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山野海の渡世日記

2025.06.25 公開 ポスト

たづと与ひょうとラブレター山野海(女優、劇作家、脚本家)

私は「tagayas」というユニットを組んでいる。

相棒は津軽三味線奏者。小山流三代目の小山豊。

これは私が時代劇の朗読をして、豊がその時の我々の感情に合わせて自在に音を付けていき情景を浮かべ世界観を広げていく。というユニット。

おそらくコンビを組んで5年は経っていると思われる。正確には分からないが。

 

で、このtagayas。

実は小泉今日子さんがプロデューサーなのである。

 

豊と私の世界観を隅々まで理解してくれて、いつも陰になり日向になり応援してくれている。

 

そんな今日子さん率いる株式会社「明後日」が今年設立10周年で、明後日企画のasatteRALLYを今月行っている。

その企画の一つとしてtagayasもライブをやらせてもらったのだ。

しかも今回なんと今日子さんがゲストとして出てくれるという。

もちろんこれは私から頼んだ。

快諾してくれた時、豊と二人で飛び上がって喜んだ。

喜びすぎて酒を飲みすぎ、翌日二人とも二日酔いになったのは、まあいつもの事だ。

 

 

当日は満杯のお客様の中、

いつもの通り、豊の三味線から始まって、私がそれぞれを紹介する仁義を切り、そして今回の演目「たづの恋」の朗読が始まる。

 

物語は鶴の恩返しをモチーフにし、今日子さんに案をもらいながら私が台本を書いた。

孤独な与ひょうと、温かい家族が欲しいと願う、たづという名の鶴が出会い恋をして、やがて再び離れ離れになるというなんとも切ない物語である。

 

本番の四日前に3人でリハをやった。

その日まで、当然私が男役の与ひょうを、今日子さんがたづをやると思い込んでいた。

けれど今日子さんがリハーサル室に現れすぐに「私が与ひょうで山野さんがたづをやった方が面白くない?」と言った。その瞬間、私と豊の世界が大きく広がり、二人はヘットバンキングさながらに首を縦にブンブン振った。

 

で、本番当日。

舞台上には孤独な男、与ひょうがいた。確かにいた。

美しい顔を俯きがちにして、森の中で薪を切っていた。

恥ずかしそうに、たづに甕の水を汲んでいた。

初めて二人で笑った時、その笑顔で優しくたづを包み込んだ。

たづが鶴だと知った時、与ひょうは再び孤独な男へと戻っていった。

 

豊の音色で劇中の情景がリアルに浮かんでくる。

晴れやかな朝焼け。綺麗な太陽。嬉しい夕焼け。

そして、与ひょうとたづの別れの日。

豊の音色が変わり、空から雪が降ってきた。

与ひょうとたづの心のように、冷たい雪がシンシンと。

 

朗読が終わった瞬間、私はまだ物語の中にいて、今日子さんがお辞儀をするのが見えて慌てて我に帰り、私も深くお辞儀をした。

 

いやあね、惚れましたよ。今日子さんに。

じゃなくて今日子さんの与ひょうに。

もちろん朗読だから、今日子さんの読んでいる時の表情は見えていないんだけど、彼女の声を耳で聞き、豊の音に導かれ、確かにたづの私は、切ないほど与ひょうに恋焦がれた。

 

で、そのあとはトークショー。

「たづの恋」とはガラッと変わっていつもの調子の3人。

今日子さんと私はまるでコント55号のような感じになった。

説明しなくともだけど、もちろん今日子さんが欽ちゃんで私が二郎さん。

今日子さんの欽ちゃんが鋭く面白く私にツッコミをいれ、私はそれに必死についていこうとして大汗をかき、いい間で豊の音と言葉のツッコミが入る。

途中、私と今日子さんの出会った日の話をした時に、これまた今日子さんが素早い頭の回転で、当時を再現した時に客席が笑いで「どん!」と揺れた。

お客様は本当に面白い時に、示し合わせたように同時に身体が揺れるのだ。

それで客席が「どん!」と揺れる。

私はこの瞬間が一番好きだ。

終演後の楽屋にて。

いやはやなんとも。

私がこの世を去る時の、走馬灯に流れるナンバーワンの出来事でした。

 

なんかラブレターみたいになっちゃったな。

でもしょうがない。

だって今も、あの時のたづの切ない気持ちが残っていて、悲しいような嬉しいような、そんな気持ちでいるんだもの。

 

小泉今日子さんに

相棒の小山豊に

スタッフさんに

観に来てくださったお客様に

応援してくれた皆様に

心から感謝な一日であった。

 

愛と夢と勇気と希望と笑いをありがとう。

感謝。

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山野海の渡世日記

4歳(1969年)から子役としてデビュー後、バイプレーヤーとして生き延びてきた山野海。70年代からの熱き舞台カルチャーを幼心にも全身で受けてきた軌跡と、現在とを綴る。

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山野海 女優、劇作家、脚本家

1965年生まれ。東京新橋で生まれ育ち、映画女優の祖母の勧めで児童劇団に入り、4歳から子役として活動。19歳で小劇場の世界へ。1999年、劇団ふくふくやを立ち上げ、全公演に出演。作家「竹田新」としてふくふくや全作品の脚本を手がける。好評の書き下ろし脚本『最高のおもてなし!』『向こうの果て』は小説としても書籍化(ともに幻冬舎)。

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