
誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。
卑しい太陽に踏みつけられた熱は、夜を迎えても衰えることを知らない
地上に降り注いだ紫外線の執念は、アスファルトに宿り、濃密な蒸気となって私たちの肺を満たして、不快指数を支配する
夜風でさえ涼を運ぶことを忘れ、熱を抱擁し乾いた頬を撫でて、君と感じた息苦しさは苦悶でありながら、ある種の甘美な陶酔に分類できたとしたら
酷暑のなかでも人は孤独を許さず、互いの体温を分け合うようにしてしか交れないのだろう
揺らめく灯りに照らされた杯は、しっとりと熟れた乳房みたいな露を宿し、注がれるたびに小刻みに揺れた
漂う汗の香りは禁じられた花の匂い、あまりその気にはなれない
僕はいつもように、君のあどけない横顔に目を奪われたふりをする
思い出の輪郭を縁取る酒の一滴は、熱に溶け儚くも猛々しく、抗いがたい威力を放っていて
グラスの縁に口を寄せる仕草は狂おしく、その一瞬に、僕は夏のすべてを見た気がした
腐る手前の果実の甘さ、拍子はずれな刹那の苦み、散りゆく恋の火花の塵
君の指先が偶然に触れたとき、世界は形を失い、残ったのは互いの鼓動だけ
酷暑は残酷、その残酷さこそが人を剥き出しのまま対峙させるとして、無垢なまま魂を差し出す他なかった
人々のざわめきは遠のき、視線だけが鋭く交錯する
言葉はすでに不要で、微笑は沈黙の詩であり、僕の沈黙は真っ直ぐな応答だった
果てとは、終わりの名に仮託された美の別名
燃え尽きる炎が残す残光は、宴が終わりに近づくほど、沈黙は深い旋律となって絡み合う
二人の果てとは、滅びの闇ではない
燃え尽きたあとに漂う甘やかな残響、永遠に消えぬ美の痕跡
だからもう少しだけ、君とグラスを揺らしていたい
原田知世『恋愛小説3 ~You & Me』(2020年、Universal Music)収録
渋谷で君を待つ間に

誰かを待つ時間、あなたはどんな風に過ごすでしょうか。
その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
この連載では、そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽を、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに毎回紹介していただきます。
- バックナンバー
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- 君の指先が偶然に触れたとき - 原田知世...
- 始まる音の旅が、あの頃に恋し焦がれた夢を...
- 同じ音楽なのに、違う物語を語り始めて -...
- 騒音の中に差し込む一瞬の静けさのように ...
- 心の奥で鳴り響く拍手がある限り - 中谷...
- 取り返せない今を生きているのだから - ...
- 派手な帽子は苦手なのに - Yellow...
- 西と東からの風が混じるこの場所で - 加...
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- 確固たる想いだけが行方知れずに - 高橋...
- 運命は痛みだけを代謝して - 小沢健二『...
- 例えばね?って、笑顔になるような言葉を ...
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