1. Home
  2. 社会・教養
  3. 検事の本音
  4. 「罪を犯した我が子を許すか、拒絶するか」...

検事の本音

2025.12.04 公開 ポスト

「罪を犯した我が子を許すか、拒絶するか」――検事が見た"家族の残酷な現実"村上康聡(元検事・弁護士)

起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージのある検事。

取調室での静かな攻防、調書づくりに追われる日々――華やかなイメージとは裏腹の検事のリアルな日常と葛藤を、検事歴23年の著者が語り尽くす。『検事の本音』、その真意とは。本書より、一部を再編集してご紹介します。

*   *   *

罪を犯した我が子と対峙する親の二者択一

我が子が罪を犯したとき、両親ら家族の反応は、次の二つのタイプに分かれる。

罪を犯した我が子を受け入れるタイプと、拒絶するタイプだ。

私の検事としての経験からは、親のタイプとしては前者の方が多い。殺人事件など重大事件であってもだ。

前者としては、次のような思いがある。

「人間は誰しも間違いを犯すことがある、罪を犯した子ども自身が一番、悪いことをしたと罪を悔いているだろうから、親としては責められない。責めると、子どもの居場所がなくなってしまうから」

「子どもに何があっても、帰ってくる場所は家族のもとしかない。だから、親としては決して見捨てることはできない」

「もしかして、親である自分が子どものSOSに気づかず、あるいは子どもから悩みを打ち明けられても、その重さに気づかずにきちんと受け止めてやれなかったのかもしれない。ならば、自分たち親にも問題があるのではないか」

実は、このタイプの親が圧倒的に主流派なのである。

このこと自体は、皮肉ではなく被害者にとっても「幸いなこと」であるともいえる。なぜなら、このような子思いの親であれば、加害者である我が子が未成年、成人にかかわらず、被害者に対して生じる損害賠償金を最悪、親が代わりに負担する可能性が高いからである。

私自身、実際そういうケースを何度か担当したことがある。

本来は、加害者が成人ならば、民事的には親には被害者に対する損害賠償責任はない。損害賠償金にしても、親が我が子に代わって被害者に多額の支払いをする法的義務はない。

しかし、善良な親は罪を犯した我が子の窮状を放ってはおけないのだ。

受容型の親が抱える“限界”とすれ違い

このような親の姿を見るにつけ、良きにつけ悪しきにつけ、日本は家族の絆や責任を何より大切にする国柄であることが分かる。

ところが、肝心の子どもはというと、必ずしも親の心情を深く理解しているとは限らない。

親の過干渉は、うっとうしい、耐えられない。

これでまた、俺の人生を親が縛るのか。

俺の気持ちなど全く考えてなくて、自分たちの都合で自分たちの気持ちを一方的に押しつけているのが分からないのか、などと反発する。

それでも親は、子どもの再出発を信じたいのだ。

とはいえ、事態はそう単純ではなく、そういう親に限って、子どもが再び罪を犯したとき、意外にも子どもと縁を切るケースが多い。

親や世間との約束を、子どもが自分でにしたからだ。

立ち直るチャンスを与えたのに、それを活かせなかったのだから、子どもであってもあとは自力で生きていくのが当たり前と思うからだろう。

親として精一杯子どもの再犯防止のためにやってきたのに、親の心子知らずだと。

子も中途半端なら親も中途半端、それが今の日本の家族の現状といえる。

検事は、そんな親子の赤裸々な葛藤を日々、法廷で目の当たりにすることになる。

それが裁判ともなると、端には被告人の親が肩身の狭い思いをして座っている。

親といっても、大半は母親だ。

父親は仕事優先、会社優先で、家庭のことは職場に秘密にしておきたいから来ないのだろうと推察される。

裁判の間、母親は大抵、終始、うなだれて傍聴している。

こちらから見ると、まるで親自身が裁かれているような感じすらある。

その姿は、被告人となった我が子を受け入れるタイプであれ、拒絶するタイプであれ、ほとんど変わらない。

法廷で、母親は、弁護人の情状証人として被告人の今後の指導・監督を誓約する証言をする。

それに対して、検事の私は、被告人となった子どもに、「先程、お母さんがあなたのためにわざわざ法廷に来て証言しましたね。これを聞いてどのように思いましたか」と質問する。

被告人は、大抵、そのときは涙を流すなど感極まった表情で、「親には申し訳ないです。二度と家族を悲しませることはしません」と殊勝に言う。私も素直にその言葉を受け入れて、今の気持ちを忘れないでほしい、と心底願うものだ。

覚醒剤事件が突きつけた、家族の努力と崩壊

あるとき、覚醒剤使用事件の裁判を担当した。

被告人の男性は当時、覚醒剤使用事件で裁判を受け、執行猶予付きの判決を受けている身だった。

しかし、執行猶予期間中でありながら、再び覚醒剤に手を出して逮捕、起訴されたのだった。

覚醒剤など依存性、常習性のある薬物使用事件の再犯率は高い。

この再犯の男性も、執行猶予期間が満了する一か月くらい前に、売人から覚醒剤を入手して使ってしまったというのだ。

前回の裁判では、母親が情状証人として証言し、二度と息子が覚醒剤に手を出さないように指導・監督していくと覚悟の証言をしていた。

その母親が、今回も弁護人申請の情状証人として法廷で証言した。

母親の証言によれば、判決後、被告人は釈放されて自宅に戻った。

親子二人暮らしの中で、息子が覚醒剤に再び手を出していないか、母親は毎日のように会話をしたり、不審者と連絡を取っていないか、携帯電話のチェックまでしていたという。

仕事に出ても、母親は職場から定期的に息子の携帯電話に連絡を入れ、不用意に出歩いたり覚醒剤に手を出していないか、用心深く確認を怠らなかった。

さらに、母親は、薬物依存症と再発防止に関する本を何冊も買って読んでは、自助グループに息子とともに参加し、再犯防止に努めてきた。

しかし、息子は、再び薬物に手を出したのだ。驚いた母親は自分から警察と救急車に電話で救助を求めたのだった。

二度目の法廷に立たされた母親が、それでも愛する息子のために切々と涙を流しながら証言したその姿は、胸に迫るものがあった。

なぜ、息子はまた、覚醒剤に手を出したのか?

母親は、「やれることはすべてやり尽くしてきたのに」と自分で自分を責めた。

そして、もはや息子の実刑は覚悟しているのか、母親としては今後も息子を見捨てることなく、二度と同じような事件を起こさないように指導・監督していく決意と覚悟を証言した。

母親としたら、執行猶予の期間が切れるまで、息子のために必死にできる限りのことをして頑張ろうとの思いがあった。

しかし、息子は愚かにも母親の思いを無下にする。

「母に申し訳ないと思いながら、どうしてもまた覚醒剤を使いたくなり、手を出してしまった」

覚醒剤の魔力に負けたことで、母親のこれまでの努力を、息子はぶち壊してしまったのだ。

息子のために粉骨砕身してきた母親の思いは、息子にはついに届かなかった。その無念の思いと悔しさと、まさに刀折れ矢尽きた母親の姿。その母親の言葉は一言一句、息子の胸を突き刺したように見えた。

その声を間近で聴いていた息子は、被告人席で、終始、うなだれて涙を流していた。私も、検事席にいながらにして、思わず胸にこみ上げるものがあった。

母親の息子に対する限りない無償の愛。

家族は、どんなときでも家族なのである。

我が子を拒絶する家族――もう一つの現実

他方、我が子が罪を犯したとき、母親をはじめ家族が拒絶するタイプがある。

我が子を受け入れるタイプとは真逆のパターンだ。

我が子が罪を犯したとき、それが殺人事件などではなく窃盗や暴力事件などであったとしても、家族が親子関係を断ち切るケースがある。殺人事件なら言わずもがなである。

それが現実なのである。

並々ならぬ覚悟と決意があってのことだろうが、要は家族を守るために子どもを拒絶するのである。

事件のために、職場に知られてしまって仕事や昇進に支障が出たら困る、息子の兄弟の学校生活に影響が出るのは避けたい、マスコミ報道で職場や近所から白い目で見られて耐えられない、親としてこんな罪を犯すような教育をした覚えはないなど、理由は様々で複合的である。

子どももまた、被告人となって法廷に立たされたとき初めて、親が自分を半永久的、絶対的かつ無条件に受け入れ、守ってくれる存在ではないことに気づく。しかし、時すでに遅しなのである。子どもは、精神的、物理的にも親から自立すべきであること、それができて初めて家族の一員として迎えられるのだということを思い知らされるのだ。

殺人など重大事件の被告人となった子どもは、もはや二度と引き返せない道に入り込んでしまっている。刑事被告人となった彼の先に待っているのは、これまでのような温かい家族の庇護ではなく、社会から隔絶された特別な場所、長い時間をかけて罪を償う牢獄なのである。

*   *   *

冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を知りたい方は、幻冬舎新書『検事の本音』をお読みください。

関連書籍

村上康聡『検事の本音』

“検事はつらいよ” 世間では「正義のヒーロー」 現実は「地味な調書作成に追われ、口を割らない被疑者に泣かされる日々」 起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。 しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。 黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。 焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。 上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。 冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。

{ この記事をシェアする }

検事の本音

起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。

バックナンバー

村上康聡 元検事・弁護士

1960年、山形県生まれ。中央大学法学部卒業後、1985年検事任官。東京地検等で殺人事件、特捜事件、外国人事件等の捜査・公判に携わる。外務省出向、内閣官房参事官、福岡地検刑事部長等を歴任。退職後、2007年に弁護士登録。上場会社の社外監査役、民事、刑事事件の弁護活動を行なっている。二十三年間の検事生活で、そして弁護士となった今も、人間は法の下で平等であるべきとの信念を徹底的して貫いている。最近は、YouTube番組「RMCAチャンネル」で時事問題の解説をはじめ、新聞・TVでのコメントも多数寄せている。著書に『元検事の目から見た芥川龍之介「藪の中」の真相』(万代宝書房)などがある。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP