
毎朝、文筆家・情報キュレーターの佐々木俊尚さんが、考えていることを楽しくコンパクトにおしゃべりしてくれるvoicy「毎朝の思考」。テーマも幅広く、勉強になるなあ!と思って聞いている人も多いのでは。
その佐々木さんが、歌人芸人・岡本雄矢さんの『僕の悲しみで君は跳んでくれ』について、まるまる1回分を使ってお話くださいました!いつも佐々木さんの投稿をチェックしている人にとっては、かなり意外な組み合わせ!?
……ではありますが、これがもう最高にエモいので、佐々木さんのvoicy(6月11日配信)より、【「僕の悲しみで君は跳んでくれ」はあの青空を想う青春文学】の回を、少し編集してお届けします。
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おはようございます。佐々木俊尚です。
すごい久しぶりに日本の小説を読んだんです。『僕の悲しみで君は飛んでくれ』っていう先月出たばっかりの本なんですけれど。
書いてるのは岡本雄矢さん。歌人として短歌を詠んでて、なおかつお笑い芸人もやってる人。日本にただ一人という「歌人芸人」で、スキンヘンドカメラっていうコンビをやってらっしゃって、YouTubeなんかでも結構発信されてる。
前に、短歌やエッセイを納めた『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』っていう、なかなか素敵なタイトルの本が話題になったこともあるんですけど、その岡本さんが初めての小説を書かれたっていうので、かなり気になって手に取って読んでみたんです。
最近、あまり青春小説読んでなかったので、単に免疫が僕がなかっただけなのかもしれないんだけど、かなりノックアウトされるいい本でした!
うん、一気に読んじゃった。

どういう話かっていうと、札幌が舞台で、高校の同級生たち、男女含めて5、6人が登場する。その高校の文化祭でのバンドの演奏を、懐かしく思い出してる。今は、卒業後6、7年経っている……って、そういう設定。
そのバンドの中心メンバーだったボーカリストは、東京に出て行ってバンド活動して、ひょっとしたらもうブレイクしそうな感じになってきてる。一方で、地元に残って、小さな出版社で編集やってたり、カフェで働いてたり、あるいは学校の先生やったりとかしてる。で、この5、6人の仲間たちが、もう一回出会うことがあるだろうか? 出会えるだろうか? みたいなプロットの話なんだけど。
3つのポイントで説明します。
1つはね、すごくこう、描写が映像を喚起するっていうか、イメージがまざまざと伝わってくるような描写で、巧みな文章で美しいんですよね。
全然凝った文章でもなんでもない、非常にストレートに書かれてるんだけど、ワンシーンワンシーン、この情景が目に浮かぶ感じがある。
2つめは、21世紀的だなと思いました。
どストレートな青春ではなくて、みんな悩んでるんですよ。悩んでるって言っても、深刻な悩みというよりは、「トレードオフの世界でどっちを選んでも結局辛い思いをする、じゃあ選ばない方がいいんじゃないか」みたいな、右にも行けず、左にも行けず、前にも行けず、後ろにも行けず……っていう風に、ふらふらと、なんとかバランスを取ってる感じの生き方を全員がしている。
そのトレードオフの感じが、この21世紀、2020年代の現代の青春だなって感じがするんです。
で、3つ目。「短歌」が出てくるんですよ。
登場人物の一人の女の子が、ずっと短歌を書いてるんだけど、人に見せないんです。自分のために書いてるんだから、人に見せるもんじゃないんだって言って、友達にも見せないでいる。
でも最後の方で、その短歌をみんなに見せるシーンがあって、そこがねグッとくるんです! 短歌っていう、感情とか情感とかいろんなものがグッと込められた短い文章、その31文字の短い文章の中に、あらゆる感情が込められている感じがあって、すごく効果的にその短歌が登場してくる。
読んでると、ここで……グッと……こう……胸が詰まる感じがあって、すごい素晴らしい!
本来、歌人なので、岡本雄矢さん、短歌の入れ方が非常に素晴らしいなと。
ちなみに、タイトルの『僕の悲しみで君は跳んでくれ』っていうタイトルの意味は、小説の中に出てくるロックバンドが歌う歌詞の一部なんです。その下の句。だけど、八・八なんですよ五・七・五・七・七ではない。「僕の悲しみで」が八文字。「君は跳んでくれ」も八文字。だから、なかなか短歌のリズムには乗りにくい。
だけど、その文章を書いてたら、編集者の人がそれ小説のタイトルになりますよねって言われたっていうのでタイトルにしてみたっていう。
でも、短歌としてじゃなくても、この架空の曲の歌詞が、非常に素晴らしい感じ。小説の中ではワンフレーズぐらいしか出てこないんだけど……。
最後まで読んでも、別に何も問題が解決するわけじゃない。やっぱり相変わらず、やじろべえのように、トレードオフ世界の中を揺れながら生きていくんです。
この「いつまでもこの人生は続いていくよね」っていう感じで終わっていく。
なんかそこに、かつて10代の頃に感じた、高校生の頃に感じた、懐かしい青空みたいなものをふと感じることがあって。
そうだよなぁ、人生はただ続いていくんだけど、でも、その続いていく人生の向こう側に、常に青空があるよね――っていう、
平凡なんだけど、なんだかみずみずしい気持ちにさせてくれる小説で、そんな登場人物たちの姿が、とても好感を持てました。
本当に読みやすくて、すっと読める、一気に読めるいい小説なのでURLは貼っときますから、もしよかったら読んでみてください。
というわけで今日は岡本雄矢さんの小説,僕の悲しみで君は飛んでくれっていう本の紹介でした。では、また明日。
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佐々木さんの手にかかると、この小説がこんなふうに「読まれ」、こんなふうに「ことば」にしてもらえるのか――と、大感激の配信でした。
いい小説を読んだら、自分もこんなふうに語ってみたい!という人のお手本としても、ぜひ!
僕の悲しみで君は跳んでくれ

『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』『センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの』と、短歌とエッセイを出して来た、歌人芸人の岡本雄矢さんが、初めての小説を刊行!
短歌という”31文字”の制限の中で、表現に挑んできた岡本さんが、初めて生んだ長編が、とにかくヤバかった!
18歳の時に “あいつ”が放った光を、もう一度見たい。「その一瞬」のために始まった青春の延長戦は、あまりにも――。読んだら、誰かを“応援”したくなる!全ての人の感動スイッチを押す、胸アツ青春小説の登場です。
〈あらすじ〉
札幌で高校時代を過ごした仲間たちには、共通した「忘れられない瞬間」がある。学校祭の中庭のステージで見た、瀬川壮平の姿だ。
当時の仲間たちが同窓会と称して集まっていたある日、母校の中庭が無くなるというニュースが。
もう一度、あの場所で壮平を見たい!
しかし、東京でプロの活動を始めた壮平のステージは果たして実現するのか?
10代を共に過ごした仲間と、もう一度青春することはできるのか?
掴めそうで手放してしまった「欲しかった未来」に、もう一度手を伸ばしてもいいのか?
大人になってなんとなく流されていく日々に、「あのとき感じた希望の感触」が蘇る!