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彼方からの手紙

2025.08.28 公開 ポスト

昭和の暇と国宝の涼清水ミチコ/光浦靖子

今年は昭和が始まってちょうど100年目とのことで、このところ昭和にちなんだ、懐かしの番組をたくさんやっています。先日は昔の家族が写ってるVTRを見ました。小学生の娘の運動会風景だったのですが、親御さんたちがたくさん参加してて、なんだかとても楽しそうなのが印象的でした。平和。当時のことで、父親参加型の競技には瓶ビールをラッパ飲みさせながらの競争に、フラフラになりながら走る人もいたりと、今なら問題になりそうなこともやってましたが、みんな(やれやれ)といった照れを浮かべながらも、どこか(子供のために一肌脱いでやるか)といった誇りや爽快感まで浮かんでいました。いつ頃からか、こういったのんきさ、あるいは何もしていない時間は、なんだかカッコ悪いことかのようになってしまったようです。日本に限らず先進国はヒマっぽさを排除したがる傾向があるのかもしれません。

昔は「夕涼み」なんていう言葉があって、縁側に腰掛けたお爺さんがうちわを片手に外を見ている、とくになにもしてない時間の光景が普通にあったものですが、今そんな人がどこにいるでしょう。まず外で通行人をじっと見たりできません。怪しまれて通報。うちわを涼のためにあおいでる人すらなかなか見ません。今や推しをコンサート会場で応援するもの、企業の広告に配布されるのがうちわの使命。

まずそれ以前に、老人っぽい男性を見かけても、お爺さんと呼ぶことも失礼ではと危惧せねばならない時代なのです。窮屈。私の子供の頃は、ステテコで歩く老人やスリップ(シュミーズとも言った)姿で近所を出歩く中年女性も本当に普通にいました。夏の下着姿はカジュアルな装いの一種。笑っちゃいますが、まわりの我々も特に目のやり場に困るということもなく(そういう人はいるもの)と、なぜかごく普通のカンジだったのです。「下着で歩くなんてやめてください!」と、叫ぶなんて人はいない。でも今やほぼ絶滅になってしまった下着姿の大人。パンツ姿の幼児すら見かけなくなりました。

昭和に比べたら今は洗濯機も食洗機もあり、ずいぶん便利になったはずなのに、なぜか令和の主婦が毎日えんえん忙しいのは、ここにあるのだそうです。服装一つとっても、家族が昔よりもキチンとした格好を求められてるからとのこと。家事だって、昭和より清潔で完璧っぽさを求められてそうですもんね。

『現代人の情報化はこうしてステテコも消してしまったのでしょうか。ではコマーシャルです。』(おじぎ)と、ニュースキャスター風に言いたくなりますが、欧米のサラリーマンも夏はTシャツなどカジュアルな服装で通勤する人も多いのに、日本ではまだ考えられません。35度を超えてもスーツ着用当たり前。ワイシャツ一枚でも長袖が普通なんですから、ホント通勤から過酷そうで気の毒です。高温化対策はもう個人のアイデアではなく、企業がスーツを禁止するなど、社会的に義務として変えていかないとどえらいことになりそうです。

そんな私にとって涼しかったことが一つ。それは映画「国宝」。見た? 暑い時期に混み合う館内で、キーンと肝が冷えました。「国宝まで登り詰めてやる!」という歌舞伎界の男の汗と努力によるサクセスストーリー、ではないんですよ。芸に魅せられ、また才能がある人間とは、こんなに人生の全てを失わざるをえないものかという。絶望の中でつい踊ってしまうシーンなど、綺麗なほどに惨めすぎて最高でした。役者ってすごいなあ。光浦さんもぜひ観てみてください。大きいスクリーンの方がいいと思うな。絢爛豪華で大迫力なのに、歌舞伎って顔に意外と感情をあんまり出さないんですかね。(オレこんなに頑張ってる!)というダンスなんかでよく見る表情や愛嬌ももちろん全くなくて、常に涼しい顔。日本人はとにかく涼しいことがものすごく好きな国民ではなかろうかと思いました。桜や俳句、墨絵にしても、短くも儚い、元々サッパリしたもの好きの、梅干し民族なんですね。

ところで私がラジオで「国宝良かったよ。長時間だからトイレ我慢するのにぼんたん飴いるけど」ってなことを言ったら、「ぼんたん飴が尿意を抑えるのは錯覚」と、聴取者の方からご指摘が。自分が昭和。それなのにそのラジオを聞いた太田光さんが、映画の主演、横浜流星さんと吉沢亮さんに会ったとき、「清水ミチコがラジオで言ってたけど、ぼんたん飴売れてるんだって。あの映画のおかげで」と、あまりにも雑な言い方をし、「知らなかったです」と二人ともきょとんとしてたそうでした。一番肝が冷えました。

そういえば映画の設定も昭和でしたが、いろいろ書きながらハシゴを外すようですが、どんなに昭和がなつかしくても、帰りたいかというとイヤです。今の方が断然いいです。タバコ臭いわ、口が悪いわ、不便かつ不潔だわで最悪です。なめ猫ブームなんてのも当時っから嫌いでした。ただなつかしく、それなのにもどりたくは絶対ならない。それが本当の昭和。この複雑な気持ちは、光浦さんならきっとわかりますよね。

 

【シミチコNEWS】昨年に続き、京都の老舗ライブハウス磔磔で、憂歌団・木村充揮さんとご一緒しました。木村さんどんどんビリケンに似てきてます。

関連書籍

清水ミチコ『カニカマ人生論』

すぐに「気負け」して泣いてしまう少女の頃の笑えて切ない思い出。永六輔さん、タモリさんはじめたくさんの大切な人たちとの巡り逢い。自分の弱さやセコさにぶち当たりながらも、日常の些細な面白みを慈しみつつ、「若い頃よりクヨクヨしなくなった」と思えるようになるまでの様々な出来事。武道館を沸かせる国民の叔母(自称)の、自伝エッセイ。

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彼方からの手紙

清水ミチコさんと光浦靖子さんが月1回手紙を送りあうリレーエッセイ

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

光浦靖子

1971年生まれ。愛知県出身。幼なじみの大久保佳代子と「オアシズ」を結成。テレビやラジオで活躍する一方、手芸作家、文筆家としても活動。著書に『『50歳になりまして』『お前より私のほうが繊細だぞ!』『傷なめクラブ』など多数。2021年8月よりカナダに留学。現在は、就労ビザを取得し、カナダで生活を続けている。(写真:山崎智世)

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