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書くこと読むこと

2025.07.26 公開 ポスト

明里桜良さん『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』:人事を尽くすけれど天命は待たない、みたいなことをしてほしくて。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、デビュー作『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』を刊行された、明里桜良さんにお話をおうかがいしました。

小説幻冬2025年8月号より転載)

 

*   *   *

明里桜良(あかり・さくら):1985年、愛知県生まれ。はじめて書いた小説『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』で「日本ファンタジーノベル大賞2025」の大賞を受賞。

これがはじめて書いた小説なのか、と驚かされる『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』。「日本ファンタジーノベル大賞2025」の大賞を受賞した、明里桜良さんのデビュー作である。

「子供の頃から本を読むのは好きでしたが、自分に書けるとは思っていなくて。22歳の頃に一度、書こうとして何も書けずに終わりました。その後就職したんですが、体を壊して辞めたんです。療養しながら何か好きなことをしようと思った時に、はじめて本腰を入れて小説を書きました」

過疎化が進む豊穂市の市役所に就職した大月ひらりは、市内にある母の実家で一人暮らしを始める。そこではじめて母の家系が天狗に願掛けする役割を担っていたと知るが、すでに祖父も母も他界しており、彼女には何も分からない。だが偶然、近所のカフェの店主、飯野の正体が天狗だと知って以来、飯野や、喋るアナグマの夜三郎ら不思議な生き物、氏神らとの交流が始まっていく。

「自分も田舎育ちなんです。それに、市役所職員ではないんですけれど以前は公務員をしていて、行政というものが身近ではありました。ただ、ひらりが配属された〈すぐやる課〉の業務内容はまったくの想像で書いています」

公務員というリアリスティックな存在と、天狗ら幻想的な存在という組み合わせが絶妙。では天狗や氏神という発想はどこから?

「民間信仰や民俗学的なことがずっと好きで、大学院で文化人類学を専攻して、作中にも出てくる、山奥の古老に話を聞きに行くようなこともしました」

こうした経歴を聞けば、行政課題×天狗という設定を思いついたのも自然な流れだと腑に落ちる。

子供の失踪(神隠し)、高齢者を狙った詐欺事件、定住支援と若者の婚活、共同体のなかでの人間関係、そして災害……。ひらりはさまざまな地域の問題に直面する。

「のんびりロハスな暮らしを書くだけでは、今の田舎のリアリティは出ないなと思っていました」

しかし困難があっても、ひらりは安易に天狗に助けを求めない。願掛けの方法を知らないのも理由だが、人を頼らない性格なのだ。

「天狗頼みにしない、とは決めていました。主人公には、人事を尽くすけれど天命は待たない、みたいなことをしてほしくて」

どこまでも真面目でマイペースなひらりが非常に魅力的。

「自分が働いていた頃に年下の人たちに会うと、ひらりみたいな子が多かったんです。こういう子たちが田舎の文脈の中で生きていくとどうなるかなと考えました」

市役所の同僚や、地域に住む人々もいい味を出している。職場の人間にも地域住民にも神々にも揉まれながら成長していくひらりの姿が清々しく、微笑ましい。

本作を投稿した際は、出版業界の勝手がよく分かっていなかったそうだ。

「電話が取れず“新潮社ですけれどまた連絡します”というメッセージを読んだ時、私、応募原稿でなにかやらかしたと思って(笑)。どうしようと思いながら連絡したら、“最終選考に残りました”と言われて、本当に驚きました」

受賞が決まり、書籍化のために改稿作業をしている間も夢の中にいるような心地だったという。そうは思えないほど、文章力、構成力、キャラクター造形力に確かなものを感じさせる明里さん。幼い頃から読書家だったようだが、お気に入りの作家、作品は何か。

「大きな読書体験としては小学校低学年の時に読んだ角野栄子さんの『魔女の宅急便』、4年生くらいの荻原規子さんの勾玉シリーズ、高校生の時に出合った京極夏彦さんの百鬼夜行シリーズです」

今回、好きな本の印象的なフレーズに選んだのは、その『魔女の宅急便』第2巻から。

つくるって、ふしぎよ。自分がつくっても、自分がつくっていないのよ。

『魔女の宅急便 (2)キキと新しい魔法』角野栄子 著(角川文庫)より

母親から主人公のキキに宛てた手紙にある一節だ。

「『魔女の宅急便』の1巻と2巻は人生の節目や、節目というほどではないけど変化があった時に読み返しています。今回選んだフレーズについて、キキはその意味を繰り返し考えるんですよね。その後、くしゃみの薬づくりを通して、キキは自分でつくるものでも自分だけでは完成しなくて、もっとなにか大きな力があることに気づいていく。それは、何かをつくることに限らず、生きることすべてに共通するように感じています」

明里さんも本作の執筆中、似た感覚をおぼえたという。

「自分が書いているはずなのに、目の前にあるものを書き写しているような感覚がありました。今後どのように創作をしていくのか模索中ではありますが、この感覚はずっと続くのではないか、そして続けばいいなと、思っています」

明里桜良『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』新潮社/1980円(税込)

過疎化が進む豊穂市の市役所に就職し、市内の母の生家に越して一人で暮らす大月ひらり。母の家系は代々天狗に願掛けをする役割だったようだが、願掛けの方法も分からず、知る気もない。でもある時、馴染みのカフェの店主の正体が天狗だと分かり……。

取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG) 

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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