
日本の大手弁護士事務所を辞め、世界放浪の旅へ。これまで訪れた国は133カ国、目的の一つは「裁判傍聴」。唯一無二の旅を続ける弁護士・原口侑子さんの連載「続・ぶらり世界裁判放浪記」をお届けします。本日の目的地は、アルジェリア。アフリカ大陸の北部にあり、北は地中海に臨み、アトラス山脈の南に、広大なサハラ砂漠が広がります。訪れたとある村で、独特のリズムを刻む音楽と踊りに出会い……。
これまでの旅をまとめた書籍『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)も好評発売中です。
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ベルベル人の中でも、民族によってしきたりは多様だ。家族と氏族で構成されたムザブのベルベル人以外にも、複雑な階級社会を持つトゥアレグ族、評議会制度を持つカビール族など、ベルベル人の中にはそれぞれに異なる社会構造があり、異なる法・慣習がある。
「この砂漠をずっとずっと南に飛んでいったら、トゥアレグの行き交う広大な内陸地帯だよ」、飛行機で隣り合ったおじさんが言った。
※前編と重複するが、ベルベル人は自分たちをベルベル人(野蛮人)とは呼ばず、アマーズィーグ(自由人)と呼ぶこともあるし、ベルベル人の中でさらに自分の属する民族の名前で呼ぶこともある(がここでは総称として、いったん今まで通り「ベルベル人」と呼ぶ)。
日本の6倍の国土があるアルジェリア、遊牧民のトゥアレグが行き来する南部は、そのままニジェール川を渡るとコートジボワールに、象牙海岸に至る。西アフリカはつながっている。一方アルジェリアの北端へのぼると、カビール族(というベルベル人)の住む地中海に至る。アフリカ大陸はここで終わる。
砂漠で過ごす夜、ディワンという伝統音楽を演奏する祭りに招いてもらった。
シャカシャカと金属製のマラカスをドラム代わりに鳴らし、中心にいるおじさんが弦楽器で主旋律を奏でて歌う。人びとは足を右、左、右、左と踏みかえて、ゆっくりと踊る。音楽のリズムと踊りが融合するまでずっと、同じ旋律を反復する。楽団はみんな肌の色の濃い南部のベルベル人で、白いターバンに白いローブをつけていた。
単調なリズム、ちょっとドライで、ちょっとあっけらかんとしていて、だけどなんだかときどき物悲しいような、不思議と心が落ち着く旋律だった。私も気づくと踊りの輪に加わっていた。マラカスの砂っぽい金属音が耳に残った。
「この音楽は儀礼的な側面もあって、ベルベル人の中でも南部ーー西アフリカーーから来たブラックカルチャーの影響を強く受けた音楽なんだ」隣のアルジェリア人が教えてくれる。ショットグラスの酒の代わりにショットグラスの濃いお茶が出されていて、渋くてつい顔がしぼられる。
「ささ、お茶のお代わりはいかが」
ふと横を見ると肌の白い、カビール系のアルジェリア人の子どもが身体を左右に揺らしながら踊っていた。カビール人はアルジェリア最大のベルベル民族で、地中海沿岸のカビーリ地方を起源とする。カビール人にはカビール人の、法・慣習があり、アルジェリアを束ねる国の法――イスラム法とフランス法――に混ざり合っている。
南から北まで、長い旅をしていたベルベルのカルチャーはひとくくりにはできない。
私はサハラ砂漠と地中海沿岸にまたがるアルジェリアの、長い歴史をたどって旅していた。
ベルベル人が旅をしながら暮らしていた紀元前の様子を残すサハラ砂漠を出ると、フェニキア人時代からローマ時代までつづいた遺跡ティパサを見に行った。サハラ砂漠の砂粒に似た、桃色がかったベージュの建物の裏に、キラキラと輝く地中海の水面が見えた。ここは海の遺跡だった。もうこのとき政治の舞台は地中海に移っていたのだ。
1時間、海沿いをドライブして友人一家の住む首都アルジェの町に帰ると、カスバ(城壁)の丘が迎えてくれた。ローマ時代の終焉後イスラム化していったこの国の成り立ちが、複雑に入り組んだ街路に残っている。オスマン帝国時代には、海賊バルバロッサ・ハイルディンがここアルジェのカスバを拠点としていたらしい。
海を臨むカスバの家々は中庭を囲んでいくつもの家がつながっている。しっかりと縫い付けられているようにも見える。ここはフランスからの独立戦争の舞台にもなっていて、中庭と家々の入り組んだ路地はさながら迷路、ゲリラ戦に適していたと聞くと納得がいく。街区ごとにルールがあり、地域行事が行われていると聞いた。カスバにはカスバの法慣習があるのだ。
家々のすき間を縫う急勾配の坂道を上ると息が切れた。ようやくたどり着いた丘の上からは見える青い水面は日の光を浴びて良く凪いでいる。日差しは強かったが、12月の海風は涼しい。カモメがゆっくりと飛び去る。「地中海」、と私はつぶやいた。
サハラ砂漠はアフリカ大陸を「北アフリカ」と「サハラ以南アフリカ」に分けるが、アルジェリアはその悠久の歴史で、地中海とサハラをつなげる。
続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。
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