
テレビでも取り上げられたほど有名な実話怪談なのに、誰も知らない――。実話を元に、現実と物語が交差するホラー小説『耳なし芳一のカセットテープ』。本書の発売を記念して、著者の最東対地さんと、心霊系YouTuberとしても活躍する、お笑いコンビ「ナナフシギ」の吉田猛々さんと対談が実現しました。前編では吉田さんが『耳なし芳一のカセットテープ』を読まれた感想から話が進み……。
取材・文/伊藤伊万里(ライトアウェイ)

どこまでが現実か、どこからが物語か
吉田猛々(以下、吉田):『耳なし芳一のカセットテープ』は、実際にあった出来事がベースにあって、そこからフィクションに結びついているそうですね。読みながら、どの部分が実話なんだろう、このあたりなのかなと、すごく気になりました。どこまでが実話で、どこからが最東さんの筆によるものなのか。これから読まれる方も、そこが一番気になるところではないでしょうか?
最東対地(以下、最東):実は、6割ぐらいがノンフィクションなんですよ。なんなら、最初に書いた原稿は9割がノンフィクションでした。この『耳なし芳一のカセットテープ』は、元々僕の体験談として持っていた話で、新作についての打合せでその話をして、「これを小説として書きたいと思っているんです」というところからスタートしました。ですが小説にするにあたり、取材をし直してこの話と向き合っていくうちに、どんどん要素が増えていったんです。そして、元々持っていた話に新しい要素を重ねて原稿を書いていったら、結局本当の話ばかりに……。僕自身も小説というよりは、ルポに近いものができてしまったなと思っていました。
吉田:なるほど、そうだったんですね。
最東:でも、それでは物語性が担保されていないと思ったので、一度分解し直すことにしました。視点人物である馬代融がこの本の主人公なんですが、馬代融は過去に僕が書いた小説に登場するキャラクター。彼を怪談師として再登板させることで、自分が体験した話を自分のキャラクターにもう一回体験させるということをしたんです。そうやって物語性をどんどん肉付けしていき、その結果この本ができたというわけです。読んでいる方はホラー小説として読まれると思うので、どこまでがノンフィクションか? というのは分からないんじゃないでしょうか。
吉田:そうですね、分からないですね。最後にQRコードがついていて、そこから飛ぶと……っていうのも、すごく面白くて、現代っぽい仕掛けだなと思いました。本を読んだ直後にあれを見たら驚きますよね!
『耳なし芳一のカセットテープ』は、是非最後の最後のページまでお楽しみください pic.twitter.com/IYc9ovrRqs
— 最東対地 (@31tota1) August 21, 2025
最東:あれは僕のアイデアなんです。当初の原稿では、QRコードのページにあとがきが入っていたのですが「あとがきはない方がいいんじゃないか」というお話があり、じゃあ何の説明もないQRコードを載せて、そこから飛ぶと、猫の鳴き声が入っている実際の動画が流れるようにしたら、読者が混乱するんじゃないかなと。「これほんまの話!?」って。その流れで「6割が本当の話です」と明かす方式にしたら、最恐の読書体験を提供できると思いました。吉田さんもそうですし、驚いて楽しんでいただいた方も多いのかなと思います。
吉田:怖い話であるのは当然なのですが、やっぱり物語として楽しみながら読んでいるわけです。そこで、あの動画を見るというのは、動物園の柵が急になくなった感じがするんですよ。動物園では柵があるから、ある種安全が担保されて楽しめるものですよね。僕は怪談に関して、この喩えをよくするんですが「自分は絶対大丈夫だ」という上で怪談を楽しむ。呪いとか怪異が動物だとしたら、飛び掛かってこようにも、壁があるから楽しんでいられると思うんです。あの動画を見ることによって「本当のことなんだ」って気づくと、それまで平面的だったものが、急に立体的になるというか。これはすごいなと思いましたね。
最東:どこまでが真実か、どこからが虚構かというところをぼやけさせることで、読者の方に想像して欲しいなと思います。ホラーにおいては、昔から文芸はビジュアルに負けてしまうんです。ホラー映画だったり、心霊特番だったり。最近でいうと、ホラーゲームなんかは特にそうですが、没入感があるじゃないですか。文芸は、ページをめくって字を追っていかなくてはいけないので、ビジュアルにはどうしても勝てない。恐怖を感じさせようとすると、行間しかないと思うんです。読者に想像を委ねて、その想像の中で隣の人が持っていない恐怖を自分で持ってもらうしかない。だから虚実をはっきりさせないことで、想像して欲しいのです。ただ、僕自身は怪談イベントなどで『耳なし芳一のカセットテープ』の話をすることがあるので、僕の体験談を生で聞かれた人は「ここまでが本当の話なんだな」というのがおそらく分かると思います。
実際に体験したホラー体験も
吉田:では、【耳なし芳一のカセットテープ】というお話自体は、実際にあった話ということですね?
最東:はい、本当にあった話です。【耳なし芳一のカセットテープ】のパートは、ほぼそのままですよ。元々は出所不明の話で、「一体俺はどこの何を見たんや!?」と、ずっと思っていたのですが、執筆のための取材の過程で体験者ご本人とつながったんです。その方が山形に住まれているということで、直接お会いしてお話を聞かせてもらうことになって……その部分も僕の体験談です。実際にカセットテープが見つかっていないというところも本当なんですよ。
吉田:カセットテープというのも絶妙で、いいですよね。最初に出てくるラジオの音源を録る描写なんかは、まさに僕もやっていましたよ。昭和の時代、ティーンにとっては、テレビよりもラジオの方が身近でしたし、番組を聞いていたら急に琵琶の音がベベンと流れてきたら、絶対に「え!?」ってなるだろうなと思いながら読んでいました。それが、まさか本当にあった話だったとは!
最東:作中で馬代も言っていますが、これはかなりインパクトのある話なんです。言わば呪いのビデオテープのカセットテープ版で、聞いた人が不幸になる、チェーンメールの先駆けみたいな話。怪談としては「盛ったんじゃないか!?」というぐらい華がありますよね。調べていくと、某テレビ番組でも取り上げられていた。それなのに本当に誰も知らなかったんです。イベントで【耳なし芳一のカセットテープ】の話をしたら、配信動画が途中で途切れたり、猫の声が入ったり……というのも実際に僕が体験したことなんですよ。
吉田:いやぁ、そうだったんですね。4年ぐらい前のことですが、自分もYouTubeチャンネルのなかで、3人ぐらいの怪談師の方とつないでリモートで怪談配信をしていたときに、本当にはっきりと女性の声が入ってしまったんですよ! 僕もうっすらとその声に気づいて、しばらく会話が進んだ後に「さっき女性の声がしましたよね?」って聞いたら、みんなも「そういえばしたかも」と。後で聞き返すと、すごくはっきり残っているんです。自分はあまり怪奇体験や不思議体験をしたことはなかったんですけど、そういうところに近づいていく、歩みを進めていくと、やっぱり何かは起こりえるものですよね。だから、イベント中に猫の声が聞こえるというシーンには「あるある!」って思っちゃいました(笑)。
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後編は明日、公開予定です。お楽しみに。