
国連を退職し、「海ノ向こうコーヒー」で働くことになった田才さん。
今回海外出張で訪れたのは、ラオス北部・ルアンパバーンの山あいの村でした。
農家の人びととともに歩む「COFFEE-JAPAN PROJECT」。そこには、人と自然、そして未来へつなぐ新たな挑戦が広がっていました。
* * *
「……またか。さあ、みんな降りて」
とドライバーに促され、後方座席の扉を開け、ぐちゃぐちゃにぬかるんだ赤土道の中でも、少しはマシそうな地面を選んで降り立った。乗っていた全員が車から距離をおいたことを確認すると、ドライバーはアクセルを一気に踏み込み、ハンドルを右に左に巧みに操りながら、泥道にハマってしまった車輪の救出を試みる。
トライしつづけること30分。ようやく抜け出すことに成功した。再びぬかるみで身動きが取れなくならないことを祈りながら、僕たちは車に乗り込み、目的地の村を目指した。
到着したのは、ラオス北部ルアンパバーン県の山あいの村。この村では、いまも多くの人々が自給的な農業に頼りながら暮らしている。かつてこの地域では、アヘン栽培が人々の生活を支えていた時代があった。険しい山岳地帯では現金収入を得る手段が限られ、やむを得ずアヘンに頼ってきたのだ。
そんな土地に、十数年前から小さな変化が芽吹きはじめた。ラオスの企業「サフロンコーヒー」が持ち込んだのは、森を守りながらできる新しい農法「アグロフォレストリー」によるコーヒー栽培だった。木々を切り倒さず、自然の木陰を活かしてコーヒーを育て、売る。森を壊さずに収入を得られるその方法は、森の恵みとともに暮らしを営んできたこの地域の人びとにとって、希望となった。
しかし、アヘンの代わりとしてコーヒー栽培を村に定着させていくためには、コーヒーから継続して安定した収入を得ることが必要だ。そのためには、さらなる技術や設備も欠かせなかった。
そこで2023年、僕たち海ノ向こうコーヒーとサフロンコーヒーでタッグを組み、国連世界食糧計画(WFP)とともに立ち上げたのが「COFFEE-JAPAN PROJECT」だ。
このプロジェクトでは、苗木や精製設備を提供し、栽培から精製までの技術を伝えながら、農家が長期的にコーヒーで生計を立てられるよう支えている。同時に、国連WFPと連携して各家庭の栄養課題を調べ、妊娠中の方や幼い子どもがいる家庭には野菜や果物の育て方を指導したり、水や衛生習慣の改善にも取り組んだりしてきた。コーヒーは収入を生み、野菜や果樹は食卓を豊かにする。収入と栄養、この二つの車輪を同時に回すことで、暮らしの基盤を築いていくのだ。
いま、この取り組みは、ルアンパバーン県の8つの村に広がっている。それぞれの村で暮らす農家たちは、森の斜面に苗木を植えながら、未来を描きはじめている。かつてアヘンで埋め尽くされていた畑が、いまはコーヒーや果樹の緑に染まりつつある。
ラオスでは森林伐採が深刻な課題となっているが、森を守る大切さは、村の人たち自身、ずっと昔から知っているのだ。アグロフォレストリーという解決策に一緒に取り組むことで、少しずつ環境を再生している段階だ。
プロジェクト初期は、それまでコーヒーを育てたことのある農家だけがプロジェクトに参加していたが、いまでは「私も育てたい」と、新しく取り組みはじめる農家も増えてきた。コーヒーを売って収入を得ることで、子どもたちに良い教育を受けさせたいという声を、たくさん聞く。
顆粒のインスタントコーヒーしか飲んだことがないという村の人たちに、フレンチプレスで淹れたての一杯を振る舞うと、「僕たちがつくっているコーヒーは、こんな味なんだ!」と、驚きの声が上がることもあった。
そして、僕たち海ノ向こうコーヒーは、ラオスの森で育まれたコーヒーを日本のお客さんに届けられるようになった。深い森を思わせる、チョコレートのようなコクと、優しい甘みのある味わい。その奥には、山の村で暮らす人々の挑戦や、森を守ろうとする知恵、子どもたちの健やかな成長への願いが込められている。
COFFEE-JAPAN PROJECTは、単なる農業支援でも、短期的な貧困対策でもない。人と自然、収入と栄養、そして生産地と消費地をつなぐ、長い物語の始まりだ。
幻のコーヒー豆を探して海ノ向こうへ

──元・国連職員、コーヒーハンターになる。
国連でキャリアを築いてきた田才諒哉さんが選んだ、まさかの“転職先”は……コーヒーの世界!?
人生のドリップをぐいっと切り替え、発展途上国の生産者たちとともに、“幻のコーヒー豆”を求めて世界を巡ります。
知ってるようで知らない、コーヒーの裏側。
そして、その奥にある人と土地の物語。国際協力の現実。
新連載『幻のコーヒー豆を探して海ノ向こうへ』、いざ出発です。