
人気怪談系YouTuberナナフシギが、子どもたちに届けたい、実話怪談をセレクト!
児童向け怪談集『5分怪談』から、夏にピッタリな怖い話をお届けします。
油断していると、大人でも眠れなくなるかも……?
* * *
大家さんは知っている
まだ、携帯電話もデジタルカメラもなかった時代のことです。
弟が地域でも有名な私立小学校に合格したので、一家そろって学校の近くへ引っ越すことになりました。
父さんと母さんが見つけてきた新しい家は、古い中古の木造平屋でした。平屋というのは、一階建ての家のことです。
玄関を開けて中に入ると、左右に長い廊下が続いています。
西側――つまり玄関から見て左側の廊下は、寝室と居間につながっていました。
僕ら家族4人が過ごすには十分な広さがあります。台所やお風呂場も居間の奥にあるので、僕らは家にいる時間のほとんどをこの西側ですごすことになりました。
東側――玄関から見て右側にあるのは書斎と客室です。前の住人が使っていた本棚がそのまま残されていて、父さんはその部屋を自室にしていました。
書斎を通りすぎて廊下のつき当たりまで進むと、トイレの扉が見えてきます。
(どうせ居間にいることが多いんだから、あっち側につくってくれたらよかったのに)
最初に場所を確認したときはそう思いましたが、僕が家を建てたわけじゃないから文句は言えません。
古い家なので、夜中にトイレに行くのは少し怖いですが、それも仕方がないことです。
えっ、どうしてこんなにくわしく家のことを話しているかって?
それは、僕の周りで起こった不思議な事件に、この家が関係しているからです。
* * *
まだ引っ越してきて間もないころ。
僕がトイレへ入ると、すぐ横の壁には黒い肖像画がかかっていました。
何も知らない僕は入った瞬間にギョッとしてしまって、トイレに行きたい気持ちが一気に引っこんでしまいました。
おどろいたついでにじっと見てみると、肖像画は画用紙のような目のあらい紙に描かれていて、画材には墨汁か、黒の絵の具が使われているのがわかります。
とても美しい女性の肖像画でした。
でも、いくら美しくても、人の顔がとなりにあったら落ち着いて用なんか足せません。それに、どことなくこちらをにらんでいるような、気味の悪さがある絵だったのです。
これ以上見ていたくなくて、僕は母さんに聞いてみることにしました。
「あの絵はいったいなんです?」
「母さんもよく知らないんだけどね、前の住人が置いていったものだそうですよ」
「気味が悪いので外してはダメですか?」
「うーん、母さんもそう思うけどね、大家さんも大変気に入ってるそうだから、そのまま大事にかざってほしいんですって」
そう言われてしまっては仕方ありません。
いくら古い家とはいえ、格安で借りられることになったのは、大家さんのおかげだと、母さんがしきりに話していたものですから、勝手にはがしてしまうことはできませんでした。
そうして、僕の家族と奇妙な絵画の共同生活が始まったのです。
トイレに行くと、相変わらずいやな視線を感じます。
考えないようにしていましたが、気持ち悪いものは気持ち悪い。
しかも、その視線は次第に、居間や寝室にいても感じられるようになっていったのです。
ふとしたときに背後から視線を感じますが、ふり返っても誰もいません。
なにかが起こるわけではありませんでしたが、じとっとした視線の気配は、日に日に強くなっていきました。
* * *
気味が悪いといえば、僕にとっては大家さんも不気味な存在でした。
ある日の夕方。僕は、学校の帰り道で大家さんに声をかけられました。大家さんは散歩中だったようで、歩いてくるのがちょうど見えたそうです。
「新しい家はどう?」
「広くてうれしいです。母さんも大家さんにすごく感謝していると言ってました」
「そう、よかったわ。あ、そういえばテルアキくん、このあいだの土日ずっと恐竜図鑑を読んでたでしょう。ダメよ、たまには外で遊ばなくちゃ」
「えっと……」
僕はだまりこんでしまいました。
だって大家さんは、まるで僕のことを見ていたみたいに言うのです。
たしかに、僕は先週の土曜日、学校の図書館で図鑑を借りて(僕らの時代は土曜日にも学校があったのです)居間で読んでいました。
でも、それをなぜ大家さんが知っているのでしょうか。
「どうして恐竜図鑑だってわかったんですか?」
「このあいだの土曜日、テルアキくんが図鑑を持って学校から帰ってくるのを見たのよ」
「へえ。重たいからランドセルに入れて持って帰ってきたんですけど、大家さんにはそれもお見通しだったんですね、すごいです」
ちょっと嫌味な言い方だったかもしれません。でも、効果はテキメンでした。
大家さんは、ぱっとバツの悪そうな表情をうかべると、「お夕飯の準備が~」と走っていなくなってしまいました。
家に帰って母さんにその話をすると、母さんもこのあいだの井戸端会議で、似たようなことがあったと言います。大家さんはなぜかウチの事情にくわしくて、理由をたずねると「そういうのわかるのよ、私」とクスクス笑っていたそうです。
その話を聞いて、僕は確信しました。
(例の視線は大家さんのもので、なんらかの方法を使ってウチをのぞいているにちがいない)
その時僕の頭にうかんだのは、あの不気味な肖像画でした。
母さんはまだ夕飯の準備をしているので、今ならジャマされる心配もありません。
僕はまっすぐトイレへ向かって、壁にかかった肖像画を二つに引きさきました。
ギャーーーーーッ!!
つんざくような女性の悲鳴が聞こえましたが、かまっているヒマはありません。
(母さんが来る前に、この絵をやぶらなくちゃ)
僕の頭の中はそのことでいっぱいで、2つになった絵を4つに、4つになった絵を8つに、ビリビリとやぶり続けました。
特に耳と目は、この家のことを見聞きするのに使っているでしょうから、念入りに始末しなくてはなりません。
ビリビリ、ビリビリ…………
ビリビリ、ビリビリ…………
気づけば足元には、こなごなになった紙くずが散らばっていました。あまりにトイレから出てこない僕を心配したのか、ドンドンと外から扉をたたく音も聞こえます。
「テルアキ、大丈夫?」
いつになく心配したような母さんの声に、僕は怒られることを覚悟して扉を開けました。
はっと母さんが息を飲む音が聞こえます。
「あんた、大家さんの大事な絵をどうして――」
こなごなになった紙の前で立ちつくす僕の姿は、異様だったのでしょう。
母さんはそれ以上何も言わず、「夕飯ですよ」と告げて去っていきました。
後から聞くと、あの日の僕はなにかに取り憑かれていたみたいだったそうです。
それから、大家さんがウチの話をしてくることはなくなりました。
あの肖像画が本当に関係していたのかはわかりません。
でも、大家さんは僕を見つけると、あのギロっとした気味の悪い目でにらみつけてきます。
その目の恐ろしさといったら……。
大人になった今でも、こんなふうに思い出してしまうほどなのです。
5分怪談

5分でゾッとする、本当にあったコワい話!
小学5年生の春休み。お父さんにおつかいをたのまれてコンビニに向かう途中、幽霊の女の子「レイちゃん」につかまって、連れてこられた先はなんと‟霊界”!
おばけの学校、病院、神社、ホテル……コワ~い場所には怪談がいっぱい。
背筋がこおる、霊界ツアーのはじまりはじまり。
SNS総フォロワー50万人超の大人気怪談系YouTuber【ナナフシギ】が子どもたちに送る、気軽に読める実話怪談集『5分怪談』より、一部を抜粋してお届けします。