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7人の7年の恋とガチャ

2025.07.24 公開 ポスト

個人と役割の間を行ったり来たりする、そのことに葛藤を覚える人を書けたら。大前粟生

本日発売の大前粟生さんの新刊『7人の7年の恋とガチャ』。刊行を前に、大前さんに今作ご執筆のきっかけや執筆の際に考えたことなどをうかがいました。今再注目の書き手の、執筆の裏側に迫ります。

*  *  *

文章にこだわりを持ったまま、エンタメを描く

――『7人の7年の恋とガチャ』は、「小説幻冬」2024年2月号から10月号で連載をいただきました。

当時は「ただあらすじだけで面白いような話を書きたいな」と思っていたんです。でも最近は、そういうのはAIができちゃうなと思うようになって。論理だけで小説を書いたら、AIが全部書けてしまうんですよね。

僕も校正の時にちょこちょこchatGPTに「ここの流れを崩さずにこの文章だけちょっと言い替えするにはどうしたらいいですか」みたいなことを聞くんですけど、そういうのはもう全然できてしまう。でも「日本語の空気を読む」という部分はまだあんまりできないみたいで、だからそういうところはやっていった方がいいんだろうなと思っていますね。

 

――なるほど。最初のご相談時、「小説幻冬で書くならエンタメっぽいものを」とおっしゃっていたのを覚えています。

漠然と、そういうイメージがありました。あと、登場人物の書き分けだけで一度書いてみたいなとも思っていました。

浅倉秋成さんの『教室が、ひとりになるまで』とか『俺ではない炎上』とか、すごく面白くて。文章に対してめちゃくちゃこだわりを持ったままでもエンタメと両立できるんだなと思って、そういうのをやってみたかったんです。

 

――今作はメインキャラクターが7人です。これまでにないぐらい多いですよね。

多いです。一番多いです。

 

――7人のキャラクターは、どう作っていったのでしょう。

この作品を書くにあたって、恋愛リアリティショーを見れるだけ見たんですよね。それで、「こういう人は出てきそうだな」っていうキャラクターを作っていきました。

あと、キャラクターとして盛れそうな人。日本のドラマや映画にギリギリ出てきそうな、キャラクター化された人物を何人か出そうということも考えました。

主人公のまつりは、リアリティショーの空気にノリノリな人よりも、乗れない人の方がいろんな悩みが書けるかなと思って作っていきました。僕もどちらかというと、乗れない方ですし。田中はあの年代の男の子っぽい雰囲気ですし、大夢はなんで参加したのかわからない(笑)。

 

――アキトは視点が高いキャラクターだと思いました。

見ているうちに段々、恋愛リアリティショーってそもそも何? って思うようになりました。そういう番組だからかもしれないのですが、みんな恋愛至上主義の空気を当然のものとしていて、でもちょっと冷めたところから見ると、すごく変な空間だと思うんですよね。

「人が人を好きになる」っていう空間を人工的に作って、それをあたかも「自然なものですよ」と、視聴者と一緒にその空気を作っていく。視聴者のなかでは、その番組が編集されているという観点が共有されていなかったりする。何なんだこれ、と思うようになりました。そういう疑問をそのまま言えるような人が一人いたらいいかなって思って、アキトを作りました。

演者と視聴者の歪な共犯関係

――作中の恋愛リアリティショー「恋ガチャ」は、「ガチャ猫」という猫型のキャラクターが進行役を務め、男女でペアになる時の組み合わせや食事などが「ガチャ」によって決まります。

今作は「7年後への謎」という部分でミステリー仕立てにしていますが、恋愛リアリティショー自体にも何かしらのギミックがあるといいなと思って、運の要素を入れ込みました。「ガチャ」は、みんなが気になる字面かなと思って考え始めて、もしかしたら単行本になる時には古びてしまっているかなともぼんやり考えたんですけど、大丈夫そうですね。

 

――「ガチャ猫」はどこから着想を得たんですか?

「ダンガンロンパ」に出てくるキャラクターの「モノクマ」です。進行役が一人いるといいなと思い、さらにそれが普通の人間よりも動物とかマスコットの方が、小説の進行上も、

リアリティショーの進行上も、いいだろうなって思って。漠然と密室モノであることもあって「ダンガンロンパ」を思い浮かべて……という感じでした。

 

――喋り方も特徴的です。

僕の中では、大山のぶよさんの声です(笑)。

 

――恋愛リアリティショーから7年が経過して……という構成は、最初からありましたか?

あったような気がします……。最初のご依頼で「マーダーミステリーっぽいもの」というお話があったので、ゲームっぽい流れのものを作りたいと思ったからでしょうか。

 

――後半は怒涛の展開です。

恋愛リアリティショーを取り上げたからこそ、ああいう展開になったのかなと思います。

リアリティショーって、生放送ではなく収録されたものが放送されているとはいえ、視聴者の反応が出演者のキャラクターをどんどん肉付けしていくじゃないですか。最近だとオーディション番組とかもそうかなと思うんですけど。

視聴者からの好意や興味関心とかもそうだし、誹謗中傷とか全部含めて、取り込んでしまう装置でもあるだろうなと。その視聴者の反応が出演者によく悪くも返っていって、出演者のキャラがまた作られていく。演者と視聴者が共犯関係になっているのを、歪な形で表せられないかなと思いました。

 

――最後には、かなり不穏な結末を迎えます。

ラストシーンを書いていた時、とあるオーディション番組のコメント欄で候補生に対して「この子は骨格がこうだからこういう整形をすれば映えると思う」というようなことが書き込まれているという話を聞いて、それがすごく怖くて、かつ、使えちゃうなと思ったりもして。

ファンがプロデュースできる素材として候補生のことを見ていて、ある種「画面の向こうの人」が、「画面を見てるこちら側が思い通りにできるキャラクター」のようになってしまっているのかな、と考えました。

人が背負わされる物語に、物語の側からどうアプローチできるか

――前作の『物語じゃないただの傷』も、メディアに出る人とそれを見ている人について書かれていました。そういうところに、今ご興味があるのでしょうか。

そうかもしれないです。今回一番書きたかったのが、個人と役割の間を行ったり来たりすることについて。そこに葛藤を覚えるような人が書けたらと思い、まつりのキャラクターを作っていきました。

人が何か役割を背負うと、そこに自分自身の生活とか考えることがいつの間にか吸い取られてしまうというか、その役割に従事しすぎてしまうことがあると思うんです。さらに、役割的な人物でいればいるほど、他人からはキャラクターのように見えてしまって、その人に何らかの物語を託してしまうというか。そういうことに、興味があるんだと思います。

 

――人が背負う物語に興味があるんですね。

今、戦争の話を書いていて、太平洋戦争関連の本をいっぱい読んでいるんですけど、戦時中の空気感は物語そのものです。当時の日本って、予算も物資もないけど精神力だけある状況で、みんなが日本の勝利を信じてたとまでは言えないし、「あほらしい」と思いながら生きていた人もいると思うんだけど、兵役に就いたら残酷な戦争に染まりきることが自分の仕事だと思い込んでしまう。

役割が課せられるだけで、どこまでも行けちゃうのは「人間あるある」なんだろうなと思いつつ、そういう、つい自分や他人に課してしまう物語に、どう物語の側からアプローチできるか、そういう空気感を和らげられるのか、というところに興味がありますね。

 

――現代にもつながることですよね。

もう一つ今作と現代社会がつながる部分として、最近、一般人の我々も芸能人みたいに生きているように感じます。ネット社会になって以降、自分で自分を演出しなくてはいけなくなっている。今作では、リアリティショーという常にカメラに晒されてる人たちを書きましたが、現代社会でみんなが普通にやっていることも、ある意味近いんじゃないかなと思いました。

カメラが回っていなくても、みんなまるでカメラがあって、誰かに見られてるみたいな振る舞いをついしちゃう、みたいなことも書きたかったような気がします。誰かに晒されちゃうんじゃないだろうか、とか、噂の的になってるんじゃないだろうか、みたいな、プライバシーがあるのだかないのだかわかんないような環境に、みんな生きてるような気がするんです。

 

――作中の彼らの状態が、もしかしたら今の自分たちの状態と近いのではないかと。

そうですね。僕らが小さい頃って、ネットで何か失敗しても、それが後々まで禍根を残すようなことはそんなになかったと思うんですけど、今は一度失敗するとすぐにそれが炎上してしまう。

何かあると、広まってみんなに見られるんじゃないかという意識が自然になっていると思うんですけど、それが、日頃からカメラの前にいる人たちの心理と近づいてきているのかなと思うんです。だから、小説という形で彼らの心理描写をしたら、割と身近に感じながら読めちゃうんじゃないかなとか思いますね。

 

――最後に、今作の読みどころを教えてください。

一応恋愛リアリティショーが舞台の作品ではありますが、皆さん、誰と誰がくっつくとか興味あるのかな……(笑)。そこがあんまりわからなかったので、随所に不穏な感じを入れたりしてみたんですけど。伏線らしい伏線が、今まで書いた作品の中で一番多かったり、面白いゲームを作るみたいな感じで書いたので、ぜひ楽しんでほしいです。

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大前粟生

1992年、兵庫県生まれ。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトにて最優秀作に選出され小説家デビュー。主な著作に『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』『おもろい以外いらんねん』『チワワ・シンドローム』『ピン芸人、高崎犬彦』『かもめジムの恋愛』『物語じゃないただの傷』などがある。

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