起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージのある検事。
取調室での静かな攻防、調書づくりに追われる日々――華やかなイメージとは裏腹の検事のリアルな日常と葛藤を、検事歴23年の著者が語り尽くす。『検事の本音』、その真意とは。本書より、一部を再編集してご紹介します。
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検事と参考人の悩ましい関係
もしあなたが、何らかの事件が発生したとき、目撃者であったり、現場付近にいたり、あるいは被疑者や被害者の知人であるなど、事情を知っていると思われた場合、警察から出頭を求められ、参考人として事情を聞かれて取調べを受けることになる。
そのうえ、参考人は、検事からも再び取調べを受けることになる。
そんなとき、参考人の口から思わず不満が発せられることがある。
「警察で話したのに、なぜまた検事が調べるのか」と。
検事が参考人を取り調べるのは、被疑者が否認している場合や、認めていても起訴する可能性の高い事件の場合である。
そんなこともあり、私は検事時代、トラブルを防ぐために、参考人の呼出しの連絡は警察を通じて行うようにしていた。警察に説明してもらった方がうまく対処できることが多いからだ。
「検事が聞きたいと言っているから、悪いけど、行ってくれないか」
警察は参考人のご機嫌をとるわけでもないだろうが、いちいち説明するのが面倒なのか、こんな言い方をするらしい。
「行き帰りは警察で車を出すから」
そんなことを警察に言われて、しぶしぶ応じる参考人もいる。
参考人の供述は、有罪の立証にとって非常に重要である。
参考人の中には、わざわざ仕事を休んで検察庁に来てくれる方や、遠方から時間をかけて来てくれる方もいる。
そのために、もし参考人が感情を害して「もう帰る」などと言って本当に帰ってしまうと、被害者に取り返しのつかない甚大な迷惑をかけてしまう。
ゆえに、検事は、参考人の取調べには、いつも以上に腫れ物に触るように気を遣い、慎重に行う。参考人の機嫌を損ねたら、捜査に支障を来すことになるからだ。少なくとも、私はそうであった。
参考人が来たら、待合室で長く待たせることは失礼になるので、できるだけ早く立会事務官に待合室に行ってもらい、労いながら部屋に連れて来てもらう。
部屋に入ったら、私は、記章を着けた背広姿で立って出迎え、頭を下げて労い、事務官に熱いお茶を出してもらう。
こうして礼を失することのないようにして、取調べを始めるのだ。

協力か反発か――参考人が最も荒れやすい瞬間
その際、検事は、参考人が目撃した事件の内容について、決して誘導したり、決めつけて質問したりしてはならない。
事件の解決のために、参考人の供述はとてつもなく重要だ。であるからこそ、検事は、供述の信用性を仔細に検討しながら取調べを進めていく。
その間、参考人にもよるが、捜査に協力的な人もいれば、中には「警察に話したのに、なぜ検察庁まで来て同じことをまた話さなければならないんだよ。いつまで警察と同じことを聞くんだよ。こっちは忙しいのにわざわざ来てやっているんだ。早くしろよ」と憤ったり、「これで終わりだろうな。なんでこんなことをしないといけないんだよ。俺は裁判では証言しないからな」と怒鳴る者もいる。
参考人も仕事をしている方が多いので、検察庁で取調べを受けるのは平日の夜か、休みの日に限られる。また、参考人は、そのことを家族や職場にも内緒にしていることも多い。
そんなときは、往々にして、「早くしてほしい」「なぜ検事がまた聞くのか」「裁判での証言は嫌だ」という〝三点セット〟を言われることが多い。
相対する検事にとってもまた、限られた時間内で、供述内容をまとめて事務官に口授して調書を作成するのは、かなりの緊張感と焦り、ストレスを覚えることになる。
参考人の中には被害者もいる。
被害に遭ったのであれば、しっかり犯人を処罰してもらいたいということで協力すると思われがちだが、中には、警察に訴えれば犯人から示談金がもらえるから、適当に被害状況を警察に話すだけの不心得者もいる。
検事は、参考人の語る内容が事実であるか、その見極めが大切だ。
被害者、参考人は皆、検事に全面協力してくれると思ったら大間違いである。

調書作成恐怖症
七月、夏の盛りのある日、小笠原諸島の母島で傷害致死事件が発生した。私が、検事を拝命して間もなくのことだ。
すぐさま、私は事件の取調べのためにベテランの立会事務官、警視庁捜査一課や鑑識課の人たちとともに船を乗り継ぎ、日をまたいで小笠原諸島の母島に赴いた。
全員が同じ民宿に泊まり、早速捜査を開始した。
まず、私は、地元の診療所に出向き、医師を参考人として取り調べて、調書作成に入った。
ところが、ベテランの立会事務官は、口授しても何も書いてくれない。
口授する度に、人差し指を口に入れ、歯をいじりながらそっぽを向き、挙げ句の果てには首を振られる。
「検事、ダメだよ、こんな表現では!」
作成後、立会事務官から叱責された。
どこがまずかったのか、と思案した。
供述にある「おそらく、……だろうと思います」の部分が良くないとのことだった。
「個人の意見は証拠にならないだろう。裁判では異議が出る。事実とそれに基づく当時の認識を書かなければダメだよ」
立会事務官の指摘は、的を射たものだった。
裁判の証人尋問で、証人に質問が許されるのは事実に関することであって、「おそらく、……だろうと思います」などという意見を求めることは、異議の対象になり、許されないのだ。
検事は、被疑者や参考人を取り調べた後で、供述調書を作成する。
新任検事のとき、私は、供述調書には相手が話したことをただまとめて記載すればいいのだ、という程度に思っていたがそれは間違いだった。
供述調書は、裁判の場で、何が重要であるか、その観点を裁判官に指し示す重要な文書であり、事実と当時の認識を立証するための厳然たるものである。新米とはいえ検事は、それを強く意識すべきなのだ。

新任検事が直面した“調書の壁”
また、あるとき、恐喝未遂事件について、私は被疑者の供述調書を作成した。
脅しの言葉の内容、いつ脅そうと思ったのかという計画性に関する事実、脅したときの心境など、後で振り返ると、自分でもいったい何を書いているのかよく分からないあいまいな内容だった。
こんな供述調書でよく、起訴の決裁が下りたものだと思っていた。
ところが、後日、公判部の検事から電話があり、結局、裁判では、被告人の警察での供述だけを証拠として請求し、私の作成した供述調書は証拠請求しなかったと知らされた。
ショックだったが、その理由は明らかだった。
私の調書は法的観点から何を立証しようとしているのかがあいまいだったため、使い物にならない低レベルのものだったのだ。
また、母島への出張にベテラン事務官が同行したのは、私への教育と監督、警察との連携のためであることが後になって分かった。
その一件以来、私は、調書にまとめるのが怖くなった。調書作成恐怖症になってしまったのだ。
調書を作成しようとしても、つい公判部の検事に迷惑をかけたらどうしよう、という思いが先に立ってしまう。
その後、被疑者調書については、場数を踏んで要領が分かってきたこともあり、また先輩検事の調書も見せてもらい、恐怖心は和らぎ、徐々に力がついてきた。
ところが、参考人調書に関しては、作成恐怖症は和らぐどころか、以後、何年も続いた。
なぜ、参考人調書に限り、作成恐怖症となるのか?
その原因は、忙しい参考人のために短時間で取調べを済ませて調書を作成しなければならないという使命感であり、そのために追い込まれ、切羽詰まった焦りの気持ちに支配されるのだ。
参考人の取調べは、それ自体、二時間くらいかかるが、単に話を聞けばいいというものではない。
供述内容が他の証拠と矛盾していないか、常識に照らして不自然なところはないか、警察の調書から変遷していないか、変遷しているとすればその理由に合理性はあるか、などを記録と照らし合わせながら慎重に聴取していく。
その後、調書にまとめるわけだが、被疑者であれば、警察の留置場に勾留中なので取調べにかける時間にも余裕がある。
しかし、参考人が仕事や時間をやりくりして検察庁に足を運んで来ている場合は、早く済ませてもらいたいと希望している。
とはいえ、調書にまとめるにしても、一時間以上はかかる。
そう思うと、こちらもついつい焦ってしまい、頭の中でうまくまとめられなかったこともあり、今も自身の不甲斐なさ、痛恨の極みとして記憶している。

また、これも新任検事のとき、ある殺人未遂事件の捜査に応援検事として参加したときのことである。
大勢の取調べを行い、海外旅行から帰ってきた人と会った参考人の調書を作成して主任検事に見せたときだ。
「この調書だと、旅行から帰ってきた人と会ったときの様子について、会っていきなり本題に入っている。君は、久しぶりに会ったとき、旅行はどうだったか、楽しかったか、というようなことを一切聞かないでいきなりこんな会話をするのか。そうじゃないだろう。聞きたくなくても、一応社交辞令として聞いてあげるだろう。それがこの調書には出ていない。こんな内容では、裁判官は信用性に疑問を持つんじゃないのか。この参考人は、相手に旅行の感想を何も聞いていないのか、君が質問していないのか、どっちだ」と言われたのだ。
私は、この点について、相手に聞いていなかった。
そこで、部屋に戻り、改めてそのときのことを参考人に尋ねると、「ええ。聞きましたよ」と言って、当時の状況を詳しく話してくれた。信用性のある調書というのは、細部に神が宿るのだ。
私の聞き方が十分でなかったことで、この参考人の供述調書の信用性に問題があるかのような誤解を生じさせてしまっていたら、この人に迷惑をかけることになりかねなかった。
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冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を知りたい方は、幻冬舎新書『検事の本音』をお読みください。
検事の本音

起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。











