでは病院にいるのと一緒です。家族の心配な気持ちはわかるのですが、「身体の健康より心の健康」を考えましょう。

我慢ばかりしていると、心の状態がどんどん低下していってしまいます。

僕たち在宅緩和ケアの人間にとっても、一人暮らしの高齢者はある意味簡単です。もちろん家族がいれば、安心だし幸せでしょう。でも、足を引っ張る面もあるのです。

家族がいると、本人と家族との希望の間で、僕たち医療者が板挟みになることもよくあります。けれど一人暮らしだったら、本人の希望だけを聞いてあげればよいのです。

訪問看護師、ヘルパーなどのケア体制ができあがれば、家族のいない一人暮らしのほうが、よほど本人が望むように暮らせるのです。

そして、僕の至った結論は「人は一人のほうが、穏やかに最期を迎えることができる」というものです。もちろん、家族が理解して、楽な死に方をした人もたくさん見ています。

特に萬田診療所に家族と来られた人は、もうそれだけで幸せです。その時点で本人の希望が優先、尊重されているからです。僕は「良かったね、楽なコースだね」と声をかけます。けれど楽なコースにたどり着く人は、やはりまだまだ少数派です。

「孤独死」ではありません、「孤高死」です

それでも「でも家で一人、孤独死なんて……」と言う人もいるでしょう。「孤独死」のイメージといえば、散らかった部屋で一人逝き、何日も見つけてもらえず、変わり果てた姿で発見され……。

だいたいメディアの伝え方も、興味本位でセンセーショナルすぎます。有名な俳優さんが自宅で亡くなりました。死後何日かたっていたからといって、それを「孤独死」と断じて報じるのは失礼だと思います。

そもそも「孤独死」とはなんでしょうか。家で一人で立派に亡くなったのですから、「孤高死」と呼ぶべきではないでしょうか。一人で亡くなっていった方は、身寄りがない「天涯孤独型」、子どもとの同居を拒む「孤高型」、身内や友人が通う「支援型」などさまざまですが、いずれにしても尊敬すべき「孤高死」だと思います。

とはいえ、かつては僕にもたしかに、「終末期の患者さんを一人で家に帰すなんて、とんでもない!」と思っていた勤務医時代がありました。一人暮らしの患者だと、病院側は「一人暮らしだから家には帰せません」と勝手に言うのですが、そういう人こそ病院にいると誰とも会えなくなるのです。むしろ家にいたほうが、近所の人がけっこう来てくれたりするものです。

僕の患者で、ご近所のアイドルのような人がいました。友だちも多かったのですが、やはり家族でないと病院にまでは会いに行きにくい。けれど、家に戻ったら、たくさんの友だちが訪れていました。

在宅緩和ケアの専門医、ソーシャルワーカー、ケアマネジャーらと連携して体制を整えたうえで、本人が自分の病気をきちんと受け止めていれば、一人で最期を迎えることは、それほど難しいものではありません。

実際に、僕も一人で暮らしながら、自宅で穏やかに死を迎えた人をたくさん見てきました。自宅療養が無理かどうかは、本人が決めるもの。本人が「寂しいから不安」と言うまでは「無理」ではありません。

100歳で、認知症初期の一人暮らしの女性がいました。意思表示はできますが、記憶は定かではなく、ベッドから動けない状態で退院しました。

一人暮らしですが、そのおばあちゃんの家に近所のおばさんたち、若い子たちがひんぱんに遊びにやってきます。性格がチャーミングだからでしょう、実は彼女は「ご近所のアイドル」だったのです。

ご近所の方々、歴代の民生委員の方々が、おばあちゃんの面倒を見ているとのことでした。貯金は少しあったので、昼間の介護はヘルパーさんにお願いし、夜は家政婦さんを雇って泊まってもらっていました。

退院して1週間後の早朝、家政婦さんとご近所のファンたちに見守られ彼女は息を引き取りました。大往生だったのではないでしょうか。

他にも80歳のがん患者の女性は、大好きな自宅で好きな洋服を着て暮らし、最期は苦しそうな表情も見せずに亡くなっていきました。

また、82歳のがん患者の女性は、「いい人生だったよ」という話をした5日後、静かに亡くなりました。

病院側が「一人暮らしは無理」と決めるケースが多いと思いますが、本人が「一人は無理」と言うまでは「可能」でしょう。

在宅緩和ケアが充実すれば、安心して一人で死ねます

85歳のウメさんは、娘さんはいましたが地元の群馬を離れており、一人暮らしでした。病院で余命1カ月と宣告され、「自宅で死にたい」という希望を娘さんも受け入れ、退院することになりました。

1カ月の宣告でしたが、退院すると、食べられたり食べられなかったり、歩けたり歩けなかったりしながら、いつの間にか半年がたっていました。ウメさんの希望は、「ぽっくり逝きたい。眠るように逝きたい」です。

僕は、ウメさんと娘さんに「セデーション」について説明していました。「セデーション」とは、終末期のがん患者さんが耐えがたい痛みや呼吸困難の苦しみに襲われた時、薬を使って意図的に意識レベルを落とすことで苦痛を和らげる医療行為を指します。

ある時、ついにウメさんの呼吸が苦しい状態になり、「先生、約束の薬、頼むよ。いいんだよ、もう目覚めなくても」と言います。

「娘さんに連絡するから、娘さんがいいって言ってくれたらね」と僕。もう一つの条件「娘がありがとうと言えていること」はクリアできています。

するとウメさんは、「大丈夫だよ、私がいいって言えば大丈夫だよ」と食い下がります。

僕の方針は「本人の好きなようにさせる」ですが、さすがにこれには抵抗しました。

「残された人のことも考えてあげてください。娘さんがかわいそうでしょ」

娘さんとはなかなか電話がつながらず、数時間たってようやく話すことができました。娘さんも了承し、薬を皮下注射……。

意識がなくなったかと思っていると、突然、

「安心したよ。先生」とウメさんの口が動きました。

「安心して天国にいってください。いってらっしゃい」

ウメさんは僕の手を握り続けていました。しばらくして、また口が動きます。

「先生、また会おうね」

「いつかまた、会いましょう」

「来月ね!」

「来月じゃ困るよ……。30年後にしてね」

「わかった」

これがウメさんとの最後の会話となりました。

ウメさんも見事ですが、ウメさんの意思を最大限尊重した娘さんもまた立派だったと思います。

ウメさんと娘さんとの間にしっかりとした信頼関係があり、「死」についてちゃんと話をしていたからこそ、です。

「一人暮らし=寂しいもの」ではありません。一人暮らしを楽しみ、最後まで自宅で生きたいと思っている高齢者はたくさんいます。施設に入るのを拒み、子どもたちに「一緒に暮らそう」と言われても、好んで一人暮らしをする方も少なくありません。

高齢になってから生活スタイルを変えることは、死ぬよりも怖いことなのです。そして一人で死ぬことは、決して寂しいものではありません。

ウメさんのような方の望みを叶えるためにも、在宅緩和ケアが広がる必要があると思います。

*   *   *

最期まで自分らしく生きたい方、また“親のこれから”を考えたい方は、幻冬舎新書『棺桶まで歩こう』をお読みください。

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棺桶まで歩こう

体力も気力も衰えを感じる高齢期。「長生きしたくない」と口にする人が増えています。
不健康寿命が延び、ムダな延命治療によって、つらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がっているからです。そんな“老いの不安”に真正面から応えるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために――いま何を選び、何を手放すべきか。
本書から、一部をご紹介します。

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萬田緑平 在宅緩和ケア医

「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。
群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から9年にわたり緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。現在は、自ら開設した「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最期まで目一杯生きる」と題した講演活動を日本全国で年間50回以上行っている。
著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)などがある。

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