
テレビでも取り上げられたほど有名な実話怪談なのに、誰も知らない――。実話を元に、現実と物語が交差するホラー小説『耳なし芳一のカセットテープ』。本書の発売を記念した、著者の最東対地さんと、心霊系YouTuberとしても活躍するお笑いコンビ「ナナフシギ」の吉田猛々さんとの対談、後編をお届けします。小説と実話怪談、二つをつなぐものとは……。(前編はこちら)
取材・文/伊藤伊万里(ライトアウェイ)

2つの実話怪談を再構築して新しい恐怖の物語へ
吉田猛々(以下、吉田):物語と事実をうまく織り交ぜるというのは、すごく苦労されたんじゃないですか?
最東対地(以下、最東):いやぁ、苦労しましたよ(笑)。僕は、いわゆる珍スポットと呼ばれるところが好きで、取材や旅先での珍スポット巡りをライフワークにしています。【耳なし芳一のカセットテープ】の取材で山形に行くことになり、山形にはどんな面白いところがあるかなと調べたときに、ムカサリ絵馬があるぞと。
ムカサリ絵馬を見てきました。
— 最東対地 (@31tota1) June 20, 2024
厳かな気持ちで帰ります。 pic.twitter.com/IF6CGwlzMe
最東:ムカサリ絵馬の山寺に行ってみたところ、見つけたのが2枚のフォトフレームで、この話もどうしても入れたいと思いました。山形という共通項はあるものの、関連性のない2つの怪談が1つの長編の原稿の中にポンッと入ってしまったので、最初の原稿では、無理やりオチをつけたような歪なものが出来上がってしまったんです。なので、【耳なし芳一のカセットテープ】と【ムカサリ絵馬のフォトフレーム】の2つの話をいかにシームレスにつなげるかという点が一番苦労しましたね。
吉田:なるほど。違和感がなく受け入れてもらえるようにということですね。
最東:物語を作る場合、普通はゼロベースから作りますが、これは元々あったものをフィクションとして構築し直すという作業になりました。
吉田:そういう作り方をしたことは今までにもあったのですか?
最東:初めてです。怪談本を書いたり、怪談モノのホラー小説を書いたりはしているので、厳密にいえば似たことをしてきたと思いますが、丸々1冊につぎ込んだというのは初めてで、恐らく他の作家さんを見ても稀有なケースではないかなと思います。
吉田:僕もホラー小説をよく読みますが、あまり聞いたことがない形だなと思って。
最東:先日、これを読んでくれた作家仲間と話していて「よくこんな物語が書けましたね。どうやって作ったんですか?」って言われたんです。それで初めて僕も気づいたのですが、元の体験談があって、それを物語として構築し直しているから、僕がストーリーラインを作ったわけじゃないんです。だから他のエンタメ小説と比べると、物語の起伏があまりないんですよ。おばけに追いかけられたり、謎を追いかけたり、対峙したり……そういう展開は一切ありません。ただただ、静かに続いていくという。
吉田:なるほど。たしかに淡々と進む印象はありますね。
最東:物語にしようと腐心していたのは確かなのですが、そこにエンタメ小説特有のエモさであったり、山あり谷ありの起伏であったりをつけようというところには至らなかったなと、僕自身もハッとさせられました。でも、それが何の因果かこのまま原稿として通って(笑)、結果として吉田さんを含め、読者の方には、これまで読んだことのない読書経験をお届けできたのかなとは思います。
新たな視点で描かれる古典怪談
吉田:自分も怪談をやっているから、イベントの描写などにはすごくうなずける部分がありましたし、どこまでが本当で、どこからが物語かという部分もあり、楽しく読ませていただきました。昭和の雰囲気を纏っているからなのか、じっとりとした湿り気を感じますね。
最東:ありがとうございます。
吉田:小泉八雲の「耳なし芳一」は、小さい頃から知っていて覚えていましたが、中盤に1話まるまる入っていて、久しぶりにしっかりと触れました。
最東:「耳なし芳一」は小学校の図書館にありましたよね。僕もあれで読んだきりなんです。なんだか気持ち悪い話だったなぐらいで、ぼんやりとした記憶しかありませんでした。もっと言うと、小泉八雲のこともあまり知らなくて。怪談仲間には「当然でしょ」なんて言われましたが、彼が外国人だったということも今回の取材を通して知ったんですよ。
吉田:言ってみれば、怪談の先輩みたい人ですもんね。秋の朝ドラ「ばけばけ」にも出てきますし。
最東:僕自身も「耳なし芳一って実際どういう話だったっけ?」と思ったので、みんな一緒なんじゃないかと。だったら「耳なし芳一」を入れた方がいいよな、と思ったんです。ただ書くだけでは意味がないので、「耳なし芳一」をちゃんと怖い話として書きたかった。それで、ラフカディオ・ハーンが記した原作は三人称で書かれているんですが、芳一の一人称で書こうと考えました。芳一が見えないものは見えないまま、芳一が体験した怪談として書こうと思ったんです。
吉田:概要はなんとなく覚えてるけど、芳一が耳を取られた後ってどんなだったか、人々に慕われて云々という着地の部分は、僕もあまり覚えていなかったですね。幼いころは、天気や湿度などの細かい描写を考えずに読んでいたので、芳一の琵琶語りで平家の亡霊が咽び泣いたり、雨がそぼ降る真っ暗な中でこういうことが行われていたのかと、自分が思っていた『耳なし芳一』よりもさらに恐ろしさが増す話でした。
最東:ありがとうございます。まさに、そこは意識して書いたところですね。原作では小僧たちが芳一を追いかけて行ったら墓場だったというシーンを、目が見えない芳一の視点で描くことで、気が付いたら自分は墓場にいたという落としどころになる。「耳なし芳一」という話で、もう一度怖がってもらえるんじゃないかないかと思ったんです。
吉田:元がすごくしっかりあるものだから、自分の筆で染めるのは難しくなかったですか?
最東:でも僕たち怪談を語る人間は、受け取った怪談を構築し直すことはあるじゃないですか。時系列を変えたり、登場人物の視点を変えたりとか。どうしたら飽きずに聞いてもらえるかってところに注力する。それに近いですよ。
吉田:たしかに、投稿者の方からいただいたお話に対してそうすることはありますが、それは関係値があるからしやすいと思うんです。でも、小泉八雲のような重鎮が残した物語をどう再構築するかなんて、すごく大変な作業だろうなと思っちゃいますよ。……書いたご本人から、こういう話を聞けるというのはなんとも贅沢ですね(笑)。
最東:いやいや、もうしゃべりたくてしゃべりたくて(笑)。僕にとって、この本はこれまでに書いてきたものとは一線を画すものになりました。怖いってエンタメだと思うんですが、怖いをエンタメにするためには試行錯誤しないといけないですし、何が正解か不正解かは、時間が経たないと分からないこともいっぱいありますよね。そういうところも含めて、自分の怖いと思えるものが作れたなぁと思っています。それを読んで怖いとおっしゃっていただけたというのが、一番嬉しい言葉です。今日はありがとうございました!
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対談後には大赤見ノヴさんも合流し、ナナフシギさんのYouTubeチャンネルに最東さんがお邪魔させていただきました。その際に収録した、本作の元となった実話怪談「耳なし芳一のカセットテープ」を最東さんが語る動画は、YouTubeの「ナナフシギ【公式】」でアップされています。ぜひこちらもあわせて、ご覧ください!