
ラッパー、作詞家として活躍するGASHIMAさんによる、初のエッセイ連載『先生、俺またバグってます。』。
第2回となる今回のテーマは、「俺がラッパーになった日」――。
言葉が通じなかった異国の地で、突然始まったサイファー。
たった一度の「嘘のラップ」が、GASHIMAさんの人生を変えることになるとは。
その瞬間から始まった物語を、今、あらためて言葉にしてくださいました。
* * *
「いつラップを始めたんですか?」
よく質問されるが、
なかなか答えるのが難しい。
遊びでラップを
書き始めた日がそうなのか?
初めてステージに
立った日がそうなのか?
一言では答えられないけど、
初めて人に向かって
ラップした日のことは
今でもはっきりと覚えている。
あれは中学校1年生。
父親の転勤でロサンゼルスに引っ越し、
現地の学校に転入して3ヶ月たった頃だ。
俺は「バイリンガルラッパー」なんて
名乗っているから、
子供の頃から英語を流暢に
喋れたと思われがち。
だけど、実際はそうじゃない。
現地校に転入した時には
英語なんて話せなかった。
当然、授業にはついていけないし、
友達なんて一人も出来なかった。
イジメやイジりの
対象にすらならない。
あの頃の俺は
存在していないのと同じだった。
学校に行って、
何も分からない授業を聞く。
同級生と一言も
交わさずに帰ってくる。
夜中の2時まで辞書を
引きながら宿題をする。
眠りにつくと、
授業中に当てられる夢を見る。
何度も目覚めながら朝を迎える。
そんな毎日が3ヶ月間続いた。
今もメンタルの調子が悪い期間を
辛いと感じるけど、
思春期に食らったあの3ヶ月の
キツさは永遠に感じられた。
でも、そんなある日。
すべてを覆す出来事が起こる。
社会の授業中、
課題をそっち退けで
黒人とメキシコ人のグループが
教室の後ろでラップを始めた。
これが生まれて初めて見た
「サイファー」だった。
一人の生徒がビートボックスをして、
代わる代わるラップをしていく。
誰かがパンチラインを決めるたびに
周りで見ている生徒も湧き上がる。
「こいつらめちゃくちゃすげぇじゃん……」
初めて見た光景に俺はただただ
圧倒されるしかなかった。
英語なんて分からないから、
内容がなんだったかも分からないし、
沸きどころもよく分からない。
でも、誰が一番カマしてるのかは
見ていれば分かった。
そんなサイファーを
ただ唖然と見ていると、
俺に向かって一人の黒人の
生徒がラップをし始めた。
そいつはニヤニヤと笑いながら
大きなジェスチャーをつけ、
俺を指差してラップする。
「ジャッキー・チェン」
「チャイニーズ」
断片的にしか聞き取れなかったが、
アジア人であることをディスられて、
笑い者にされていることだけは分かった。
そいつは一通りラップを終えて、
周りの奴らとハイタッチしながら
「カモン!」と俺にアンサーを求める。
そもそも英語すら喋れない俺が
ラップなんて出来るはずがない。
そうタカをくくって、
おちょくって来ている。
「ここで行かなきゃ何も変わらない。」
そう思ったと同時に
俺は日本語でラップを始めていた。
「俺は東京生まれ、hip hop育ち
悪そうな奴は大体友達!!」
そもそも、俺の生まれは兵庫だ。
悪そうな奴は大体友達どころか、
友達が出来なくて困ってる。
唯一、知っていたZeebra氏のラップ。
人のふんどしで思いっきり相撲を取った。
「オー!!! シット!!!!!!!」
その瞬間にクラス全体が
一気に湧き上がった。
俺達を注意すべき先生ですら
拍手をしていた。
「ジャパニーズ・ラップ、
クソやべぇじゃん!!」
その後は何度も何度も
ラップを求められて
そのたびに
「俺は東京生まれhip hop育ち」
と同じ嘘のラップを続けた。
日本語だから、
毎回、同じことを
言っているのに
誰も気づいてないし、
基本的にうちの中学は
みんなアホだった。
ランチタイムを告げる
ベルが鳴り響いて
サイファーにいた
全員と握手を交わす。
妙な熱気を帯びて、
その日の授業は終わった。
そして、いつも通り
しなびたピザを買った学食。
メキシコ人の不良グループの
テーブルから声をかけられた。
「おい! こっち座れよ!」
その日から俺は
メキシカン集団に
一人だけ紛れ込んだ
謎のアジア人となった。
「悪そうな奴は大体友達」
あの嘘のラップが
本当になってしまったのだ。
そして、その後の俺は
しっかりとヒップホップにハマって
ラッパーになった。
必死に唾を飛ばしながら
何度も繰り返した嘘のラップ。
本気で口にした言葉は
現実になっていった。
そう考えると「言霊」って
本当にあるのかも知れない。
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先生、俺またバグってます。

3人組シンガーソングライター・グループ WHITE JAMのラッパーとして活躍するGASHIMA。
そんな彼はある日、「双極性障害」であると診断される。
思い返してみれば、昔から自分はちょっとバグってた。
日本とアメリカで経験した過去、生い立ちと音楽、メンタルヘルスの狭間で感じた「生きづらさ」をパーソナルかつリアルに綴るセルフドキュメンタリー連載。
目まぐるしく変わる環境に対するやり場のない怒り。
振り返ってみれば「若気の至り」だと思っていた破壊的衝動。
あれも、これも、もしかしたら躁状態だったのかも?
“ただの勢い”の裏にはちゃんと病理があった。
そう思えると、あの時の俺も少しだけ愛せるようになった。
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