
へんてこなものばかりを愛する面白エッセイで定評のある宮田珠己さんが、今回、いつもの爆笑センスを封印、びっくりするほどエモーショナルな小説『そして少女は加速する』を上梓した!

ブックデザイン:宮本亜由美
この物語の主人公は、高校陸上部の女子5人。4人が100メートルずつ走るリレー、通称「4継」の選手たちだ。バトンミスによりインターハイ出場を逃したこのチームが、傷が癒えないメンバーを抱えながらも、来年に向けて再始動するところから、物語は始まる。
「走る」って、こんなにも泣けるものなのか! 数秒、数十秒で終わるレースに、こんなにもドラマがあったのか! と感動の言葉がすでに集まってきている。
この物語で特筆したいのは、走るシーンの美しさとスピード感。
宮田さん本人が陸上選手だったこともあり、臨場感のある瑞々しい表現に、引きずり込まれ、怒涛のクライマックスまで一気読み必至!
主人公たちと一緒に手に汗を握る傑作小説が、いかにして生まれたのか。
執筆の裏側をインタビューした。
構成・文/タカザワケンジ

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陸上の魅力を小説で伝えたい
――『そして少女は加速する』すごく面白かったです。結構ボリュームがあるのに、一気に読まされてしまいました。しかし「脱力系エッセイ」と呼ばれる作品をお書きになっている宮田さんが、直球の青春小説をお書きになったことに驚きました。着想はどこからですか。
宮田 もともと僕は陸上をやっていて、高校、大学と陸上部だったんです。いまでもオリンピックの陸上競技や世界陸上をやっているとつい見ちゃうんですよ。特にリレーは絶対に見ます。日本は、個人戦はともかく、昔からリレーだけは強いので。
――なるほど。
宮田 2008年の北京オリンピックでは、史上初めて日本の男子が4×100mリレーで銅メダルを取りました。その後、1位だったジャマイカのドーピングが発覚して失格になり、銀メダルに繰り上がったんですけど。銅メダルを取った瞬間、テレビの前ですごく感動して。日本の男子が、オリンピックの短距離走でメダルを取るのはすごいことなんだ! と周囲に力説したんですが、「ふーん」とか「そうなんだ」みたいな反応で、なんか温度が違うなと思ったんですよ。
──私も忘れてました……すみません。
宮田 その後、2016年のリオオリンピックでも、男子4×100mリレーで銀メダルを取るんですけど、その時もすごかった。決勝で、ジャマイカはウサイン・ボルト、日本はケンブリッジ飛鳥がそれぞれアンカーだったんですけど、最後のカーブを曲がった時に、ボルトとケンブリッジ飛鳥が並んで出てきたんですよ! トップで! それを見て、飛び上がっちゃうほどびっくりして。日本が強いっていうのは、その前の北京オリンピックからわかってましたが、まさか決勝でボルトと並んで来るとは……。その時も「見た!? 昨日! 見た!?」って周りに聞いたのに、反応が薄くて。それがきっかけというわけでもないですけど、こんなに感動するスポーツがあるんだってことは、常に心にありましたし、こんな感動を孕んだ陸上というスポーツを、いつか小説で書きたいっていう気持ちはずっとありました。
――陸上の魅力を伝えたいと。
宮田 それには、エッセイより小説だ、と。で、小説にするならやっぱり4×100mリレー、いわゆる「4継」が一番盛り上がるなぁと。自分もやっていたから、どんな感覚で走ってるのかよくわかるし、イメージもしやすいから。キャッチーなんじゃないかなとも思ったんです。
ところがすでに、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』(2006年)というベストセラーもあります。あれも「4継」なんですよね。なので、これから書いても二番煎じって思われちゃうかな、もうこの道は塞がれてるのかなと思ってたんです。
でも、よく考えてみると、野球の小説だっていくつも出てるし、箱根駅伝を素材にした小説もいろいろ出ています。それで、書いてもいいんじゃないかと思い直しました。で、『一瞬の風になれ』は主人公が男子ですが、こちらは女子にしています。
――登場人物を高校生にしたのは、意図があるんですか?
宮田 僕はそれが一番書きやすいと思ったので。中学校以下だと、親や先生にやらされている感が残ってるんじゃないかなと思ったんです。はっきりと“自分の意思”で走るのは、高校以上じゃないかと。

――スポーツの中でも、陸上競技は、個人競技です。しかし、リレーとなると、そこにチームとしての一体感や団結力も求められますよね。
宮田 そうですね。そこが面白いと思いました。個人の物語と、チームの物語と両方がある。
それに、「4継」は4人で走るわけですから、惜しくもメンバーに入れない人がいるわけじゃないですか。だから5、6人を出して、誰がリレーに出られるかわからないという流れにしたいなって考えました。そうすることで、物語が重層的になると言いますか……。
──それで主要登場人物が5人。それも、それぞれの視点で物語が展開しますね。
宮田 登場人物それぞれの視点で書くというやり方を、昔からやってみたくて。人によって同じ出来事が違って見えるっていう、芥川龍之介の『藪の中』みたいな話が好きなんです。選手それぞれの視点で書いてみたら、面白味が出るんじゃないかと。
──それで、書き下ろしで書いたのが『そして少女は加速する』なんですね。
宮田 ちょうど小説をすごく書きたくなったタイミングだったのと、編集者さんに小説を献上したかったんですよ。それで、よし、書こうと。
──これまでの宮田さんの持ち味である「脱力系エッセイ」とは、文体からして違う、シリアスな青春小説になったのはなぜでしょう。
宮田 ギャグを入れようという気持ちは最初からまったくありませんでした。実はこういうグッとくる話を書きたいって気持ちはずっとあったんです。振り返ると、あまり気づかれてないかもしれませんが、デビュー作の『旅の理不尽 アジア悶絶篇』も、最後だけはちょっと真面目だったりするんです。初めて書いた『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』という小説もファンタジーで冒険ものなんですけど、最後は余韻が残るようにして。もともと、そういう要素を付け足したくなる性格なんですね。なので今回は、そういうシリアスだったりエモさだったりするものを全編に展開して、感動できる話を書いてみたいなと考えて、こんな形になりました。
──小説の前作『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』は、旅に出たことがないお父さんが書いた旅行記が発端になっている、ホラから出たマコトみたいな話で、宮田さんの愛読者にとっては愛着のわく作品だと感じましたが、『そして少女は加速する』は、まったく傾向が違います。だからこそ、この作品で、宮田さんに初めて触れる読者もいそうです。
宮田 そうなってくれるといいですね。中学生、高校生ぐらいの、部活でイジイジしている子たちにも読んでほしいです。
──私のような年配の者こそ、青春時代を思い出して、間違いなく胸が熱くなりますが!
(後半に続く)
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そして少女は加速する

コンマ1秒で悪夢に陥る、バトンミス。
それは、あまりに儚く、あまりに永い、「一瞬」――。
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高幡高校陸上部の4継(4×100mリレー)の女子リレーチームは、痛恨のバトンミスによりインターハイ出場を逃していた。
傷の癒えぬまま、それでも次の年に向け新メンバーで再始動する。
部長としての力不足に悩む水無瀬咲(2年)、
チーム最速だが、気持ちの弱さに苦しむ横澤イブリン(2年)、
自分を変えるために、高校から陸上を始めた春谷風香(1年)、
なんとしてもリレーメンバーになって全国に行きたい樺山百々羽(1年)、
部のルールに従わず、孤独に11秒台を目指す手平あかね(1年)。
そして、ライバルや仲間たち。
わずか40秒あまりの闘いのために、少女たちは苦悩し、駆ける――!
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100分の1秒が勝敗を分ける短距離競技は、天国も地獄も紙一重だ。
個人競技でありチーム競技でもあるリレーの魅力を、とことんまで描いた!
悔しさも、涙も、喜びも、ときめきも全部乗せ!のド直球な青春陸上物語。
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