
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
今回のお話は、奇妙な連続殺人事件。被害女性の容姿と職業には、ある共通点があるようです。
犯人はなぜ、似た女性ばかりを襲ったのでしょうか。
* * *
ホス狂い殺人事件
最初の死体を見つけたのは、大久保公園の公衆便所だった。
被害者は工藤美穂、28歳。身長150センチ、体重80キログラムの風俗嬢。顔は正直言って、客が金を払うのを躊躇するレベルだった。
だが、工藤はホストクラブ「Artemis」で、月に200万は使っていたという。
死因は今のところ、薬物の過剰摂取とされている。
しかし、注射痕が妙だ。針の挿入角度がおかしい。自分でやったとも言える程度だが、やや不自然ではある。
「また始まったな」
相棒の佐々木が煙草を吸いながら言った。一ミリのマルボロにしたせいで、煙草の頻度が増えている。署内で吸える時代でもないのに、不便なことをしているものだ。
それからというものの、歌舞伎町の底辺で生きる女たちが、なぜか立て続けに死んでいった。
いずれも「Artemis」の常連で、いずれもデブでブスの風俗嬢たちだ。
気味の悪い湿度がまとわりつく、夏が訪れかけた頃。
今日も俺たちは区役所通りを歩きながら「Artemis」に向かっていた。
昼間の歌舞伎町はどこか薄汚れていて、夜のネオンが隠していた現実が露わになっている。
案内所の横を通ると、道は乾いているのに、昨日誰かが吐いたゲロの匂いがした。
店の前で、マネージャーが機嫌悪そうに立っている。
「工藤さん? ああ、あの人ね。毎日来てたよ。どこで金作ってたんだろうなあ? あの見た目だとなかなかウリもできないっしょ」
「担当は?」
「蓮です。ウチの店のエースで」
蓮。本名は田中健一、24歳。
元はトビ職だったが、3年前にホストへと転じ、いまや“3000万プレイヤー”だという。
店前の看板にも、その数字と顔写真が刷られ、彼の価値を主張している。
黒目の部分にはタバコの火が押し付けられ、パネルがただれていたが。
蓮に会うのは後回しにした。まずは他の被害者についても調べてからホシに当たるのが、捜査の定石だ。
2人目の被害者、山田明美。31歳、体重70キロ。ソープランド「金龍」で働いていた。
死因は転落死。マンションの十階から飛び降りたことになっているが、遺書はなかった。
3人目、鈴木恵子。26歳、体重75キロの下膨れ顔。「ピンクサロン麗」の嬢。
死因は溺死。自宅の浴槽で発見されたが、アルコールも検出されずどうやってユニットバスで溺れたのかと現場もざわついている。
共通点は明白だった。全員がデブでブス。全員が風俗嬢。
そして全員が、「Artemis」の蓮の客だった。
次に蓮の身辺を洗う。
戸籍を調べると、面白いことが分かった。
本籍地は群馬県。母親は田中美恵子、享年42歳。
職業欄には「接客業」と書かれているが、実際は風俗嬢だった。
美恵子の写真を見て俺は驚いた。被害者たちの容姿と、よく似ていたからだ。
特に、頬が出ていて下膨れになっている、おかめみたいな顔のシルエットは、3人目の被害者にそっくりだった。
「見えてきたな」
佐々木が呟いた。妙に納得したような口調だった。
俺たちは群馬に向かった。蓮の実家は既に取り壊されていたが、近所の人間に話を聞くと、色々なことが分かった。
「健一君ね。可哀想な子だったよ」
70歳の婆さんが教えてくれた。
「お母さんがね、太ってて、顔もあまり良くなくて。夜の仕事をしてたから、近所でも噂になってたんよ。健一君は小学校でいじめられてね。『お前の母ちゃん、デブス』って」
「デブスはひどいな。それで?」
「中学生の時だったかな。お母さんが男と駆け落ちしちゃったの。健一君を置いて。それから健一君、グレちゃって」
婆さんの話では、蓮は15歳で家を出て、それから母親とは一切連絡を取らなかったという。
美恵子が肝硬変で死んだ時も、葬式には来なかった。
東京に戻って、俺たちは「Artemis」に向かった。
夜の歌舞伎町。ネオンの点滅が、アスファルトに吐き捨てられたガムの黒ずみを浮き上がらせている。
「いらっしゃいませ」
蓮が現れた。背は高く顔立ちは整っているが、作り込まれた笑顔にはどこか違和感がある。
「はじめまして、刑事さん。マネージャーから話は聞いてますが……」
「君の母親のことを聞いた」
蓮の表情が一瞬、凍りついた。
「母親? 急に何のことですか」
「田中美恵子。君の母親だ」
蓮が無言で俺たちを見つめている。目に深い憎悪が宿るのを感じた。
「あー、あのクソ女のことまで知っちゃったんだ?」
全てを察したからか、蓮の口調が変わる。丁寧語を辞め、地の関東弁が顔を出した。
「俺がどれだけ苦労したと思ってる? 小学校の時からずっと、『お前の母ちゃんデブス』って言われ続けた。あの女のせいで」
ふと視線を落とすと、指が食い込むくらいに握りしめた拳が、微かに震えていた。
「中学の時、好きな女の子がいたんだ。告白しようと思ってた。でもその子の友達が言ったんだよ。『あいつの母ちゃん、太った売春婦だって』って。似ないように産んでくれてよかったって、感謝することなんて、それ以外にないかもな」
蓮は、息苦しいとばかりにネクタイを緩める。目には涙を浮かべていた。
「俺は、あの女を殺したかった。毎日毎日、殺してやりたいって思ってた。分かるか? デブでブスで、それでネグレクトなんだぜ? 飯すら作らない。クリスマスも誕生日も、知らないおっさんに金を渡して遊び歩いて。それで、男と逃げちゃった。俺を置いて」
こらえるような表情は、悲しみとは違うなにかに見える。
「だから決めたんだ。あの女みたいな奴らを、この世から消してやるって」
「被害者が君の母親に似てたからか」
「そうだ。デブでブスで、金で男を買うような女どもだからなあ。生きてる価値なんかないだろ?」
蓮がポケットから注射器を取り出した。
「でも俺は優しいんだ。苦しまないように殺してやった」
「田中健一、殺人の容疑で逮捕する」
俺は拳銃を抜く。
蓮が笑った。乾いた、狂気じみた笑い声だった。
「やってみろよデコ助が。そういや、あのババアを抱いてたデコもいたなあ」
「おい、ちょっと待て。やめろ」
「母ちゃん、やっと会えるな。殺してやるよ、今度こそ」
蓮が床に崩れ落ちた。注射器を、自らの首に突き刺したのだ。
救急車を呼んだが、間に合わなかった。
その後の調べで、蓮のアパートからは被害者たちの写真と、母親の写真が見つかった。
全部の写真に、赤いペンで「死ね」と書かれていた。
事件は解決した。少なくとも、そういうことになった。
3日後、俺たちは署で報告書を書いていた。
「これで一件落着だな」
佐々木が煙を吐きながら言った。
「そうだな。ってか署で煙草吸うなよな」
俺は報告書に向かっていたが、なぜか集中できなかった。何かが引っかかる。
「佐々木、現場でお前『また始まったな』って言ったことあったよな」
「言ったかもな。連続殺人の匂いがしてたから」
「いや、あれは最初の事件の時だった。なんで『また』なんだ?」
佐々木の手が一瞬、止まった。
「勘だよ、勘。長年やってると分かるもんだろ」
その時、電話が鳴った。鑑識からだった。
「蓮のアパートから採取した指紋の件ですが、一つ合致しないものがありました」
「誰の?」
「佐々木さんのものです」
俺は受話器を置いて、佐々木を見た。まだ煙草を吸いたそうに箱を眺めている。
「お前さ、蓮のアパートに行ったことあるのか?」
「いや、ないな」
「なら、なんでお前の指紋が?」
「さあな。分からん」
佐々木は、名残惜しそうに煙草をポケットにしまう。
机の引き出しが少し開いていた。それを見て、俺は目を疑う。
「佐々木、それ」
「おいおい、捜査の基本だろ、写真なんて」
佐々木はそう言い残して、署を出て行った。
女の写真だった。太った女の写真が、何枚も。
2人目以降の被害者たちの写真が、雑多に引き出しの中に収められていた。
そのなかの1枚の古い写真。佐々木とデブでブスの女が笑っている。
写真の裏には、まるで呪いともいえる文字が書かれていた。
“売女の美恵子、裏切り者の底辺の豚”
翌日。佐々木は署に来ない。
夕方になると、歌舞伎町で新しい死体が発見された。
また、デブでブスの風俗嬢だった。
蓮と佐々木は、あのアパートで何かを話していたのではないか。
彼らの田中美恵子への思いは、憎しみだけだったのか。
感情の矛先は、理不尽にも街の女たちに向けられた。
その理由なんて、俺には分からなかった。
歌舞伎町の夜は、まるで朝が来るみたいに、今日も訪れる。
ネオンの光に吸い寄せられる人間で、ここに来る目的を、明確に語れる人間は少ない。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。
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