ふと子どもの頃の事を思い出し郷愁に浸る事はたまにあるが、
「懐かしいなぁ」ではなく、
「……いや、あいつのあれ何やったんやろ」
というような事を思い出す。
特に、大人に対してである。
友達や兄弟に対しては、大概の場合「あの時は子供やったからしゃあないな」で解決する。「腹立つけど、あいつも小学生やったもんな」とか。
ただ、大人に対しては、「大人になったらあの人の気持ちが分かるんかな?」と思っていたのに、年月が経ってその人と同じ歳もしくはそれより上の歳になっても分からない場合、「何やったんやあの人」となって、真相が迷宮入りをする事が多々ある。
一つは小学生の頃の担任の女の先生。
その頃、関西では「めっちゃ」という言葉が流行りたてだった。
給食を早く食べ終わった僕が『めっちゃええやん』とか『めっちゃ変やでそれ!』と機嫌良く楽しんでた最中、いきなり『辻君! さっきから「めっちゃ」って一体何ですか?』とその先生が凄い怒りの形相で注意してきたのだ。
悪い事はしてないはずだが、明らかに怒ってる。
空気を察した僕は、気まずそうに『いや……めちゃめちゃってこと?』と答えると、その先生は『では、めちゃめちゃって一体何ですか?』とまた詰めてきた。
僕は迫力に負け『すみません』と謝るしか無かったのだ。
いや、今考えても詰められる事はしていない。
何だったのだろうかあれは。
もう一つ。中学の頃の担任の先生が、何故か数学の授業中に車で雪山を運転した話をしていた事。数学なので全く授業内容とは関係無いはずだ。
僕の記憶を辿ると、『雪山でカーブを曲がるにはドリフトをしないといけない。ハンドルを逆に切らないといけなかった。これが難しい』というような事を話していたのだ。
別に笑いも起きてないし、何故この話をしたかったのか分からない。ただ、未だに覚えているという事は中学生の僕には少なからず興味深かったのだと考えられる。
この先生は他にも『高校時代に元中日ドラゴンズの中村武志捕手に盗塁を刺された(アウトにされた)事がある』という話を3回くらいしていた。
無論、この話も一度も笑いが起こった事は無い。何故この先生はこんな話をしていたのだろう。
何だったのだろうかあれは。
もう一つは、次も先生なのだが、これは高校の担任の話で、僕はスポーツクラスだった為に3年間同じ担任、同じクラスメイトと過ごす事になったのだが、この先生も変わった人だった。
まず150キロある。体重が。
強豪の相撲部の顧問で、確か国体で上位を獲った実績を持つ人だった。
その先生はチャイムが鳴り朝来るや否や窓を全開にする。真冬でも全開にする。自分が150キロあるから暑いのか、何かしらの教育の為なのか分からないが、窓を全開にする。
女子達は笑いながら『もう~(笑)』とか言っていたが、僕は何で? としか思っていなかった。
そして、これが一番分からなかったのだが、学校では先生からテストを返したりプリントを配ったりする時に、一番前の席の人に渡して、そこから一つ後ろの席にリレーのように渡していくのだが、その150キロの先生は一番前の人に渡す時に、わざと地面に投げていた。というか、地面にスッと落としていた。『はい、はい、はい』とか言いながら。
本当である。一番前の人はそれを拾わないといけなかった。
これにも女子達は『もう~(笑)』とか言って拾っていたが、僕は『は?』と思っていた。むしろ女子達がリアクションするのが悪いんじゃないかとさえ思っていた。
こういう風に書いてるが、別に憎い訳ではない。
あれは何だったんだろ?
とふと思い出すだけである。
そしてもう一つは、僕の父親(以下、おとん)である。
僕が小学生くらいの話なので、その時おとんは35歳前後くらいで、もはや今の僕より年下なのだが、まぁあれは何だったんだろうと今思い返しても思う。
僕はおとんの影響で、もともと阪神のファンだった。ある日、初めて阪神タイガースの試合を観に、甲子園球場へ連れていってもらった。
対戦相手の巨人の松井秀喜の逆転ホームランにより惜しくも阪神は敗れ、その帰り道。初めて生で観た試合の迫力の余韻が冷めやらぬテンションで、『次はいつ甲子園来る? 次は? また観に来たい!』とおとんに問いただしていた。
我ながら可愛い息子だったと今でも思う。
するとおとんは『……そんなん、分からんわ』と無表情でスタスタ駅に向かっていく。阪神が負けて機嫌が悪かったのだろう。
その頃はそれに気付かず僕は食い下がり『なぁ、次いつ来る!? 今年中? 今年もっかい来れる?』と目を輝かせて聞くと、そのおとんという生き物は『そんなもん分からんやろが!』と叫び、僕の頭をバシッとどついたのだ。
これは衝撃的な事件だった。いや、機嫌が悪いのは分かる。
ただ、可愛い息子が目をキラキラさせて喜んでるんやから『楽しかったなぁ』でええんちゃうの? と。子供ながらに「いや……おかしいやろ!」と心の中でツッコんだのを記憶している。
これには文句無しで「第一回あの大人は何だったのだろうか大賞」を授けたいと思う。
クロスロード凡説

「ネタにはしてこなかった。でも、なぜか心に引っかかっていた。」
そんな出来事を、リアルとフィクションの間で、書き起こす。
始まりはリアル、着地はフィクションの新感覚エッセイ。
“日常のひっかかり”から、縦横無尽にフィクションがクロスしていく。
「コント」や「漫才」では収まらない深掘りと、妄想・言い訳・勝手な解釈が加わった「凡」説は、二転三転の末、伝説のストーリーへ……!?










