
がん、認知症、寝たきり…… 年齢を重ねれば仕方がないと思われがちな不調の数々。だが、私たちの体には、病や老化に抗う力が本来備わっている――。
現役外科医が、西洋医学だけでなく東洋医学や民間療法にも目を向け、自然治癒力を引き出す生活習慣を具体的に解説した新書『自然治癒力を引き出す 老化も病も予防できる』。本書から、一部を再編集してご紹介します。
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目に見えない症状を読み解く
寝たきりになっても、長く生きられる時代になりました。でも「寝たきりになってまで生きたくない」と思う方は多いことでしょう。
確かに、自分の足で歩き、食事もとって、自立した生活を最後まで続けたいものです。そのために大切なことは、予防と心がけです。老いに伴う体の変化を知っておきましょう。
皆さんは、高齢者に見られる症状や疾患の特徴について正しくご存じでしょうか?
慢性的に経過しやすく、症状は個人差があって、非定型的で、痛みを感じにくい。ごく簡単に言えば、これが高齢者の体に表れる特徴です。
非定型的というのは、一般的に考えられているような症状が出ないということです。例えば肺炎。普通ならば、高熱が出るところですが、高齢者が肺炎になると、さほど熱が出ないことも多く(これを「無熱性肺炎」と言います)、ただ、動きが緩慢だったり、食欲がなかったりして、「なんとなくだるそう」「元気がなさそう」という症状しか見られないことがあり、周囲からの発見が遅れることもあります。
気づいた時にはかなり進行していた、ということも少なくありません。そのため、ちょっとでも「おかしいな」と思ったら医師に診てもらうことをお勧めします。
肺炎だけでなく、心筋梗塞ですら痛みを感じない時があります。胸痛や不快感といった典型的な症状が現れず(これを「無痛性心筋梗塞」と言います)、たまたま受けた健診で見つかるというケースもあります。
これは、高齢者特有の「感覚鈍麻」によるものです。高齢者は、年齢とともに、強い痛みを訴えなくなるものです。周囲が先回りして、「目に見えない」疾患を想像して、先手を打つことが必要です。
ぱっと見ではわからない不調や不快感、痛みや辛さが、体の内部で起きているかもしれません。
近くに高齢者がいる家族は、日頃から観察をして、心身が健やかな状態をインプットしておくと、「あれ? ちょっと変だな」という違和感に気づきやすくなると思います。
誤嚥のメカニズム
多死社会の今、死因の6位にあるのが「誤嚥性肺炎」です。2016年までは誤嚥性肺炎は肺炎(9・1%)として集計されていました。しかし、2017年からは肺炎と誤嚥性肺炎を分けて集計するようになりました(「主要死因別死亡率(人口10万対)の経時推移」の図を参照)。ちなみに、2023年の統計では、肺炎は全体の4・8%で第5位、誤嚥性肺炎は3・8%で第6位です。高齢化に伴って、今後は誤嚥性肺炎の増加が見込まれます。
誤嚥性肺炎とは、書いて字のごとく誤った「嚥下」による肺炎のこと。食べ物を飲み下す(=嚥下)時に、食べ物や液体が間違って(食道ではなく)気管や肺に入ってしまうことで呼吸器系に炎症を起こす疾患です。
通常、健康な人は誤って肺に食べ物や液体が入っても、かなり激しい咳やむせによって、肺から出すことができます。これを咳嗽反射と言います。しかし、高齢者になるとその反射力が低下するために咳が弱かったり、あるいは、咳が出なかったり(咳嗽反射が生じない)します。誤嚥をしても何も起きない(これを「不顕性誤嚥」と言います)こともあります。特に喫煙者ではこうした反射が起きにくいとされています。
不顕性誤嚥は、高齢者だけでなく中年の方にも起こることがあります。睡眠中に口腔内で繁殖した細菌を含んだ唾液が垂れ込んだり、胃食道逆流症で胃内容物が逆流したりすることによって起こります。食道裂孔ヘルニアなどがあれば起こりやすくなります。
加齢、過食や高脂肪食や就寝前の食事や過度のアルコール摂取などの悪い食習慣、肥満による腹圧の上昇、ストレスなどでも起きます。高齢でなくても、誤嚥は生じます。また、喫煙者は誤嚥した時の咳嗽反射が低下していることが指摘されていますので、禁煙が勧められます。
高齢者の誤嚥は筋力低下だけが原因ではない
話を高齢者の誤嚥性肺炎に戻します。
なぜ、高齢者は「誤嚥」するのか、ご存じですか? おそらく「飲み込む力が落ちているからでしょう、喉の筋肉低下が原因でしょう」と考える方が多いと思います。問題は筋肉だけでしょうか。実は沢山の要因が絡み合って、「誤嚥」は起きています。
高齢者が食事をする様子を見てみると、時間がかかっていることに気づく方がいらっしゃると思います。咀嚼をして飲み込むまでにとても時間がかかっています。実は私たちはあまり意識していませんが、水や食べ物を「ゴックン」と飲み込む時、その一瞬に息を止めています。
嚥下時には喉頭(喉ぼとけ)が前上方へ引き上がって、喉頭蓋という“フタ”が閉まって、「こちらには行ってはいけませんよ」と、気道が塞がれます。その瞬間、息を止めているのです。
それと同時に食道入口部が開き、食べ物や液体が、咽頭から食道へ移送されます。これが正しいルートです。このように意識しないところで、安全機能が働いているのです。さらに喉頭の入り口にある声帯も閉じて二重の防御機構があります。
誤嚥はこれら二重防備を破って、一瞬のスキを見つけて入り込むようなものです。
この「フタ」さえ、機能していれば気道に誤って物が入ることはなくなります。とはいえ、加齢とともに、筋肉が弱って喉頭が十分に上げられないためフタの役割をする「喉頭蓋」がうまく閉まらず、隙間が生じます。ですから、誤嚥防止に、喉周りの筋肉を鍛えるのが良いとされています。とりわけこの「フタ」の動きを支える筋肉の強化が有効です。その筋肉を鍛える方法を紹介しますね。
- 仰向けに寝た状態で頭を持ち上げて、視線を前方のつま先に。この姿勢を数秒間キープしその後ゆっくりと頭を下ろします。この動作を5~10回繰り返します。
- 「エ」と声を出しながら、喉を意識的に閉じるイメージ。この動作を数回繰り返します。徐々に声の強さや持続時間を増やしていきます。声帯の強化に繋がります。
- 座った状態(あるいは立った状態)で姿勢を正し、意図的に大きな力で飲み込む動作を行います。何も含まなくてOK。大きな力で飲み込むことを意識しましょう。これを5~10回繰り返します。喉の筋肉が鍛えられます。
息を止めたり吸ったり、嚙み砕いたり(咀嚼)、飲み込んだり(嚥下)、食事をするというのは、高齢者にとっては実は大変なエネルギーを使う作業なのです。
ほとんど筋肉でできている舌の動きも弱くなり、口の中に入れたものがなかなか塊にならず、口の中でもごもごとする。舌の筋肉が弱くなり、咽頭の方への送り込みも時間がかかってしまう。飲み込もうとしてもなかなか進まないし、誤ったコース(肺)に入ってしまう。本当にエネルギーを使う大変な作業なのです。
このような口や喉の運動機能の低下を「オーラルフレイル」と言います。
運動機能の問題だけではありません。集中力が低下したり、認知機能が低下すると、摂食嚥下の5段階のうちの「先行期(認知期)」という最初の段階からつまずいてしまいます。テーブルの上に置かれたご飯やおかずを「食べ物だ」と認識できなかったり、箸やスプーンの使い方がわからなくなったりして、食事ができなくなってしまいます。
普通に食べることができる、というのは実はものすごく素晴らしいことなのです。
最後に「人間の進化」の面からも。誤嚥がなぜ起きるのかについては、ヒトが直立二足歩行したことが原因だとする説があります。
イヌやウシなどの四つ足動物には誤嚥はありません。ハイハイの赤ん坊は母乳を息を止めずに飲み続けることができ、また決して誤嚥することはありません(げっぷを出す時に逆流してきたミルクを吸いこんでむせることはありますが)。赤ん坊はなぜ誤嚥しないのでしょう?
これは類人猿が四つ足で歩いていた古いにしえより、直立二足歩行へと進化してきた過程を再現しているのかもしれません。赤ん坊が立って歩き出すようになると、重力の影響を受け、咽頭の位置が下がって伸びるとともに横にも広がることによって、気道(呼吸の通り道)と食道(食事の通り道)が立体交差から平面で交差することになります。
これが、誤嚥のリスクに繋がる構造です。進化とともに生じたものだと考えられています。
誤嚥を遠ざける方法7+α
◆1 基本的にむせやすいものは食べるべからず
(酸味の強いものや、きなこなどの粉)
◆2 水分の少ないもの(まとまりにくいもの)は極力避ける
(カステラやクッキーなど。どうしても食べたい場合は湿らせて)
◆3 液体と固体が混ざったものは避ける
(高野豆腐やフルーツポンチなど)
◆4 市販のとろみ剤を上手に使うべし
(だまにならぬように。味付けを損なわないもの、好みのものを選んで)
◆5 食事の時は背筋を伸ばして顎を引き、椅子に深く座るべし
(体とテーブルはにぎりこぶし1個分空ける。足底は床につける)
◆6 食後30分は座位、もしくは半座位(背中を45度程度起こした状態)で
(食事の逆流を防ぐため)
◆7 口腔ケアを欠かさないこと
◆+α(伊藤ポイント) アロマパッチを活用すべし
(黒胡椒のアロマをしみこませたネックレスホルダーを首からぶら下げるのもお勧めです。抗誤嚥作用を有する香辛料商品として、黒胡椒〈ブラックペッパー〉が有効)
これは東北大学の海老原孝枝氏らの研究成果で商品化されました。
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老いに負けず、最期まで自立して生きる方法について詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『自然治癒力を引き出す 老化も病も予防できる』をお読みください。
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自然治癒力を引き出す

がん、認知症、寝たきりは予防できる――。その鍵は、人間に本来備わる自然治癒力を引き出し、老化や病を遠ざける“統合医療”にある。年のせいと諦めていた不調であっても、改善が期待できる新しい医療のかたちだ。その可能性を追究し続け、東洋医学や民間療法までも実践と検証を重ねてきた外科医が、健康寿命を延ばす日常ケアを具体的に解説。たとえば、頭も体も使う園芸療法、誤嚥を防ぐ咀嚼トレーニング、心を整える瞑想法など、毎日の習慣に取り入れやすいものばかりだ。最期まで自分の足で歩き、自宅で充実した日々を過ごしたい人、必読の一冊。
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