
「壁シリーズ」でおなじみの和田秀樹先生の最新刊『幸齢党宣言 医療改革で、世界もうらやむ日本を創る』が、2025年5月28日に出版されました。
政治・政策の視点から、厚労省・製薬業界・医学教育の抜本的改革を訴え、幸せ多き日本への大改造計画をまとめた一冊。本書から一部を再編集してご紹介します。
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戦後、たんぱく質とコレステロールが平均寿命を延ばした
日本人が長生きできるのは、食生活がよく、医療へのアクセスがよい(誰でも医療を受けられる)からだという伝説は徐々に崩れつつあります。
2023年に、男性の平均寿命は5位まで落ちました。
2位につけているのは、高齢者にほとんど検査などをせず、薬も常用させないことで知られるスウェーデンです。この国は寝たきりを作らないことでも有名です。
4位につけているのは、乳製品を多くとり、昔から世界でいちばん肉の摂取が多いことで知られるオーストラリアです。1位もチーズをたくさん食べることで知られるスイスです。
スウェーデンの高齢者政策は後で述べるとして、ここでは、高齢者にとって栄養がいかに大切であるかのお話をしたいと思います。
実際、日本人が長生きできるようになったのは、戦後の栄養状態の改善がいちばん寄与していると私は考えています。
結核は栄養改善で激減していた
実は戦前は日本人の平均寿命は、50歳に満たず、40歳くらいでした。
そのころ、日本人の死因のトップは結核でした。これは1950年まで続きます。
若い人の命を奪うこの病気で亡くなる人が減ったので、日本人の平均寿命は大きく延びました。平均寿命というのは亡くなった人の平均年齢なので、乳幼児の死亡率が高いと短くなるし、若い人の死が多いと短くなるものです。結核は多くの若い人の命を奪っていたため、日本人の平均寿命は50歳に満たなかったのです。
さて、結核で亡くなる人が減ったのは、その特効薬であるストレプトマイシンという抗生物質が使用できるようになったからだと信じられています。
しかし、この説は二つの点で無理があります。
一つは、戦後の日本という国がとても貧しかったので、当時高価だったこのストレプトマイシンがお金持ちでない人でも使えるようになったのは、1950年以降の話だったのです。このころには結核で亡くなる方はすでに激減しており、1951年には日本人の死因の1位は脳卒中になっています。
二つ目は、ストレプトマイシンは結核になったときの治療薬で、結核の予防薬ではありません。ところが戦後すぐくらいから、結核になる人が激減しているのです。
戦後すぐの衛生状態は戦前より急に改善したとは思えないので、米軍が脱脂粉乳を配って、日本人のたんぱく質の摂取量が急激に増え、免疫力が高まったためと考えるのが妥当でしょう。実際当時でもたんぱく質をたくさん摂る欧米では、結核はそれほど多い病気ではありませんでした。
その後、脳卒中が1980年まで死因のトップを占め、これも減塩運動ときちんと効く血圧を下げる薬が開発され普及したことで脳卒中が減り、がんに死因のトップを譲ったというのが常識になっています。
確かに、その要素もあるでしょうが、脳卒中の多かった昭和30年代や40年代には血圧が150とか160くらいで脳出血を起こす人が多かったのです。ところが今では、200を超えてもそう脳の血管は破れるものではなくなりました。
これも日本人がたんぱく質やコレステロールを摂るようになって、血管が丈夫になったという要因のほうが大きいと私は考えています。
減塩神話をはじめとした、誤った健康常識にご用心
いっぽう先進国の中で、日本だけががんが増えている(最近、少し減ってきたとはされています)のですが、がんというのは身体の中でできた出来損ないの細胞を免疫細胞が殺せなかったときに、その細胞の一部が大きくなってがんになるという説が強いのです。
日本は、現在世界的に見て、低栄養の国なので、免疫力が低いからがんが多い可能性は否定できません。ハワイの住民調査では、コレステロール値が高いほど、心筋梗塞にはなりやすいが、がんになりにくいことがわかっています。
肉を一日200~300g食べる欧米では心筋梗塞で亡くなる方が多く、がんで死ぬ人は肉を一日100gしか食べない日本より少ないのですが、ハワイのデータは、この事実を裏付けるものと言っていいでしょう。食生活や栄養状態が、免疫力に大きく影響を与えることがわかります。
日本型の巷で理想的とされる、肉を摂らず菜食中心の食生活を送っていたころは、日本人の平均寿命は先進国で最低レベルだったのに、肉や乳製品を摂るようになり、結核が減り、血管が強くなって、急速に長寿化しました。
しかしながら、誤った健康常識(太ってはいけない、欧米型の食事はよくない、肉は避けろ、コレステロール値は下げろ)のために、がんが増え、寿命が伸び悩んでいるというのが実情なのでしょう。
ただし、どのような栄養が身体によく、健康長寿につながるのかについては、きちんとした調査が必要だと私は考えています。
減塩は危険? 一日10gの塩が命を守る
世界でもっとも権威ある臨床医学の雑誌であるNew England Journal of Medicineに2014年に掲載された論文によると、17か国、10万1945人を対象にした調査では、一日の尿から排泄されるナトリウム量が4~6グラムの人が、心血管障害でも、他のあらゆる理由の死亡においても、死亡率がもっとも低かったことが明らかになっています。
排泄されるナトリウムと、摂取されるナトリウムはほぼ同じ量と考えられます。ナトリウムを1日に4~6グラム摂っている人が、もっとも死亡率が低いという推論になります。
ナトリウムを4グラム摂るためには、食塩を10グラム摂らないといけません。
つまり、一日10~15グラム食塩を摂っている人がいちばん生活習慣病で亡くなることも少ないし、いろいろな病気で亡くなることによるトータルの死亡率も低いということです。
さらにいうと、この論文に出てくるグラフを見る限り、10グラムより塩分が少ない人の死亡率は急カーブで上がっていくのに、15グラムを超えた人の死亡率はゆるやかにしか上がっていきません。
つまり、塩分が余っているより、足りないほうが生命に悪影響を与えることがわかります。
これに対して厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」というものを出しています。その2020年版によると、生活習慣病の一次予防を目的として日本人が当面の目標とすべき食塩の摂取量は、日本の食文化、現状の摂取量を考慮して、18歳以上女性では1日6・5g未満、男性では7・5g未満とされています。
欧米のように大規模調査をしないで、減塩がいいと頭で考えた結果なのでしょうが、このような減塩を行うと10g食塩を摂った時と比べて死亡率が40%も上がってしまうのです。
国民の健康を守るためには、塩分にしても、たんぱく質の量にしても、脂肪や糖質の量にしても、きちんとした大規模調査を行って、本当に望ましい値を調べないといけません。
日本の場合、医学部で栄養学が軽視されてきたこともあいまって、この手の研究がほとんどなされていないのです。
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この続きは幻冬舎新書『幸齢党宣言 医療改革で、世界もうらやむ日本を創る』でお楽しみください。
幸齢党宣言

「壁シリーズ」でおなじみの和田秀樹先生が、幸せ多き日本への大改造計画を記した一冊です。本書から、一部をご紹介します。