

下町ホスト#39
目覚めると雨は完璧に止んでいて、それなりの音量でテレビから笑い声が聞こえる。
後から付け足したような笑い声が静まるとニュース番組に切り替わり、大雑把に現在の時間を知った。
眼鏡ギャルは、団扇で顔を煽りながら、化粧台に向かっている。
私がおはようと声を掛けると、早くしろよと言うような表情で髪を掻き上げた。
前日、風呂に入っていない私は固まった髪の毛を安物のリンスで溶かすと、髪に付着していたヤニ臭が鼻腔を突く。
トロピカルなボディソープの横にある変形した固形石鹸で頭部以外を洗い、適切に洗い流して面倒なシャワーを終えた。
「つーか、風呂入らないのとかなくない?」
「寝ちゃってさ、ごめん」
眼鏡ギャルが口をようやく開く。
「アタシのボディソープ使ったでしょ?」
「使ってないよ 俺のやつ使ったよ」
「あのボロボロの石鹸?」
「そう」
「使えば?アタシの」
「いや、いいよ」
「なんで?」
「悪いから」
「つまんねーホスト感出すなよ うぜーな」
「そんなんじゃないって」
「トロピカル香らせて売れてこいよ ちいせーよ糞が」
「ごめん」
テレビの音が消えて、眼鏡ギャルが煙草を咥える。
「雑誌見たよ ありがとうね」
「いいのあった?」
「いつくかメモしたんだけど、コムなんとかってやつが良かったなあ」
「へー」
「あのギャル男とは被りたくなかったから、いいかもね」
「あいつは何好きなんだっけ?」
「知らなくていーよ」
「トルネードなんちゃらか」
「しね」
「どこに買いに行く?」
「新宿」
眼鏡ギャルの家は、新宿から数駅離れたところにあり、マンション内にはホストの寮らしきものが点在している。
駅まで徒歩で向かい、たいして弾まない会話をぶら下げて電車に乗り、新宿駅東口に到着する。
相変わらずホストかスカウトかわからない人間達が屯していて、私達を品定めするような視線が飛ぶ。
眼鏡ギャルは、そんな眼差しを活きの良い飛魚のように人間達をかわしながら目的地まで跳ねて行った。
私は追いかけるように歩き、靖國通りと明治通りの交差点辺りに聳え立つビルに入る。
エスカレーターで上のフロアへ上がり、ガラスでかなりの面積を覆っているコムなんとかに辿り着く。
眼鏡ギャルはスーツが展示してあるラックに向かい、ひとつずつ丁寧に触っている。
私が口を開く前に、ホストっぽい店員がやってきて、眼鏡ギャルに話しかける。
しかし、眼鏡ギャルは完全に無視をして、私に話しかける。
「これよくね?めっちゃ光ってんじゃん」
「派手すぎない?」
「ひ弱だからこれくらいが丁度いいんだよ、お前は」
そう言って銀色に光るジャケットをホストっぽい店員に渡し、私は彼と更衣室へ向かう。
「彼女、可愛いですね」
ホストっぽい店員がヤニ臭そうな歯を見せる。
「そうなんですよ」
私は引き攣りながら、口角を上げ、そのまま試着室へ入る。
とてつもなく光沢のある銀色っぽい細身のスーツは私の体型にピッタリで、覗きに来た眼鏡ギャルは機嫌が良さそうだった。
「そのまま着ていこーよ、それ」
という眼鏡の提案で、タグを外し、そのまま眼鏡ギャルがお会計を済ませて、コムなんとかを後にした。
ヤニ臭そうな店員は、眼鏡ギャルと私にさりげなく名刺を渡して、ヤニ臭そうな歯を再度見せながら、綺麗なお辞儀をした。
「いいじゃん、なんか売れそうだよお前」
いつもより目を見開いた眼鏡ギャルはスキップをしながら、他のフロアに向かった。
【赤を舐む】
捲られていやいや匂う肉襞を見守っている包茎の人
墨の闇ほどける脚がのぼるまで鯨の尾びれのしずかな反り
屏風裏牡丹は裂けて白昼の骨があやしく風を呼びこむ
赤を舐む舌の裏までひかりさす水死の女の瞼の重み
ひと刷けの黒に沈める指のさき眠るあいつの喉を撫でおり

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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