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それが、人間

2025.10.07 公開 ポスト

好きすぎてぶっ殺す

“ずっと一緒にいたい”が狂気に変わるとき――女たちの愛の暴走インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

好きすぎてぶっ殺す

 

昔から自傷行為をする女性は少なくないが、近年はその衝動が他害へと転じているのか、「好きすぎて殺してしまう」という事件が相次いでいるようだ。

たとえば2024年9月、東京都中野区のタワーマンションで、公認会計士の男性(26歳)が交際相手の女(当時25歳)にハサミで首を刺され、搬送先の病院で死亡した。
女は、「握力で勝てなかったので、ハサミを出したら言うことを聞くと思った。振りかざしたら首に刺さってしまった」と供述。これまでも喧嘩のたびに、男性に対して平手打ちをしたり殴ったりするなどしていたらしく、事件後も「彼への好意は変わらない」と語っているという。彼女にとって、愛することは暴力を振るうこととセットだったのだろうか。

「好き」が「殺意」へと変わった例として思い出されるのは、2019年5月に起きた「歌舞伎町ホスト刺傷事件」だ。東京都新宿区のマンションで、ガールズバー勤務の女(当時21歳)が、交際相手のホストを複数回刺し、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。
女は、「好きで好きで仕方なかった」と供述。「一緒にいるためには殺すしかない」「死んでくれたら『ずっと一緒にいよう』という言葉が現実になると思った」などと語り、大きな話題となった。

今年4月には、直接的な「殺意」はなかったものの、むしろそれ以上に恐ろしいのではと思わせる事件も起きている。
大阪市内のマンションで、無職の女(23歳)が、交際相手の男性を複数回殴り、全治10日の怪我を負わせたとして傷害容疑で逮捕された。しかしその後、男性の左手薬指が根元から切断されていたことが発覚。浮気を疑った女が、「ほかの女性と結婚できないように」と、切り落としたものだという。切断された指は、透明な液体とともにガラス瓶に入れられ、冷蔵庫に保存されていた。
さらに男性は、左胸の乳首も切り取られており、女が「再生されるらしいからやってみよう」と持ちかけたことが理由だったとか。
2人は今年2月から交際をはじめ同棲していたが、男性は現金やスマホを取り上げられ、軟禁状態にあったという。

彼女たちから感じるのは、ほとばしる愛だ。これに対し、男が加害に及ぶ場合には、恋心はすでに復讐心や敵意へと変質しており、「好きで好きで仕方なかった」などの証言は聞かれないように感じる。
好きで狂暴化するのは、女性特有のものなのか。

私の友人にも、夫に不満があると、話合う代わりに「包丁を持ってたたずむ」ことで怒りを表明するという女性がいた。ときに実力行使に及ぶこともあり、入浴中の夫に向かって包丁を投げ、バスタブに突き刺さったこともあるそうだ。
包丁は身近にある道具なだけに、凶器として使われやすいというのはあるだろう。

「彼女が狂暴すぎる」という男性側の話も聞いたことがある。その男性は、喧嘩のたびに彼女から暴力を振るわれていたが、あるとき馬乗りで、首元に包丁を突き付けられたことがあった。危険を感じた彼は、咄嗟に「いのちの電話」にかけたが、通話がはじまった瞬間、彼女に携帯を奪い取られ遠くに投げられてしまったらしい。床にころがった先から、「もしもし? もしもし? 何もないようでしたら切りますよ──。ツーツーツー」という音だけが虚しく響いていたとか。まさか相談員も、受話器の向こうに包丁を突き付けられた人間がいるとは夢にも思うまい。
それにしても、なぜその状況で警察ではなく、自殺予防のための相談窓口「いのちの電話」にかけたのか。命の危機には変わりはないが、使い方が微妙に間違っているような気がしてならない。

その昔、私の携帯に警察から電話がかかってきて、「トト子さん(仮名)が彼氏と喧嘩したので、今日はこのあと一緒にいてあげてくれませんか」と頼まれたことがある。なんでも、トト子さんが彼氏の頭を木製ハンガーで殴ってしまったらしく、彼氏に通報され警察署にいるらしい。家に帰るために、見守り役が必要とのことだった。私は「ピーポくんグッズをくれるなら」という交換条件をつけ、朝方まで彼女に付き添うことになった。
現場となったトト子さんの自宅へ行くと、壮絶な喧嘩のあとで部屋は散乱し、凶器となった木製ハンガーのステンレスバーが、ぐにゃりと曲がっていた。それを眺めながら、トト子さんは「可哀相なことしちゃったな」と、自分のしたことなのにしんみりしていた。
その後、急に元気になり、すき焼きを作ってもてなしてくれたことが印象に残っている。

もっとも、彼女たちのようなタイプは少数派だ。女性はむしろ、刃物を自分に向ける自傷行為タイプが圧倒的に多いのではないか。だが、油断してはならない。自傷はときに「復讐」の手段に使われるからだ。

その昔、友人のモンタちゃん(仮名)は、役所で手続きをする際に何時間も待たされたことに腹を立て、待合室でリストカットをして「座席を血だらけにしてやった」と豪語していた。「自分の身体を傷つける」という、合法的なやり方で相手に強いダメージを与えるのだから、復讐方法としては最強だ。さすがの職員も、カスハラとして訴えるのは難しかったのではないか。

また、こうした自傷行為の中でも、とりわけ過激なのは、やはり「自分を殺させる」ことによって、相手の人生を破滅させるパターンだろう。
2013年3月、「赤とんぼ先生」として知られる大学准教授(当時42歳)が、不倫関係にあった大学院生の女性(25歳)を殺害する事件が起きた。女性は日頃から自殺未遂を繰り返しており、男に対して「殺してください」と頼んだり、止めようとすると「それならあなたの家族に危害を加える」などと言ったりすることがあったという。追いつめられた男が、ついに首を絞めて殺害してしまったということだった。

かつては、こうした女性たちを指して「絶対あいつボーダーだよ」などと言われていたが、カジュアルに使われすぎたためか、最近はめっきり聞かなくなった。ボーダーとは、境界パーソナリティ障害(ボーダーラインパーソナリティ障)の略で、見捨てられ不安が強く、相手に失望すると攻撃的になるなどの症状がある人のことだ。

あれは15年ほど前、私が写真集を出したくて出版社に売り込みをしていたときのこと。作品を見てくれた初対面の男性編集者から、「うちの娘がボーダーで大変なんですよ。どうしたらいいのか‥‥‥」と、唐突に暴露され、たじろいだことがあった。私の作品を見て、その系統に詳しい人だと思われたらしい。
穏やかな人柄に見えただけに、「これがボーダーの親か」と、感慨深く思ったのを覚えている。写真集の出版は断られた。

ところで先日、久しぶりに「フーターズ」で食事をした。「フーターズ」とは、かつて一世を風靡したアメリカ発のカジュアルダイニング&スポーツバーで、日本1号店は2010年にオープンしている。
私がはじめて「フーターズ」を訪れたのは2012年ごろ、今から10年以上前のことだ。タンクトップ+ショートパンツ姿の「フーターズガール」がウェイトレスを務め、ショータイムではセクシーダンスを披露し、紙ナプキンにサインも書いてくれる。店内はほぼ男性客で占められており、「フォーーーッ!!」などの叫び声が飛びかい、当時はたいへんな盛り上がりを見せていた。
その光景を見て、私はふと「はて、日本の男性にこんな一面があったのだろうか?」と疑問に思った。というのも、私の知る日本人男性たちはみな、暗くて弱くて頭に包帯を巻いたような女を好むイメージがあったからだ。日本人の恋愛観は、「一緒に死のう」というセリフが似合いそうな、太宰治型のロマンスに集約されているように感じていた。
ゆえに、陽気なフーターズガールに口笛を吹いている男たちの姿は、どこか無理をしているように見え、違和感を覚えたのだ。

あれから10年以上の月日が経ち、最盛期には全国7店舗あった「フーターズ」も、相次ぐ閉店で、今は銀座店を残すのみ。その日、訪れた「フーターズ」にも、かつての勢いは感じられなかった。事情通によると、今はランチメニュー990円+ドリンク150円という安さに釣られて、昼間はリモートワークをしに来るサラリーマンの1人客で溢れているとか。彼らの視線の先はノートパソコンのディスプレイであり、フーターズガールは壁の花だ。
やはり日本の男たちは、パワフルで明るいギャルなど求めていなかったのだろう。私は、今になってようやく答え合わせができた気分だった。

「苔のむすまで」の歌詞が示すように、血と涙の湿気で苔が生えそうな空気感こそ、日本の男女の本質ではないか。昨今の事件を見て、そのことを再確認した思いだった。

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写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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