
日本の大手弁護士事務所を辞め、世界放浪の旅へ。これまで訪れた国は133カ国、目的の一つは「裁判傍聴」。唯一無二の旅を続ける弁護士・原口侑子さんの連載「続・ぶらり世界裁判放浪記」をお届けします。本日の目的地は、アルジェリア。アフリカ大陸の北部にあり、北は地中海に臨み、アトラス山脈の南に、広大なサハラ砂漠が広がります。訪れたとある村には、独特の調停方法があったようで……?
これまでの旅をまとめた書籍『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)も好評発売中です。
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金色の砂が目に入ったが、目に映るものすべてがキラキラしているので目を閉じたくない。
暮れ始めた砂漠を撫でる風はひやりと肌寒く、太陽は砂丘の稜線に落していく。
シャクシャク、新雪を踏むように砂丘を踏みしめていると、さっき子どもたちが転がり落ちたルートと合流する。彼らの小さな足跡が黒い穴になって、なめらかな凹凸を作っている。
「サハラ砂漠」、私はつぶやいた。
地中海に臨むアルジェリアは、国土の9割をサハラ砂漠に覆われている。この広大な砂漠はアフリカを、アラブの文化の影響が強い「北アフリカ」と、「サハラ以南アフリカ」に分ける。サハラ砂漠は南下していくと、半乾燥の地域「サヘル」になり、さらにその南は草原地帯「サバンナ」になる。
北アフリカ・マグレブ地方の先住民族であるベルベル人は長く、サハラ砂漠を移動しながら暮らしてきた。ベルベル人は自分たちをベルベル人(野蛮人)とは呼ばず、アマーズィーグ(自由人)と呼ぶこともあるし、ベルベル人の中でさらに自分の属する民族の名前で呼ぶこともある(がここでは総称として、いったん今まで通り「ベルベル人」と呼ぶ)。
その中でも内陸ガルダイア地方に独自の村落を築いたのは、「異端」とされて11世紀に中東イスラム世界から逃れてきた、イバード派のベルベル人。サハラ西部からマリにまで至るトゥアレグ族などと異なり、「ムザブの谷」に定住し、涸れた谷をオアシスに変えて5つの村を作った(今は7つに増えている)。
ベージュ色の砂の家々は、夕方に差し掛かるとピンクに染まる。
ムザブの民は1000年の間、厳格な民族ルールを守っている。土壁に小さな窓が目のように開いた家々は、一様に塔(ミナレット)のモスクの方を向いている。アリの巣が地上にあったらこんな感じなのかななどと私は思って、くねくねと迷路のように曲がる日陰の裏通りを上った。砂嵐が舞い込まないように、プライバシーが守れるように、そういったいろいろな理由で、家の戸口は小さく、互い違いになっている。
女性たちは白い布をすっぽりと頭からかぶり、片目だけを出して歩いている。
「話しかけてはいけない、目を合わせてはいけない、一緒に写真を撮ってはいけない」、そうガイドの人が教えてくれる。
この谷に観光客が入れるようになったのは、つい最近なのだそうだ。
「戒律が厳しいからね」
5つの村の中でも最も戒律の厳しい村・ベニスガンでは、村の真ん中にある広場で競りが行われていた。競りといっても売られているのはヤカンや鍋、洋服の山といった、古くて要らなくなった家のもの。セカンドハンド・ショップのようなものだ。
私たちも広場を横切りながらおじさんたちに近寄って、ヤカンにいくらの値がつくかを覗き込んでいた。広場を囲む家はひとつながりになっていて、同じような形の木の扉がついている。簡素なその扉たちは、アラビアンナイトを彷彿とさせる。1000年前にこの地に逃れてきたイスラム教の「異端」イバード派は、オマーンを起源にした宗派だったと聞いた。
「この扉の部屋はね、昔、家庭問題や近所のトラブルが起こったときの調停が行われていた部屋なんだ」ガイドの男性が教えてくれた。扉には番号が振ってある。アラビア数字だから最近になって改めて書かれたのだろう。
「12のクラン(氏族)を、さらに大きな単位である『ラジ』が束ねている。家族のトラブルはまず、家族の長がこの調停部屋に持ち込む。それで決着がつかなかったらクランの長、次はラジの長。あとはモスクの長が調整する」
「どういうトラブルが昔からあったの?」
「たとえば嫁入りのときに支払う『婚資』をめぐって新郎の家族と新婦の家族がモメる。額とか、条件とかでね。そういう話なんかは、昔からあったよ」そうガイドが話すのを聞いて私は、フードを深くかぶって片目だけを慎重に出した女性たちの姿を思い出した。
「なるほど。どこかで聞いた話だ。アフリカのもっと南の方」
「うむ。ここはアフリカであり、アラブであり、イスラムなのです」アラブ語とフランス語(ときどき英語)で説明しながら、そのガイドはほほ笑んだ。
(後編へつづく)
続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。
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