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続・ぶらり世界裁判放浪記

2025.06.14 公開 ポスト

カーボベルデ編・前編

“モルナ"が響く美しい島国“カーボベルデ”のライブハウスで、大統領閣下に会う原口侑子(弁護士)

日本の大手弁護士事務所を辞め、世界放浪の旅へ。これまで訪れた国は133カ国、目的の一つは「裁判傍聴」。そんな唯一無二の旅を続ける弁護士・原口侑子さんの連載「続・ぶらり世界裁判放浪記」本日の目的地は、アフリカ大陸の西に浮かぶ島国・カーボベルデです。(これまでの旅をまとめた書籍『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)ご購入はこちら)。

*   *   *

「きみは旅行もいいけど、早く日本に帰って弁護士に戻りなさい」

水色のワイシャツからダンディな色気が漂うナイスミドルに、私は旅先で説教をされていた。

しかも日本のお祖母ちゃんから常々受けていた小言と一言一句変わらないワードで……。

「私も今の仕事に就く前は、弁護士をやっていたのだよ」

そのライブハウスは、モルナを聞かせるサン・ヴィセンテ島随一のお店で、その日も歌い手の深い声が響いていた。深夜1時のことだった。

アフリカ大陸の西岸沖にある島国「カーボベルデ」の名を、私は西アフリカに行くまで知らなかった。9島の有人島からできたこの国は、1975年にポルトガルから独立した国。奴隷貿易の時代、海賊の時代を生き抜いたこの島には、海賊ドレークが破壊していった町も残っている。

人が物のように運ばれた負の歴史を持つこの国の島じまを、通り過ぎて行った人びとは自らの拠って立つ文化を持ち寄り、大西洋の中にどぼんと沈めて混ぜた。ポルトガル文化と西アフリカの文化が融合した「クレオール文化」が、島ごとに濃淡を変えながら根付いている。

北側に弧を描くバルラヴェント諸島は「風上」を意味していて、大都市ミンデロのあるサン・ヴィセンテ島もその「風上諸島」のうちのひとつだった。

クレオール語の音楽「モルナ」は、ポルトガル文化の影響を色濃く受けたこの風上諸島で良く歌われた。アコーディオンやバイオリン、ギターを使い、しんみりと別離を歌う音楽だ。南側にある「風下」のソタヴェント諸島では対照的に、西アフリカの影響を受けたリズム音楽が主流らしい。

石畳がつづくミンデロの街路にランタンの灯りが落ちるころ、建物のすき間からはすきま風のようなモルナがぽろぽろとこぼれ出ていた。

この島にはいくつもライブハウスがあった。その寂しそうな音に引きずられて、心寂しく路地に面したバーに入るのがここ1週間の日常だったが、その日は行こうと決めていたライブハウスがあった。グラミー賞を受賞したセザリア・エヴォラも歌ったと言われる場所で、2階がバーになっていた。

「しゃべりかけに行こう。日本人は珍しいから喜ぶと思うよ」

2階のバーで隣り合わせたそのアイス屋のおじさんは、「僕は首都にいるときよく大統領にもアイスを売っていたから、きっと憶えていると思う」と自信なさげに言った。首都で大統領にアイスを売る? ちょっと意味不明ではあったが、私もそのおじさんについて席を立った。

こうして話しかけたカーボベルデの元首――フォンセカ大統領(当時)――気さくなイケオジで、「ミンデロのやつらはだいたい友達感」を醸し出しているのもそのはず、このミンデロの町に生まれ育ったのであった。

彼はポルトガルで法律を学んだのだが、当時はカーボベルデも独立前、ポルトガルの一部だった。つまり彼は「国際弁護士」だったわけではなく、当時は「自国ポルトガル」の法の専門家として働いていたということなのだった。

国の境目が法律の境目だと思っていた「日本法弁護士」出身の私にとって、その感覚はなかなか不思議なものだった。

(後編へつづく)

関連書籍

原口侑子『ぶらり世界裁判放浪記』

世界はこんなにも広く、美しく、おもしろい! ある日バックパッカーとなった東大卒の女性弁護士は、アフリカから小さな島国まで世界131カ国を放浪し、裁判をひたすら見続けた。豊富な写真と端正な筆で綴る、唯一無二の紀行集!

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続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。

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原口侑子 弁護士

東京都生まれ。弁護士。東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科修了。大手渉外法律事務所を経て、バングラデシュ人民共和国でNGO業務に携わる。その後、法務案件のほか、新興国での社会起業支援、開発調査業務、法務調査等に従事。現在はイギリスで法人類学的見地からアフリカと日本の比較研究をしている。これまでに世界131カ国を訪問。

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